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邂逅

 月は、無関心に俺を照らす。心にぽっかりと穴が空いた俺を、慰めてはくれなかった。

 寝ない理由を探していた。あの世界に行くと、友香を思い出してしまうから。

 悲しみは、少しずつ薄れるものだと思っていた。時間が経てば、痛みは鈍くなる。そういうものだと思っていた。

 でも、違った。

 薄れていくのは痛みじゃない。感情そのものだった。

 朝、起きる。大学へ行く。講義を受ける。帰る。食べる。風呂に入る。眠る。

 それだけだった。

 何をしていても、心のどこかが空洞のままだった。夢も、見なくなった。

 いや、違うかもしれない。見ているのかもしれない。ただ、何も残らないだけで。

 その日も、いつもと同じ夜だった。ベッドに横になり、天井を見つめる。眠りは、すぐにやってきた。 

 

 目を開ける。白い世界だった。空も、地面も、境界が曖昧だった。

 夢だ、とすぐに分かった。

「やっと来た」

 声がした。俺は、その方向に振り向く。

 目の前には、四人立っていた。

 一人は、金に近い色の髪の青年で、眩しいくらいに笑っていた。

 

 その隣は、長い髪の女だった。落ち着いた雰囲気を放ち、静かな湖みたいな目をしていた。

 

 鋭い目つきの男は、腕を組み、こちらを睨んでいる。


 そして、最後の一人。白い布で顔を覆った、小柄なシルエットを視界が捉える。

「誰?」

 声が、自分でも驚くくらい乾いていた。

 金髪の男が、一歩前に出る。

「俺は、フェルリク。フェルって呼んでくれ」

 長い髪の女も、前へ出た

「私は、ティリルよ。よろしく」

 鋭い目の男が、小さく舌打ちする。

「スイだ」

 白布の人物は、小さく呟く。

「……スクレ」

 フェルとティリルと名乗る二人は、鮮やかな黄色の服を羽織っていた。

 フェルが、軽く手を上げる。

「旅人、かな。君と同じ」

 軽い口調だった。

「ここはね、現実の世界の“不具合”を修正する場所なんだ」

 意味が分からなかった。でも、否定する気力もなかった。

「……修正?」

「そう。壊れたものを、元に戻す」

 壊れた。その言葉が、不思議と心に刺さった。

 ティリルが、静かに口を開く。

「あなたは、選ばれた側」

「……は?」

「必要な人間なんだ」

 彼女は、少しだけ俺を見つめた。

「……俺は、何も出来ない」

「出来る」

 鋭い目の少年が、重たそうな口を開いた。短かった。

「出来なくても、やるしかない。お前は」

 冷たい声だった。

 その横で、白布の人影が、わずかに動いた。俺を、見ていた。

「世界を救う冒険に出よう。俺たちと一緒に」

 友香の手を思い出した。少しだけ、震えた。

 それでも、その手を取った。

 白布の人物の肩が、ほんのわずかに震えたのを、俺は気づかなかった。

 フェルリクは、俺の肩を軽く叩いた。

「硬いなぁ。大丈夫だって。いきなり全部分かれって言ってるわけじゃない」

 その言い方は、妙に軽かった。しかし、軽さの奥に、妙な自信があった。

 ティリルが、ゆっくりと俺の前に立つ。

「まずは、慣れるところからでいいの」

 柔らかい声だった。

「私たちは、“歪み”を探して、直していく。そういう旅をしてる」

「……歪み」

 口に出してみる。現実味のない単語だった。

 ティリルは、白い世界の遠くを見た。

「現実はね、完璧じゃないの」

 そう語る彼女は、少しだけ寂しそうだった。

「時間の流れ、記憶、存在、意思。そういうものが、少しずつズレていくことがある」

 フェルリクが、言葉を紡いで繋ぐ。

「放っておくと、世界そのものが崩れる」

 彼は、物騒なことをさらっと言った。

「だから、俺たちが直す」

 それだけだった。俺は、少しだけ考える。

 彼らの話は、正直よく分からなかった。でも、今の俺には、どうでもよかった。

 何もないよりは、ずっと良かった。何もない時間が、一番苦しかったから。

「俺は、何をすればいい?」

 スイが、即答した。

「壊す」

 空気が、一瞬だけ固まる。フェルが、軽く笑った。

「言い方」

 それから、俺に向き直る。

「正しくは、“余計なものを取り除く”かな」

 ティリルが、小さく頷いた。

「世界を守るためにね」

 そんな大層な大義の前では、無気力なままの俺は、場違いにしか見えなかった。

 白布の人物――スクレが、ほんの少しだけ首を傾けた。

 その仕草が、妙に小さく見えた。

「……大丈夫」

 かすかな声だった。誰に向けた言葉か、分からない。

 スイは、何も言わなかった。ただ、少しだけ、拳を握っていた。

 フェルが、空気を切り替えるように、手を叩く。

「よし。じゃあ、まずは挨拶だな」

 ティリルが、楽しそうに笑う。

「うん」

 それから、彼女は、ゆっくり手を上げた。

「私たちのハンドサインだよ」

 そういったティリルは、中指と薬指を親指にくっつけ、小指と人差し指を突き立てた。俺もエレを真似て、キツネ指を作った。

「これで私たち、友達だね」

 ティリルの背後から大きなため息とともに、鋭く敵意に満ちた視線を感じる。

「スイ、そんな怖い顔するなよ。ごめんね、彼少し気難しいんだ」

 フェルが困った顔をしながら、助け舟を出してくれた。

「よろしくね」

 彼は、俺の差し出した手を握ることは無く、変わらず鋭い目をしていた。

「馴れ合う気はない。あと、スクレに何かしたら許さないからな」

「うん。気を付けるよ」

 スイの圧力に押された。

「心配しなくても、本当はスクレもスイもすごくいい子だから」

「それなら良かった」

「二人ともそうだよね~?」

 ティリルは、そう言って一度二人の方向を向く。彼女は、朗らかな笑みを浮かべていた。

 俺は、この世界で二度目の安心を覚えた。友香のとは、若干種類が違う気がするが。

 


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