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楽しくなかった京都の思い出

作者: おかもと
掲載日:2026/07/04

小説というほどのものではなく、ただ心情を書き連ねただけの駄文です。

30代女、妊活、生理、不快にさせてしまったら申し訳ございません。

 逃げて京都に来てしまった。

負の「そうだ、京都に行こう」である。

1人で京都に来たのはなんだか久しぶりな気がする。

社会人になって最初の何年かはライブのついでだったり、思いつきの一人旅だったりで京都に来ることが度々あった。

京都に親しい友人や家族がいるわけでもないし思い出の地でもなんでもないのだが、やっぱり日本一の観光地だし、私の好きな小説家が京都出身でよく京都が舞台の話を書くから読んでいるうちに行きたくなったりして、私は京都に憧れている。

特に日々仕事に追われているととにかく今いる場所から物理的に離れたくなる。休日が少なかったから、たまの休みは休めばいいものをその合間を無理やりねじ込むように旅行をするのが好きだった。

私はそれを「逃避の旅」と呼んでいる。

結婚してから初めてしてしまった、逃避の旅を、もちろん夫を置いて。

夫は今この瞬間も働いているのに、私だけ旅行してるなんて申し訳ないというか悪いことをしているような気がする。自分の金で行ってるんだからいいじゃないかというのはそうなんだけど。

お金のことはあまり関係なくて、夫婦になったのに一緒じゃないのはどうなのか、という気持ちの問題はある。

それぞれの趣味や用事はもちろんあるけれど、一緒に行けるところは一緒に行く、共有できることは共有する、逆に言えばそれができる、そうしたい相手だから結婚したわけなのであって、そう考えるとなんだか申し訳ない。

でも別に夫から逃げてきたわけじゃない、そうだったら事態はもっと深刻だ。


 私は妊活から逃げてきた。

生理が来て絶望して、最悪の夢を見ていてもたってもいられなくて仕事終わりにそのまま逃げてきた。

今までも何度かそうしたい時はあったけど、今日は本当に耐えられなかった。

京都に来たって問題が解決するわけではないのはもちろんわかっている。

だって今もなお私の股からは血が流れているし、なんなら京都駅に着いた瞬間ドバッと出てしまって真っ先にズボンと下着を買い換えるはめになった。最悪の旅の始まりである。

急に来たから日帰りだし明日も朝早くから仕事なことを考えると今回の旅はかなりのねじ込み具合である。

ただ漠然と逃げたいと思ったとき、せっかくだからなかなか行けないところに行こうと思った。

そして一度行ってみたかった下鴨神社に行った、そこ一ヶ所に行ければ今回の旅はそれでいいことにする。

正直日常から離れたいだけだから、行く場所はどこでもいいのだ。ごめんね京都。

お詣りをしておみくじを引いて、糺の森をたくさん歩いた。楽しい、楽しいけれどイマイチ楽しみきれない自分がいる。

何をしても気分が上がらないのは薬で抑えてもなお主張する腹の鈍痛のせいか、それとも精神的なものか。

おそらく両方、だから逃避旅行をしている。

無駄にお金を使って本当にバカである。

せっかく私を知っている人が周りにいないところに来たのだ、道行く人に「あのね、私妊活してるんだけどそれがもうつらくてつらくて!嫌になって逃げ出してきちゃった!」と言いふらしてもいいんじゃないかという気になるけどそれもできない。

それかいっそ大声で叫んでくるだけでもよかったかもしれない。

ちょっと人気のないところがあったらそうしようかと思ったけれどやっぱりここは京都、平日の真っ昼間だろうと観光客の多いこと多いこと。

実は京都に行く時少し迷って、もっと自然だらけで人気のないところに行こうかとも思いはしたけど、そんなところに1人で行くなんていよいよ病んでると思って思いとどまった。いや病んでいるのは事実だけれども。

だから結局こうやって悶々とした気持ちを晴らすこともできずに椅子に座ってカフェラテを飲んでいる。

あ、カフェインと思ったけどもういいや。

済ました顔で優雅にカフェを決めているけれど心のうちは泣いている。

悲しみは少し前からやって来ていた、そしておそらく今がピークなこともわかっている。

日付が近づいてくると生理来ないでくれ、生理こないでくれと祈りながら過ごして、ちょっとの出血だったら「不正出血とか着床出血もあるしな」「これはまだ生理じゃない」と無理やりそう思い込もうとしてみたりして。なのにだんだん腹が痛くなってきて、「腹が痛いことなんてまぁよくあるある」と気にしないふりをしてもこのじわじわと臓器を絞られるような痛みは間違いなく今まで何十回何百回と経験してきた生理以外のなにものでもなく、トイレに行って絶望。

生理のときに機嫌のいい女なんているわけがないのは当たり前なのだが、妊活を始めてからは神様から母親になることへの不合格通知を、罰として痛みとともに与えられているかのように感じてしまう。

せめて生理がなかったら、こんなに落ち込むこともないのにと思う。

ホルモンバランスが乱れてどうのこうの、自律神経がどうのこうのと心が乱れる原因をどれだけ知識で理解していようと落ちていくメンタルに「これはそういうものだから」と納得できるはずもなく、しかも嘆かわしいことにもう半分の性別はこんなものを経験しなくとも子を成し体を変化させることもなく生きていけるという不公平な事実が「なんで私ばかり」と余計に不満を募らせる。

