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月牙の剣【本編完結済】  作者: イヲ
二日月
10/112

 ――沢瀉倫之助――。

 この男が本当は何者なのか、どこから来たのか分からない。

 気づけば14年前に、沢瀉の家の前にいた。

 当時3歳だった倫之助は、門の前で立っていたのだ。たった一人で。

 その脇には、死んだ陰鬼が倒れていた。

 子供がなかった峰次は、すぐに倫之助を養子として迎え、風彼此使いとして紫剣総合学園へと入学させたのだ。


 記憶がない。

 倫之助という名も、祖母である壬子がつけたものだ。

 自分がどこで生まれたのかも、どこから来たのかも分からない。

 しかしそれを嘆くことはなく、ただただ坦々と生きてきた。

 たった一つ。

 自分という意味だけを求めて。




 楊貴妃が悲鳴を上げる。


「……」


 真正面から切り上げ、楊貴妃が撓った。

 赤い残光が目を焼いて、なおも楊貴妃は陰鬼の血をすすろうともがく。

 それでも倫之助の表情は変わらない。

 反対に、いつにもまして黄金色の目がぼんやりとしている。

 倫之助が斬りつけた場所からは、じゅうじゅうと煙があがっていた。

 甲虫はもだえ苦しむように、がちがちと牙を鳴らせて威嚇しているが、倫之助は手を緩めない。

 そのまま斜めに袈裟斬りを仕掛けると、甲虫はコンクリートの床をがりがりと音を立てながら転げまわった。


「……」


 かつん。

 倫之助の靴音が広い倉庫内に響く。

 半蔵と造龍寺はそれをじっと見つめ、目をそらさずにその行く末を見届けた。


 そうして――倫之助の周りに白磁色の刀が三本、現れる。

 人魂のようなそれから、空中の酸素が形になったかのように、ごくごくゆっくりとした速度で。

 それは勿体ぶっているわけではない。

 まだ、倫之助が未熟――それだけの事だ。


 三つの切っ先が転がった陰鬼へ、目で追えぬほどのスピードで突き刺さる。


 どすっ、という密度のあるものが突き刺さる音が聞こえ――それから陰鬼は動かなくなった。


「……。成程。想像以上だな」

「はあ」


 楊貴妃を鞘に納め、ぼんやりと答えると造龍寺は「もっと嬉しそうな顔をしろよ」と苦笑いをした。

 暑いというのに、未だ黒いコートを着ている彼はポケットから携帯を取り出し、処理班を呼び出している。


「流石坊ちゃん。向かうところ敵なしですね!」

「そんなことないよ。俺なんかより強い人はたくさんいるし、……俺はまだ、三つしか出せない」

「三つもあれば十分だと思うんですけどねぇ」


 ――白い刀。

 虚空(アカシャ)と呼ばれるその刀は、未だ最大で三つしか出せない。

 限界がいくつあるのか、倫之助自身も分からないが、三つだけというわけではないであろう。


「充分じゃない。もっと、……」


 もっとあるはずだ。

 呻くようにつぶやくと、半蔵はちいさく笑って「そうかもしれませんね」とうなずく。


「あなたは強さに貪欲だ。だからこそ、この蝶班に入ることができた。俺は知ってます。昔からあなたは鍛錬を欠かさなかった」

「俺はそれしかないからだよ。意味がない」


 半蔵は口をつぐみ、そっと目を伏せた。

 その直後、処理班が乗った車のブレーキの音が聞こえる。


「はいはい、処理班通りますよー」


 この場の空気に似合わない、若い男が走ってきた。確か公園での処理も彼がいたような気がする。今日はどうやら一人しかいないらしい。

 青い帽子を目深にかぶった若い男は、倫之助と半蔵に気づいたのか、あっ、と声を上げた。


「ああ、どうもどうも! またお会いしましたね」

「どうも」

「あ、そちらの方、怪我してるじゃないですか!大丈夫ですか?」

「ああ、平気です。これくらい」


 ようやく血が固まってきたが、そのせいで目が開かない。

 洗えば治るだろうが。


「おう、お疲れさん」

「あっ、どうも、造龍寺さん。うわっ、こいつはまたでかいですねー!」


 賑やかな男は、自分の風彼此を取り出すと、陰鬼を処理し始めた。


「倫之助」


 ふいに造龍寺に呼ばれ、顔を上げる。

 彼は処理をしている男に視線をやりながら、腕を組んでつぶやいた。


「おまえ、意味を探してるのか」

「ええ。まぁ」

「そりゃ、なんでだ」

「意味がなければ、存在する意味がないんです。俺の場合」


 壁に背を預けている造龍寺は、じっと倫之助を見つめ――「難儀だな」と独り言のように囁く。


「まあ、意味を探しているのは、人間だれしも同じだ。人間は、理由と意味を探す生き物だからな」

「……」


 倫之助は黙したまま、片目でコンクリートの床を見下ろしていた。

 それを半蔵が心配そうに寄り添っているが、彼は何も言うことはない。


 やがて造龍寺はコートの懐から煙草をだし、火をつけた。


「皆森。俺ら、もう帰るが大丈夫か?」

「あっ、ハイっす! もうじき終わるんで、先戻っていてください!」

「おう、頼んだぞ。じゃあな。おら、おまえら行くぞ」




 廃工場内を通り過ぎて、車に乗り込む。

 車内は静かで、機関ビルに着くまで話すことはなかった。

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