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俺が俺であるために

 トク。

 小さく。

 だが、確かに。

 その鼓動が、掌から消えた瞬間。

 ――静寂が、来た。

 違う。

 静寂じゃない。

 「何も、まだ始まっていない状態」。

 俺は、足を止めた。

 止めた、はずだった。

 だが。

 タラリアの風が――

 消えた。

 支えを失った、じゃない。

 必要が、なくなった。

 俺は、空に立っていた。

 落ちない。

 浮かない。

 進まない。

 ただ――

 「在る」。

 胸の奥。

 大釜が。

 止まった。

 ドン。

 ……来ない。

 鳴子も。

 鳴らない。

 星辰環。

 光を、引いた。

 天命書。

 重さを、失った。

 境界鍵。

 冷たさを、失った。

 始原音叉。

 震えを、止めた。

 深海心核。

 鼓動を、止めた。

 原初火。

 温度を、消した。

 俺は、一人になった。

 その瞬間。

 怖い、という感情すら。

 遅れて、来た。

 いや。

 怖い、じゃない。

 「定義できない」。

 前方。

 空間が。

 歪まない。

 膨らまない。

 沈まない。

 ――意味を、失った。

 そこに。

 「何か」が、あった。

 見えない。

 光じゃない。

 影じゃない。

 存在じゃない。

 だが。

 「否定できない」。

 ラジエルの書が。

 震えない。

 熱を持たない。

 ただ。

 ――開いた。

 俺は、見る。

 ページは。

 白。

 何もない。

 だが。

 白、じゃない。

 ――書けない。

 文字が。

 浮かばない。

 代わりに。

 「理解」が、直接、流れ込んできた。

 名前なき神具。

 世界が。

 「世界である前」に。

 そこにあったもの。

 分類不能。

 定義不能。

 観測不能。

 だが。

 すべての神具は。

 そこから、分かれた。

 生命も。

 文明も。

 運命も。

 振動も。

 感情も。

 意志も。

 全部。

 「ここから」。

 俺の喉が、鳴った。

 だが。

 声にならない。

 声、という概念が。

 まだ。

 「ここにはない」。

 それが。

 近づいた。

 距離じゃない。

 ――認識が、近づいた。

 その瞬間。

 俺の中の。

 全部の神具が。

 ――一斉に、沈黙した。

 拒絶じゃない。

 服従でもない。

 ただ

 「意味を持たない場所」に入った。

 声が、した。

 どこからでもない。

 どこへでもない。

「――それでも」

 俺は。

 理解する。

 これは。

 問いじゃない。

 確認でもない。

 ――証明。

 俺は。

 足を出した。

 一歩。

 その瞬間。

 俺の「理由」が。

 全部、消えた。

 世界を救う。

 サタンを倒す。

 守りたい。

 失いたくない。

 全部。

 ――意味を、失った。

 残ったのは。

 ただ。

 「進む」。

 俺は。

 それでも。

 止まらなかった。

 その瞬間。

 白が。

 少しだけ。

 ――濃くなった。

 名前なき神具が。

 初めて。

 「俺」を。

 認識した。

 その刹那。

 世界が。

 まだ。

 「生まれていないまま」。

 俺の掌に。

 落ちてきた。

 重さ。

 ない。

 温度。

 ない。

 存在感。

 ――ある。

 俺は。

 それを。

 握った。

 その瞬間。

 全部の神具が。

 同時に。

 ――呼吸を、始めた。

 大釜が。

 鳴子が。

 星辰環が。

 天命書が。

 境界鍵が。

 タラリアが。

 始原音叉が。

 深海心核が。

 原初火が。

 全部が。

 「意味」を、取り戻した。

 だが。

 今度は。

 逆だった。

 神具が。

 俺を支えるんじゃない。

 俺が。

 神具に。

 ――意味を、与えていた。

 遠く。

 世界樹。

 空間が。

 初めて。

 ――揺れた。

 恐れ。

 じゃない。

 警戒。

 でもない。

 ――理解。

 俺は。