世の中は平等じゃない。

男と女、健康な人と体が弱い人、望んでいないのに思いがけず妊娠してしまう人と環境をこんなに整えているのにどうがんばっても妊娠しない人。

お空のもっと上の世界には、これから生まれてくる命が精霊になって漂っているのだという。これは気分転換になるかと思ってふらりと入った占いの館で言われたことだ。

その精霊たちは空から下界を眺めて「あ、あの人のところがいいな」と母親を選び、選ばれた人のところに命がやってくるのだという。

それが本当かどうかは別として、そういう考え方があるのには多少納得はする。

生命はそれくらい神秘ということだ。

人類の歴史が2000年以上経って化学がこれほど発展した現在もなお、確実に妊娠する方法も、逆に確実に妊娠しない方法も確立していないのだから。

もっと科学が発展してSF映画の世界のように思うままに人を作ることができたのなら、命の価値は下がり尊いものではなくなってしまうだろうと思うと、今のままの世界でいい気がする。

しかし今の「生命の神秘」が成り立つ世界のままでは、選ばれない私には何か科学的な理由以外の欠落があるのではないかと考えてしまう。

卵子にも卵管にも子宮にも、夫の精子にも問題がないのに妊娠しないのは、私に何かもっと非科学的な子供を授かれない理由があるから、例えば前世の私は児童虐待していたとか人身売買に手を染めていたとかそういうことがあるのかもしれない。

馬鹿馬鹿しい考えだけれども前世に何かあったとしか考えられないのは本当に思い当たりがないからだ。

仮に本当に前世が原因で今世の私が業を背負っているのなら、一体なにをすれば禊になるのか。

そんな考えクソくらえだ、と思うのに「粟田神社に行きなさい」と占い師に言われ、占いの館を出た途端に「粟田神社 アクセス」で検索している自分が嫌いだ。

溺れる者は藁をも掴む、とはよく言ったものだ。

結局粟田神社には行かず、というより行こうとはしたのだが京都の入り組んだバス事情に降参してしまい行くことが叶わず、そのまま京都駅へ向かった。


 夫に帰りの目処の連絡をするとすぐに「了解」というスタンプが返ってきた。

今朝いきなり「京都に行ってくる」と伝えたときもそうだが夫はいつも冷静で少し羨ましい。内心はどんなことを思っているのかわからない、もしかしたら少しは動揺しているかもしれないけれど、それを表に出さないのはきっと私を支えようとしてくれているからなのだと思う。夫のそういう大きな起伏がないところが癪に障る時もあるけれど、基本的には好ましい。どんな言葉をかけていいかわからない時に、どこかで聞いたことがあるような慰めのセリフを言うよりは黙っている方を選ぶ人である。

この逃避旅行のあいだ、やっぱり1人で来てしまったことを悔やんでいた。

夫は何も言わないけれどきっと私のことを心配してくれているだろうなと思うと罪悪感が拭えないし、こんなに楽しくない旅行ならただの金の無駄だと心底思った。

「晩ごはん僕は適当に食べるから、美味しいの食べておいでね」と夫から返信が来て私ははたと気がついた。

そういえば食事らしい食事をしていない。

休息のためにカフェには入ったけど、よくあるチェーン店に適当に入っただけ。

せっかく京都に来たというのに私は美味しいもののひとつも食べていない!

三大欲求のバランスが食欲だけに全振りしている私が食事も忘れるとはとんだ一大事である。こんなことならくだらない占いなんかに行かないで京都らしくおばんざいでも西京焼きでも食べに行けばよかった、と心から反省した。占い別に良くなかったし。

今からでも遅くないかとも一瞬思ったけれどそこは一旦冷静になって、明日の仕事のことを考えた。今から新幹線に乗れば23時くらいには帰宅できる、そして明日起きるのは午前4時半、眠れるのは多分3時間くらい。

私は爆速でお土産を選び、切符と弁当を機械的に買い新幹線に乗り込んだ。

選んだお土産は八ツ橋と抹茶系のお菓子、京都といえばの王道土産である。

抹茶のお菓子の方は明日職場に持って行こう、今までそんなことしたことないけど。

もしかしたら職場の人に何か聞かれるかもな、と思った。聞かれたら笑いながら「思いつきで仕事の後に日帰りで行ってきました!」と言おうかな、言ったら驚くかなと想像して馬鹿馬鹿しくなった。

きっと誰も私のそんな話に興味はない。

私の動機も妊活のことも、もしかしたら私が結婚しているかどうかもみんなは知らないし興味もないに違いないのだ。

そう思ったらなんだか少し気が楽になった。

そうだよ、たかが京都だよ。

海外に逃亡したわけでも音信不通になったわけでもない。

何かガッツあるのもを食べたくて無意識に選んだすき焼き弁当は温かかったら美味しいんだろうなとぼんやり思いながら食べ終えた。腹が満たされたから前向きな気持ちになれたのか、我ながら恥ずかしいくらいに単純な人間である。

次は夫と美味しいものを食べに来よう、とリベンジを心に誓いながら帰宅。

夫はまだ起きていた。

私はお土産を広げながら「いや、無駄使いしちゃった!反省!まじ反省!楽しくなかったし!ってかよく考えたら生理中だし!ねね、今度はさ一緒に行こうよ。前はさ1人で行っても楽しかったんだけど、今はもうだめ。一緒じゃないとなんか全然楽しくなくて、だからさ次は一緒に、ね」と捲し立てるように言った。

言い訳がましいなと思いながら夫の様子を窺うと夫はいつものように穏やかに笑っていた。

この人と結婚してよかった、と思った。

私は夫の隣に座り、京都駅で出口を間違えた話や行こうと思ったみたらし屋さんがやっていなかったことなどを話し出すのであった。

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