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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
二日月
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 半蔵は無理やり倫之助の部屋の前に住み込みをすることになった。

 本当に世話をするつもりなのだろう。



「……」


 ここに入寮して四日がたった。

 たぶん今頃、試験を受けているだろう。

 学力試験と実技試験だ。半蔵も付き添いたかったが、倫之助からきつく拒絶されたので、仕方なく部屋で待機している。


「ここも、久しぶりだな……」


 椅子に座って、ぼんやりと天井を見上げた。

 半蔵はここに住んでいたことを思い出す。

 あれは10年も前だっただろうか。

 10年前、班は違えど上部の班に所属していた。


 ある事件が起きた後、半蔵は沢瀉の家に手伝いとして転がり込んだ。

 峰次に頭を下げてまで。

 彼には家に帰れない理由がある。

 服部半蔵正成の名は重いからこその理由が。





 ――十年前。


「……は?」


 奥の間に呼ばれた半蔵と小学校2年生の倫之助を座らせ、再び峰次が呟く。


「互いの風彼此で戦え。人間同士の戦闘は許可されていないが、今回は特別に私が許可する」

「……」


 倫之助をちら、と見ると、ぼんやりとしたまま頷いた。


「ちょ、ちょっと待ってください旦那様。どうしてそんな……」

「これは試験だ。倫之助に勝てたらおまえをここで正式に世話人として雇ってやる」


 当時半蔵は16歳。

 未だ高校に通っていてもいい年だが、休学している。

 倫之助は立ち上がって中庭に出て行ってしまった。

 こうなっては仕方がない。

 半蔵は仕方がなく中庭に行き、風彼此――六連星を握った。


 縁側では峰次が座り、冷ややかな目でこちらを見つめている。


「では、始め」


 凍えそうなほどの冷たい声が、耳朶を過ぎてゆく。


 ――白い炎が噴き出た。


 半蔵ではなく、倫之助の背後から。

 彼の手には真紅に輝く刀――楊貴妃が握られている。


「……」


 圧倒されていた。

 ただ、倫之助の正眼の構えを目の前にしているだけだというのに。

 その後ろには白い人魂のようなものが一つ、ちりちりと揺蕩っている。


 ――違う。

 半蔵は即座に理解した。

 この子供は、自分とは違う。根本的に。


 黄金色の目。

 真っ黒な髪。そのちぐはぐな色が、半蔵の目を焼いた。

 半蔵がどれ程努力して、どれ程強くなったとしても、倫之助には勝てない。

 何故か、そう理解した。

 そこに悔しさも妬みも、何もなかった。

 すとんと、すんなりとそれを受け入れたのだ。


 半蔵は六連星を落とし、消した。

 ――風彼此は、自らの戦意と同じだ。

 戦意を失えば勝手に消滅する。逆に戦意があれば、出現するのだ。


「……負けました」


 半蔵はつぶやき、倫之助に首を垂れた。


「……」


 倫之助はただぽかん、として、半蔵を見上げている。

 まるで何があったのか分からない、とでも言っているかのようだ。


「いいだろう」


 押し黙っていた峰次は重く頷き、口を開く。


「おまえを正式に、この家に迎え入れよう」

「え……」


 今度は半蔵が呆然とする。

 完全な敗北だ。そもそもが(・・・・・)違うのだから。

 根本的な何かが。


「おまえは、理解している(・・・・・・)。根本的にな――生物としての本能が、おまえにはあった。それだけで十分な理由になる」

「は、はあ……」


 半蔵は呆然としながらもうなずいた。

 実際、助かるのだ。行く場所がないのだから。


「ありがとうございます……」

「それは重要なことだ。それが分からない風彼此使いなら、すぐに死ぬだろう。すぐに死ぬ男など、この家にはいらぬ」


 きっぱりと切り捨て、峰次は奥の間へ戻っていった。


 残された倫之助――その手には、すでに楊貴妃はない。そして半蔵は、呆然としたまま視線を合わせた。


「……ええと……。なんでか分からないけど、よろしくお願いします」

「はい。坊ちゃん」


 にこりと微笑むと、倫之助は不思議そうに首を傾ける。


「ぼ、ぼっちゃん?」

「ええ。旦那様のお子さんなので、坊ちゃんです。これからはこの服部半蔵正成、誠心誠意お仕えさせていただきます」


 この子供には逆らえない。

 本能が言っている。

 だが、嫌ではない。何故かは分からない。

 否――救われたのかもしれない。

 汚かった心に清涼な風が吹いて、一掃されたかのように。

 たぶん、負けたことで気が晴れたのだろう。


「あなたでよかった」


 自分に勝ったのが、倫之助でよかった――。

 そう思えるようになるのはまだ少し時間がかかりそうだが、それでも必ずそう思えるようになるだろう。


 半蔵は、決して弱くはない――。服部半蔵正成の名を継いだのは、伊達ではないのだから。



 目を開く。


「あれから十年か。……早いな」


 自分ももう26になった。

 実家からは嫁を貰えと言われているが、当分もらう事はないだろう。

 倫之助に嫁ができるまでは。

 彼も――あまり、興味がないようだが。


 ふいに、扉をノックする音が聞こえ、すぐに立ち上がった。

 ノブを回さなくとも分かる。



「坊ちゃん。お帰りなさい」

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