子泣きじじい
子泣きじじい。柳田國男『妖怪談義』により記され、水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』により全国区となった、有名で人気者な妖怪である。
もちろんそれは、物語としての子泣きじじいの話であって、現実ではそうはいかなかった。何しろ、泣いている赤ん坊をおぶったが最後、どんどん重くなり、終いにはその優しい人間を押しつぶしてしまう。
人の優しさにつけこみ殺してしまう、とんでもない存在なのだ。
さて、ここはある地域の山の中。旅人が汗水垂らしながら、この峠道を越えようとしている。思ったよりも進んだな。この調子だと、予定より早く目的地へ着けそうだ。
彼がそう考えていたとき、どこからか赤ん坊の鳴き声が聞こえる。
こんな山道に赤ん坊が存在するはずがないのだが、この旅人は持ち前の正義感で探し回り、程なく見つける。
かわいい赤ん坊である。こんなところに捨てられて可哀想に。どれ、里まで連れていってやろう。
男にも妻子があった。自分の子供と重ねてしまったのだろう。なんの疑いもなく赤ん坊を背負い、また歩き出した。
「しめた。最近は噂を聞いた人間が警戒心を必要以上に持ちおって、全然ひっかからん。今どきこんな見上げた、阿呆な若者がいるとは。お礼に押しつぶしてやろう」
子泣きじじいの真骨頂、ここぞとばかりに体重を重くする。さすがに旅人も異変に気付き、これは噂に聞いた子泣きじじいだ、と思い出した。
「ははは。勘付いたか人間。だがもはや手遅れ。貴様はわしの体重に押し潰されて、死ぬのだ」
大抵の人間はここで心折れ、そのままなすがままになってしまう。だが、この旅人は猛者であった。
「へっ、妖怪ごときが何言ってやんでぇ。俺ぁ江戸じゃあちっとは名の知れた相撲取りだぜ。お前みたいな小者が、俺を押し潰そうなんざ五百億年はえぇや」
旅人は持ち堪える。それどころか、軽快な足取りで歩き続けている。燃える子泣きじじい。
「ほほほ、なかなか骨の入った人間だ。久々に本気が出せるというもの」
「俺の筋肉に勝てるものなど、この世の中にはいねぇってんでぇ。かかってこいやとーへんぼくが」
体格こそ大きめと小さめだが、でかい漢たちの裸と裸の、意地と意地のぶつかり合い。これぞガチンコ、これぞセメントである。
「人間、なかなかやるのう。貴様に敬意を評し、最大のチカラを解放してやるわい」
「けっ、神でも鬼でも持ってこいやぁ。耐えきってみせらぁ」
一人と一体の質量が最高潮まで高まったその瞬間、空間はまばゆい虹色の閃光を放つ。
大地、空、風景、空気、理、神話、そして空間。差異なく飲み込む一瞬の光。善意も悪意もなく、冷たさも暖かさもない、圧倒的な創造の暴力。
この日、すべては創られた。
これが後の世に言う、ビッグバンである。




