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「あんた……」

 

 倫之助の病室には、思ってもみない男が立っていた。

 蘇芳エーリク。

 身ぎれいに三つ揃えのグレイのスーツを着ている。

 エーリクは悪びれず、にこりとほほえんでから横たわる倫之助の顔を見下ろしていた。


「よくまぁのうのうと帰ってこれたもんだ」

「僕はもう、何の手出しもしないさ。彼に敗れたんだからね」

「学生が二人、あんたの毒牙にかかった」

「そうだったね。もう何の言い訳もしないし、牢に入れられるのも時間の問題だ。五光班の班長には倫之助くんの義父、峰次くんになるだろう。……けれど、もうそんな必要もないかもしれないけどね」

「何……?」

 

 さらりとエーリクは聞き捨てならないことを言った。

 そんな必要はない(・・・・・・・・)と。

 

「――どういうことだ?」

「陰鬼は、消滅するだろうってこと。倫之助くんはあの大蛇を倒したんだろう?」

「ああ」

「陰鬼は倫之助くんがいるから存在できた。けれど、それは倫之助くん自身の力ではない。彼のなかにあった大蛇が存在していたから、陰鬼も存在できていたんだよ。実質、風彼此使いはお役御免ってやつかな」

 

 エーリクは肩をすくめて、一彦に視線を戻した。


「もっとも、陰鬼が生まれなくなっただけで今現在出現している陰鬼はそのままだけど」

「……それは本当か?」

「信じる信じないはきみの自由さ。じゃあ、僕はこれで失礼するよ」

「まて。倫之助に何をした?」


 男は目を軽く見開いて、「さすが感知型の風彼此使い」とつぶやいた。

 緋色の目を細めてから、再度横たわって指先一つ動かない倫之助を見下ろす。


「倫之助くんに結構、ひどいことをしたからね。僕の風彼此で彼のヒビ割れた風彼此を少しだけ修復させてもらったよ」

「まさか、そんなことが」

「できるさ。僕の風彼此はこのビル一帯に影響が及ぶ。いわゆる守りの影響だ。今はもう必要なくなったから、倫之助くんに……言い方は悪いけど横流ししてるっていうわけ。じき、目覚めるんじゃないかな。まあ、気がふれてなければだけど」


 気がふれる。

 たしかにエーリクの風彼此の力は、持ち手の気が狂いそうなほどだから、そう言ったのだろう。


「じゃあ僕は行くよ。もう会うことはないだろうけど、元気でね」

 

 エーリクはきびすを返して病室から出ていった。

 礼を言うべきだったのだろうがエーリク自身、求めていないだろう。

 ふう、と息をつき、パイプ椅子に座った。


「とんでもない男だよ、まったく」


 ひとり呟いて、倫之助の顔を見つめる。

 青白かった顔色は、わずかに血色がよくなっている気がした。


「なぁ、倫之助。俺は半蔵には勝てねぇけど、おまえの力になりたいのは本当のことだ。おまえみたいな若い連中が陰鬼に殺されるのを俺は見てきた。だから、風彼此を握らなくていいような世界になればと思ったこともある。それがまさか実現しちまうとはね。ますます半蔵に負けるよ」


 死んだ人間に、最初から勝てはしない。

 そんなことは分かっている。


「俺は、おまえを掴まえておくので精一杯なんだがな」


 右手で倫之助の長めの前髪をそっとどかす。

 こうすると彼の顔がすこし、いとけなく見えた。

 口もとだけで笑う。

 指さきに繋がれている計測器を外さないよう気を付けながら、そっと手を握った。

 手はひどく冷たく、雪の中に手を入れたかのようだ。


「………」


 目を伏せてから音をたてぬように立ち上がる。


「じゃあな。また来る」


 答えのない倫之助の病室を出て、居住区のある地下へ向かった。

 

「あ、いた! いたよ、(くぐい)!」

「本当だ。造龍寺さん、今日一日どこ行っていたんですか」


 廊下を歩いていると、水雪と鵠が急いだ様子で話しかけてくる。

 なにか用事でもあっただろうか。


「すまんすまん。ちょっとした野暮用があってな」

「連絡くらいしてくださいよ、もう」

「悪かったって。鵠、水雪、なにか用でもあったか?」

「急ってわけでもないんですけど、陰鬼のことで」


 鵠が言うには陰鬼の死骸が今までは処理班が処理しなければ消えないはずだが、まるで砂のように体が崩れていったそうだ。

 今日の半蔵の崩れ方にも似ている。


「……そうか」

「あ! 何か知ってるって顔! 鵠、絶対造龍寺さん、何か知ってるよ」

「そうだな。洗いざらい喋ってもらいますからね……って、あれ。肩と指、どうしたんですか?」

「ちょっとな。お前たちにも聞いてもらいたいことがある。明日の昼、俺の自室に来い。そこで話す」


 二人は慎重にうなずき、廊下をそのまま歩いて行った。

 自室に戻ったあと、ベッドに座り込む。

 琴子からは安静にしているようにと言われたが、あまりじっとしているのは性に合わない。

 とりあえずスーツを脱いで洗濯機にかけようとしたが、ポケットの中に何か入っていることに気づいた。

 

「……?」


 白い封筒だった。誰が入れたのかは想像に難くない。

 裏を見ると癖のある字で「沢瀉倫之助」と書かれていた。

 ベッドに再度座り、封筒を開ける。

同じ白い便せんに短いながらに書かれていたのは、感謝の言葉だった。


 

――造龍寺一彦様


 これが最後だとは思いたくありませんが、もし最後になったら、と思い筆をとりました。

 半蔵が亡くなり、ひとりきりにならなかったのは、あなたがいたからです。

 あなたのことだから、死人には敵わない、というのでしょう。

 それは違います。

 半蔵とあなたは全く違う人間ですし、半蔵のようだとも思いません。

 また比べるなど、そんなおこがましいこともしません。

 あなたは、俺を支えてくれた。

 そして、好きだと言ってくれた。

 まるで普通の人間になったようで嬉しかった。

 言葉にしきれないほどに。

 俺は致命的に口下手だと同級生に言われたことがあるので、あなたに言えるような飾った言葉を持ちません。

 けれど、俺もあなたが好きです。

 そして同じほどに感謝してます。

 ありがとうございます。

 あなたに出会えたことに、感謝をしています。


  沢瀉倫之助

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