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第二話 俺の彼女は頑張りやさん


 「やだ……おねがい、やめて、こないで……」

 一人の少女が夕日に染まる教室内で弱々しい声で訴えていた。その周りではその悲鳴を取り囲む様に笑い声が咲いていた。

 「いやだよ……、やめてよ……」

 少女は今にも泣き出しそうな声でそう告げる。目には涙が溜まり始めている。

 しかし笑い声は止まない。それどころが少女が悲鳴を上げるごとに段々と大きくなっていく。

 少女は抵抗し続け、そして叫び続けた。しかし笑い声は止まることなく夕焼けの教室に響き続け、そしてその声は段々と少女を追いつめていくのだった。

 「やだよ……やめてよ……いやだよ……」

 少女は怯えながらそう呟くと、その大きな瞳から一筋の涙を零した。

 刹那、その教室の扉が大きな音を立てて開いた。少女を取り囲んでいた笑い声が止む。

 笑い声たちは驚き扉の方向へと視線を向かわせ、そして少女も驚きながら涙を零したその顔で扉の方を振り向いた。しかしその後すぐ、笑い声たちは元の姿へと戻っていった。口元を歪ませながら扉の方を見遣っている。少女は扉の方向を見るとすぐに、そこにいた予想外の人物に驚きを見せその涙の滴る大きな目を見開いた。

 「おいっ!お前ら何やってんだよ!止めろよ!」

 そう怒鳴ったのは、扉を開け放ち教室内に今し方現れた一人の少年だった。その少年は返事をしない笑い声達に向かってもう一度怒声を上げた。

 「止めろって言ってんだろうがぁっ!!」

 そう声を上げると、その少年は獣のような鋭い目で笑い声たちを睨め付け、笑い声たちのもとに飛び込んでいった。


 『ジジジジジ――――ッ!』

 俺の頭上で目覚まし時計が忙しく鳴き始めた。そんな鬱陶しい鳴き声で目を覚ますと、俺はむくっと起きあがってまだ眠そうな目で一言呟いた。

 「……なんだか懐かしいものを見たな……」

 俺はそうぼそっと呟くと、伸びをしてベットから離れていった。

 

 小鳥が囀り、太陽が咲き乱れている美しい花をきらきらと照らす清々しい春の朝、俺は制服に身を包むと家を出て学校へと歩き始めていた。

 今日は懐かしい夢を見た。俺が虐められていた結花を助けるなんていう、小学生の頃の思い出の夢なんかを――。

 小学生の時、正直結花が受けていたいじめのことなんか俺は全く知らなかった。只、可愛らしい顔をしているのにいつも悲しそうな表情を浮かべていたので、不思議な印象を受け、そしてずっとそんな結花のことが気になっていただけだった。

 しかしそんなある日の放課後、俺は偶然にもいじめの現場に遭遇してしまった。それを見て俺は驚き、そして自然と湧き上がってきた怒りに平常心がいとも簡単にプツリと切れた。そこからは、実はあまり憶えていない。気づいたら目の前に先生が居て、俺の渾身の拳を受け止めて喧嘩を収拾しようと努めていた。

 それから結花へのいじめは無くなったようだった。しかしそれでも相変わらず結花は一人で本ばかりを読んでいた。そして俺も、そんな結花に話しかけることが出来なかった。 そんなわけで俺は結花に一言も話かけることなく、それぞれ別の中学校へと進学していった。だから本当に同じ高校に通うことになったのは偶然の事だった。そして俺はそれを知ったときに決意した。今度は後悔しないように結花に話しかけようと。

 俺はそんな記憶を思い出しながら、俺はその時ふっと微笑んだ。そんな事もあったよなと、過去の自分に笑いかける。そして現在幸せ者となった俺は、そんな笑みを見せたまま、一人通学路を歩いていった。 

 

 「たーつーきっ!どうだった?今回の池袋デートは」

 学校へ着き、朝のホームルームが始まるまでのその時間に一人の男が俺に尋ねてきた。俺はその声の主へと振り向くと、疲れたように溜息を吐いた。

 「いつも通りだよ。やっぱりあそこは疲れる。結花が楽しそうだからまぁいいんだけどさ、でもやっぱりアニメイトは疲れるよ。二人で入ってくと睨まれるし、結花はすぐ勝手にいろんな所に行こうとするし、人尋常じゃないくらいに多いし……」

 「確かにな。俺もジャンプ漫画のグッズが欲しくて前に行ったことあんだけどさ、まぁ考えが甘かったね。ゆっくり見て何て居られなかったよ。……そしていつも思うけどさ、一階フロアだけだって言ってもあそこにリア充カップルが手を繋いで入って行くのはどうかと思う」

