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4.人形の墓場

「君。――もしかして、腕、伸びた?」

 できあがった腕と梨花の腕を見比べて、彼は言った。

「腕だけが伸びたわけではないわ。足も伸びたわ。背が伸びたの」

 ほら、と足を真っ直ぐに伸ばせてみせると、彼は眉間に皺を寄せた。

「顔付きも変わったみたいだ」

「そうかしら?」

 ため息。

「最近、あの赤い鞄を持ってこないね」

「ランドセルのこと?」

「それにいつも同じ服を着ている」

「言わなかったかしら? 小学校は卒業したの。これは中学校の制服よ」

 もう一度、ため息。

「作り直さないと」

 彼は短すぎる腕を放ると、大きな白い紙を持ってきて、床に広げた。

「最初から?」

「そう、最初から。僕は君を作りたいんだ」

 梨花は言葉なく頷いた。彼の思うままにさせてやろうと思った。

 翌日、梨花は近所の小学生がいなくなったという話を学校の教室で聞いた。

 以前の事件と同じように、赤いランドセルだけを置いて、女の子が消えてしまったのだという。

 ――怖い。

 外の世界はなんて恐ろしいことが起きるのだろう。梨花はバラに守られた家に急いだ。

 窓から注がれた白い光。外観からは予想できない広い部屋。

 そこはバラの屋敷。魔法に満ちている。――と、梨花は安心していた。

 ところが、その日、何気なく見やった白いカーテンの脇で、梨花の視線は静止した。キッチンとの仕切りに使っているカーテンの脇に、扉がある。

 この家に通い始めてから数年が経つが、その扉の奥の部屋には、入ったことが一度もなかった。

 その部屋の扉が薄く開いている。わずかな隙間から覗ける部屋の中は、暗い。黒魔術を使ったかのような濃い闇は、梨花をゾッとさせ、梨花をその部屋から遠ざけた。

「――あなた、知ってる? また小学生の女の子が消えてしまったの」

 更に半年の月日が流れ、梨花は試すように彼に尋ねた。

 彼は小さく首を振る。

「さあね。興味がないよ、そんなこと」

「そう?」

 カーテンの脇の扉に目を向ける。薄く開いている扉は、以前それに気付いた時よりも、もう少し大きく開いているように見えた。

「あの部屋には何があるの?」

「君はようやくあの部屋について聞いたね。――あの部屋にはね、僕が閉じ込めておきたいと思うものを閉じ込めてあるんだよ」

「閉じ込めておきたい? 閉じ込めなければいけないようなもの?」

「逃げてしまうからね」

「生き物なの?」

 低めた声で訊ねると、彼は目を逸らして何も答えなかった。

 それからしばらくして再び同様の事件が起きた。そしてその日も扉は薄く開いていた。

 以前よりもほんの少し大きく開いている扉。梨花は恐る恐る歩み寄って、その隙間からそっと中を覗き込んだ。

 暗闇。黒い絵の具を溶かしたかのように、部屋の中は真っ暗だった。

 だが、やがて闇に眼が慣れると、何かがそこにいるのが分かる。

 人。――いや、子どもだ。一人、二人、三人……。何十人もの子どもが折り重なるようにその部屋の中に詰め込まれていた。

「これは何?」

 青ざめて訊ねると、彼は薄く笑った。

「よく見てごらんよ」  

 すうっと扉を開く。部屋の中に光が差し込み、その子どもたちが人形であることが分かった。

 キラリと輝いて見えたのは、確かに無機的な反射で、それはガラスの瞳。

 梨花は両手を腰に当てた。

「こんな風に詰め込むなんて、この人形たちが可哀想だわ」

 無造作に、まるでいらない物のように詰め込まれていた人形たち。ある人形は片腕がなく、ある人形は顔がなかった。胴から下がないものや、逆に脚しかないものもある。

「――だから、壊れてしまうのよ」

 頬を膨らませて言うと、彼は首を横に振った。

「違うよ。壊れたわけではないよ。元から、ないんだ」

「ない?」

「未完成だから」

 梨花は怪訝な顔をする。

「どうして完成させないの?」

「途中で、違うと気が付くんだ」

「何が違うの?」

「僕が作りたいのは完璧な人形だ。作っている途中でその人形が完璧になり得ないことに気が付いてしまうんだよ」

 グッと胸が締め付けられた。それではやはりこの人形たちは彼にとっていらない物なのだ。

「以前、あなたが作っていた私の人形のパーツもこの部屋の中にある?」

 梨花が成長する度に、彼は梨花の手足を測り直し、人形の手足を新たに作り直していた。

「――まるで、この部屋は人形の墓場ね」

 最後に一瞥して梨花は部屋の扉を閉めた。ちらりと視界の端に、小学校の時にクラスメイトだった女の子によく似た人形が見えたような気がした。


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