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還る光、始まりの裂け目

 銀の葉が、もう一度だけ、かすかに揺れた。

 風はない。それでも、葉は揺れた。

 誰かが、触れたみたいに。

 

 地下空間の空気が、ほんの少しだけ変わる。

 温度でも、匂いでもない。もっと、感覚に近い何か。

 俺は、無意識に息を止めていた。

 銀葉の一本が、ふっと強く光る。

 それは派手な光じゃない。ただ、月明かりが濃くなったみたいな、静かな光。

 葉の一枚が、ゆっくりと、落ちた。

 音は、しなかった。

 ただ、空気の中を、時間から切り離されたみたいに、ゆっくり、ゆっくり、落ちてくる。

 俺は、手を伸ばしていた。 

 触ろうと思ったわけじゃない。ただ、そこにあるものを、受け止めなきゃいけない気がした。

 葉は、俺の掌の上に落ちた。

 温かかった。

 ほんの少しだけ。

 体温より、少し低いくらいの温度。

 光は、消えない。

 俺の掌の上で、静かに呼吸している。

「……選ばれてるな」

 フェルの声がした。

 ほんの少しだけ遠い。

「何に?」

 フェルは、少しだけ黙った。

 それから、いつもの顔で笑う。

「さあな」

 嘘だ、とすぐに分かった。

 ティリルは、何も言わない。ただ、俺の掌の葉を見ている。

 スイが、低く言う。

「……捨てるなよ」

 俺は、頷いた。

 その瞬間、地下空間の奥。立石のさらに向こう。

 闇の中に、何かが浮かんだ。

 光じゃない。影でもない。

 形になる前の何か。

 空気が、ゆっくりと歪む。

 銀葉の木の根元。地面の奥。

 そこから、低い音が、響いた。

――ゴゥ……

 地鳴りにも似ている。だが、振動はない。

 音だけが、空間の奥から、ゆっくり押し寄せてくる。

 ティリルが、息を吸った。

「……聞こえる?」

 俺は、頷いた。

 それは、音というより、歌に近かった。

 言葉じゃない。旋律でもない。

 でも、何かを“伝えようとしている”。

 スクレが、小さく言う。

「……上じゃない」

 スイが、続ける。

「……下でもない」

 フェルが、静かに言った。

「……遠く、だな」

 遠く。だが、距離の遠さじゃない。

 時間の遠さ。

 世界の遠さ。

 俺の掌の銀葉が、ほんの少しだけ、強く光った。

 その瞬間、視界が、揺れた。

 空。

 見たことのない空。

 雲が、根の形をしていた。

 大地が、巨大な“何か”に支えられている。

 山がある。海がある。森がある。

 そして、そのすべてを、一本の巨大な樹が、貫いている。

 枝は、空を支えていた。

 根は、海より深く沈んでいた。

 幹は、山より太かった。

 葉は、星だった。

 

 視界が、戻る。

 地下空間。銀葉の木。立石。

 フェル。

 ティリル。

 スイ。

 スクレ。

 何秒だったのか、分からない。

「……今の、見た?」

 ティリルは、少しだけ笑った。

「……少し」

 フェルは、何も言わない。

 ただ、木を見ている。

 スイは、低く言う。

「……近づいてる」

「何が?」

 スイは、答えない。

 代わりに、スクレが答える。

「……呼ばれてる」 

 地下空間の空気が、少しだけ重くなる。

 銀葉の木が、ゆっくり、大きく、揺れた。

 風は、ない。それでも、揺れた。

 そして、葉が、もう一枚だけ落ちた。

 今度は、地面に。

 立石の一本が、淡く光った。

 それから、消えた。

「……道標」

 ティリルが、呟いた。

 フェルが、小さく息を吐く。

「……やっぱり、そういう流れか」

「何の?」

 フェルは、少しだけ迷っているようだった。

 彼は、珍しく、軽口を言わずに言った。

「“上”へ行く流れ」

 俺は、銀葉を握りしめる。

 怖くない。

 それに、避けられない、と思った。

 銀葉の木の根元。そこに、細い亀裂が、走っていた。

 その奥から、淡い、金色の光。古い光。

 地下空間の奥。そこから、もう一度だけ、あの“歌”が、聞こえた。 

――還れ

 俺は、息を止めた。

 誰も、何も言わない。

 この旅は、世界を巡る旅じゃない。 

 もっと、深く。

 もっと、上へ。

 世界そのものの、根と、幹と、頂へ向かう旅だ。

 銀葉が、掌の中で、静かに光っていた。 

 遠い、遠い、界の中心にある何かと、繋がっているように。


 まだ、見ていない場所がある。

 まだ、触れていない“始まり”がある。

 いつか。

 きっと。

 俺たちは――

 世界を支えている樹の下に、立つ。

 そんな気がする。

 理由は分からない。

 でも、それだけは、確信に近かった。

 地下空間で。

 月より古い光の下で。

 俺たちは、まだ名も知らない“終着点”へ向かう、最初の一歩を踏み出していた。

 銀葉は、掌の中で、静かに脈打っていた。

 ドクン、という鼓動ではない。

 もっと、緩やかな潮の満ち引きに近いリズム。

 俺は、それを握り込まなかった。壊してしまいそうな気がしたから。

 ただ、掌の上に乗せたまま、息をする。

 地下空間の空気は、相変わらず静かだった。

 けれど、その静けさは、もう最初に感じたものとは違っていた。

 ここには、「待っているもの」がある。

 そう思った。

 銀葉の木の幹が、わずかに軋んだ。

 音というより、長い眠りから、姿勢を変えるような感覚。

 立石の列の、奥。

 闇の向こう側。

 そこに、さっきまでなかったものがあった。

 細い道。

 道というより、「空間の重なり」が、ほどけたような裂け目。

 その向こうは、暗くない。

 光でもない。

 ただ、“存在している”。

 フェルが、小さく息を吐いた。

「……開いたな」

 その声は、驚きでも、警戒でもなかった。

 ――懐かしさに、近かった。

 ティリルは、何も言わない。

 ただ、一歩だけ、前に出た。

 スイが、横に並ぶ。

 スクレは、俺の少し後ろに立ったまま、静かに、裂け目を見ていた。

 俺は、銀葉を見る。

 葉の光が、少しだけ強くなる。

 呼吸が、合う。

 俺の鼓動と。

 地下の空気と。

 そして――

 まだ見ぬ、どこかと。

 俺は、一歩、前に出た。

 裂け目の縁に、立つ。

 冷たくない。

 温かくもない。

 ただ、

 「拒まれていない」と、分かった。

「……行く」

 誰に言ったわけでもない。

 でも、四人は、何も止めなかった。

 俺は、裂け目の向こうへ、足を踏み出した。

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