 名前なき神具を。

 握ったまま。

 空を。

 踏んだ。

 一歩。

 世界が。

 ほんの少しだけ。

 ――「存在する理由」を持った。


 一歩。

 世界が、ほんの少しだけ、存在する理由を持った。

 ――その代わりに。

 俺の中で。

 何かが。

 静かに。

 消えた。

 消えた、というより。

 ――薄くなった。

 名前なき神具が。

 掌の中で。

 初めて。

 反応した。

 鼓動じゃない。

 熱でもない。

 振動でもない。

 ――希薄。

 俺は、眉を寄せた。

 足を踏み出す。

 踏み出した。

 ……はずだった。

 その瞬間。

 「俺が踏み出した」という感覚が。

 少しだけ。

 遅れて、来た。

 違和感。

 胸の奥。

 大釜が。

 ドン。

 ……鳴った。

 だが。

 それが。

 「俺の鼓動」かどうか。

 一瞬。

 分からなかった。

 俺は、立ち止まる。

 いや。

 立ち止まった、という認識が。

 半拍。

 遅れて、来る。

 深海心核が。

 ドクン。

 感情を、引き戻す。

 だが。

 その感情の中に。

――「誰のものか分からない感情」が混ざる。

 怖い。

 だが。

 その怖さが。

 「俺の怖さ」なのか。

 断定できない。

 名前なき神具の副作用。

 それは。

 存在の。

 ――主語が、曖昧になる。

 星辰環が。

 航路を見せる。

 だが。

 その航路の上に。

 複数の「俺」が。

 重なって見える。

 選んだ俺。

 選ばなかった俺。

 まだ選んでいない俺。

 全部が。

 「同じ濃度」で。

 そこにある。

 天命書が。

 重くなる。

 確定を。

 ――急ぎ始める。

 理解する。

 もし。

 この状態で。

 天命書が、確定を書いたら。

 「どの俺が固定されるか」。

 保証がない。

 背骨に。

 冷たいものが走る。

 境界鍵を。

 握る。

 冷たい。

 その冷たさが。

 やっと。

 線を引く。

 ここまでが、俺。

 ここからが、世界。

 だが。

 名前なき神具は。

 その境界を。

 静かに。

 ――溶かす。

 声が、した。

 今度は。

 外でも。

 内でもない。

「――どこまでが」

「――お前だ」

 俺は。

 答えられない。

 答え、という概念が。

 一瞬。

 意味を失う。

 原初火が。

 トク。

 脈を打つ。

 前へ進め、と。

 だが。

 前、という概念が。

 少しだけ。

 揺れる。

 深海心核が。

 ドクン。

 感情を。

 重くする。

 悲しみ。

 怒り。

 愛。

 執着。

 全部が。

 「俺に固定される」。

 その瞬間。

 俺は。

 やっと。

 呼吸を。

 取り戻した。

 理解する。

 名前なき神具は。

 「起源」だ。

 だから。

 俺を。

 個体として扱わない。

 俺は。

 世界と。

 同列に。

 扱われ始めている。

 それが。

 最大の副作用。

 個人が。

 ――現象になる。

 俺は。

 歯を食いしばる。

 言葉を。

 無理やり。

 口に出す。

「……俺は」

 声が。

 掠れる。

「……俺だ」

 その瞬間。

 始原音叉が。

 強く。

 鳴った。

 ……ィィン。

 位相が。

 固定される。

 大釜が。

 ドン。

 生命を。

 俺に。

 縛り直す。

 深海心核が。

 ドクン。

 感情を。

 俺に。

 沈め直す。

 星辰環が。

 航路を。

 一本に。

 濃くする。

 天命書が。

 静かに。

 閉じる。

 ――今は、書かない。

 名前なき神具が。

 掌の中で。

 静かに。

 ――薄く、笑った気がした。

 錯覚かもしれない。

 だが。

 確かに。

 「認識された」。

 俺は。

 空を。

 踏む。

 一歩。

 今度は。

 「俺が」。

 踏んだ。

 世界が。

 ほんの少しだけ。

 ――「個」を、理解した。

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