 「そうなんだよ、いつも睨まれるんだよなぁー。(すぐる)、お前何でだか分かんの?」

 「……分からないお前の方が俺は不思議でしょうがない」

 そんな話をしているのは相良(さがら) (すぐる)という俺の友人だ。此奴は高校へ入ってからの友人だが、話も比較的に合うし気が合うので共に連んでいることが多い。

 俺はそんな俊に残念そうに溜息を吐かれ、そして質問をされた。

 「……で、何か進展はあったん?」

 俺はそれを聞いて少しの間なんの事か分からないように膠着していたが、しかしその後質問の意味に気がつくと簡単に首を振った。

 「いいや?そんなんあるわけないさ。ましてや池袋デートで」

 それを聞くと俊はまた溜息を吐く。

 「全く、お前もよくそんなんで平気でいられるよな。だって、お前キスだって……」

 「わあっ!ばっ、ばか!こんな教室のど真ん中でそんなこと!……結花に聞こえてたらどうするんだよ!」

 「あっ、悪ぃ悪ぃ」

 俺はそんな俊に少しの間不機嫌そうな表情を見せていたが、しかし少ししてから小さな声で呟いた。

 「……そりゃあ、本音を言えば辛いものもあるけど。でも結花だって辛いんだよ、頑張ってるんだよ。だから、俺は結花を見守ってやりたい。応援してやりたい。それが俺が結花にしてあげられることだと思うんだ」

 俺がそう呟くと、俊も過去の記憶を何処からか引き出しながら言った。

 「……まぁ、あれでも三木は確かに頑張ってるからな。俺はあの三木が彼氏を作るなんて夢にも思わなかったし。男に触れられるなんてことも、夢にも思わなかったし」 

 中学時代を三木と同じ校舎で過ごした俊は、過去を思い出しながらそのような事を言った。それを聞いて俺も同意する。

 「……あぁ。結花は頑張ってるんだ。だから、俺はそれを見守ってやらないと」 

 俺はそう言うと、教室の隅で友達と楽しく会話に花を咲かせている結花に目をやった。

 「俺も、頑張らなくっちゃ」

 そう言うと、俺は今だ机の上に置いてあった鞄を片づけ始めた。


 ここだけの話、結花の男性恐怖症は相当なものだったらしい。

 話かけられただけで結花は恐ろしそうに今にも泣き出しそうな表情を見せ、ぶつかっただけで恐怖を感じぶるぶると震えていた。

 中学校時代は女の子の友達はきちんと居たようなのだが、しかし男にはたとえ先生であっても近づこうとはしなかった。

 そう考えると、俺が高校に入って結花を見つけ声をかけたとき、結花が返事を返してくれたことは凄い事だったのかもしれない。あの時、結花は少なからず恐怖を感じながらも、しかし一応は恩人でもある俺に必死で返事を返してくれたのだ。

 そんな結花の中学時代を知っていた俊が、俺と結花が付き合うことになったのを知ったときは驚きを隠せないようだった。俺だって当然ふられると思っていたから驚いたし、今はもう手まで繋げると考えると凄いと思う。結花はきっと、大変な努力をしたに違いないんだ。俺と少しでも近くに居られるように。

 しかしそれが分かっていても俺はどうしても不満が拭えなかった。結花を抱きしめてやりたい。結花のあの柔らかそうな唇にキスをしてみたい。いや、頬でも構わない。

 それより先だなんて、そんなことは望もうとはしないが、しかし俺はどうしてもそんな欲求に駆られて少なからず不満を感じていた。

 俺はそんな自分が嫌になる。努力している結花をすべて受け入れようとしない自分が。

 俺はそんな事を思い哀愁じみた表情を浮かべると、チャイムと同時に教室に入ってきた担任の教師を見つめた。


 「達樹くん!昨日は楽しかったねー!」

 「あぁ、そうだな。昨日も楽しかった。……まぁ、疲れたけどね」

 「え、大丈夫?ごめんね、私がいけなかったかな……?」

 「いーや、ただの筋肉痛。運動不足だよ。身体がなまってるのかなー?」

 「そーなんだ。なら少し安心だよー、よかった!運動しなくちゃねっ。……でね、昨日買ったグッズなんだけど……」

 授業はいつも通り進み、今は生徒たちが購買でパン取り合戦を繰り広げる昼休み。俺は結花と共に、噴水が太陽の暖かな光に照らされて宝石のようにきらきらと輝きを見せる中庭で昼食を取っていた。俺と結花は昨日のデートなどの何の変哲もない話をしながら、結花は手作りの弁当、俺は今朝コンビニで買ったパンを囓っている。そして俺は結花が話し始めたアニメ関連の話についていけなくなっていくのだった。

 「でね!なんとそのフィギュアね、一つも被らなかったんだよー!」

 「へぇー、それはすごいじゃん!」

 「うん!あのシリーズは重さがね、キャラによって結構違うからそれは見分けやすいんだけど、そのキャラごとに何種類かあるから、それがなかなかうまくいかなくて……」

 「それは厳しいよなー。透視出来ない限り無理だよな……」

 「ねー。あ、でもね、このアニメのキャラクターは霊力強い子がいてねー……」

 やっぱりアニメの話は分からない。俺は溜息を吐き、結花の話をじーっと聞く。

 何処までも続いているかのような透き通る様に真っ青な空は、雲を船のようにぷかぷかと浮かべながら今も空に広がっている。そんな空を、今し方真っ白な飛行機が横切っていった。


 「次のデートは何処に行きたい?」

 「うーん……。映画とかどうかな?今私見たいのがあるんだー」

 「……もしかしてそれはアニメ?」

 「ううん?違うよっ?ドキュメンタリー映画で……」

 あの昼間の真っ白い雲が浮かんでいた青空から一変し、今は橙色と黄色のグラデーションが見事で美しい夕空が、この世界をその色に染め上げる時刻。俺たちは学校から帰路につき、次のデートの話をしていた。

 次のデートは映画館か。そう言えば、初めてのデートの時も確か映画だったなぁ。

 俺はそんなことを思いながら、その時ふとあることを思って結花に別の話題をふった。

 「……そういえばさ、俺実はずっと気になってたんだけど……」

 「……なぁに?」

 「結花って、いつから俺のことが好きだったんだ?」

 俺はそんな質問を投げかけた。普通のカップルだとこの話題は「生まれる前からだよー」なんていう惚気のフラグになるだろうが、俺たちはそんな事にはなかなかいかない。

 実を言うと、本当に前から俺が疑問に思っていたことだった。結花のことだから、俺のことを最初から何とも思っていなければ俺をふった筈なのだ。しかし結花は即答と言うわけにはいかなかったが、それでも承諾の返事を返してくれた。それに、考えてみれば結花は初めて俺に話しかけられたときどうして返事を返してくれたんだろうか。俺のことが誰だか分かったとしても、俺は結花の苦手な男だ。それに小学校時代も一言も会話を交わしたこともない。そんな男が恩人であったとしても、結花は果たして返事を返すだろうか。

 俺はそのことがずっと疑問だった。いじめを無くしたのは結果的に先生であるし、会話すら大して出来ていない。それにルックスも頭も並程度であるのに、そんな俺とどうして結花は付き合ってくれているのだろうか。

 そう尋ねると、結花は夕日で染まっていた頬をより赤く染め、そして少しの間恥ずかしそうに俯くと、その後俺に笑みを見せていった。

 「……実はね、私達樹くんのことが昔からずっと気になってたんだよ?小学生の……クラスが同じになった五年生の時から」

 結花はそう言うと俺ににこっと微笑んで、そして恥ずかしそうにしながらもそおっと手を握ってきた。

 俺はそんな結花の言葉に驚きを隠せなかった。何故かって、その頃は結花のいじめも始まっていなかった時期だし、当然俺が結花を助けに飛び込んでいった後でもない。そして何より、結花がまだ男性恐怖症になっていなかった時期なのだ。

 俺が驚き茫然としてると、そんな俺に結花は微笑みかけて言葉を続けた。

 「……達樹くんはさ、あの頃クラスの中心人物で人気者だったよね。いつも元気で明るくって、達樹くんが笑えばみんなが笑った。私はクラスに全然なじめなくて友達も居なかったけど、その頃それでも学校に通えてたのは、そんな達樹くんに会いたかったから。……達樹くんが私の心の支えだったんだよ」

 結花はそう言うと、しかしその後は少し悲しそうな表情を見せた。いじめられていた時のことを思いだしているのかも知れない。そして結花は俯き、怯えるように少し繋いだ手を震わせた。しかしそれでもなお平気なふりをしようと結花は笑顔を続けようとしていた。

 「……だからね、あの時……達樹くんが私のいじめに気づいて止めようと飛び込んで来たときは凄く驚いた。……とっても嬉しかった。あの頃どうしても男の人がみんな怖くなっちゃって、達樹くんにありがとうって言えなかったけど、でも卒業しちゃってから凄く後悔したんだ。達樹くんは怖い人じゃない。私を助けようとしてくれた人だったのにって」

 結花はその小さな手を小刻みに震わせながらそう言った。そして結花はその震えを止めるように、何か決心を固めたように手を強く握ると、最後に俺に言った。

 「だから高校で達樹くんがいるって知ったときは驚いて、そして決めたんだ。達樹くんに今度こそ後悔しないようにお礼を言おうって。達樹くんも前に私に言ってくれたよね?『今度は後悔しないように結花に話しかけよう』って思ってたって。実は、私も同じような気持ちだったんだよ。ずっとありがとうって伝えたかったんだ」

 俺はそんな話を聞くと、意外な答えに少しの間茫然としていたが、しかしそんな結花の気持ちを理解すると俺も強く手を握り返してそして結花に微笑んだ。

 「……そうだったんだ。俺たちは、本当はずっと前から両思いだっただな。気づいてあげられなくてごめん。……でも、そんな結花の気持ちを知れて良かったよ。話してくれてありがとう」

 「私こそ、何回も言うけど本当にありがとうね、達樹くん」

 俺がそう言うと、結花も俺に微笑みかけてお礼を返してきた。

 大分緑を帯びてきた木々や花たちが美しい夕日に染められ静かに揺れている。寂れ始めた町もこの時ばかりは何処も美しく染め上げられて暖かに輝いていた。そんな町を歩きながら俺たちは告げた。

 「大好きだよ。今も昔も、ずっと結花のことが」 

 「私も、達樹くんの事がずっとずっと大好きだよ」

 そう言って俺たちは微笑み合うと、しっかりと手を繋ぎながら夕日に染まる町を幸せそうに歩いていった。



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