マッチポンプは一度で何度もウマい
「はぁっ!? アバドにジフリンを侵攻させて、そのドサクサ紛れにコリッツ商会の本拠地を制圧する、ですって!? もう一度聞くけど、アンタ正気!?」
急遽、ラムラに頼んで夜の酒場を休みにしてもらい、『第一回・勇者的マッチポンプで大儲け大作戦! 戦略会議』に漕ぎつけた、まではいい。
しかし俺が編み出した天才的な案を聞くなり、ラムラは向かいの卓上から身を乗り出し、大げさに仰天して見せる。
俺はこれから事あるごとに、こうして彼女に詰められるのだろうか。
「……あぁ。何度でも言ってやる。俺は正気だ。極めて理性的な判断のもと、この結論に至っている」
「だから、その理性がおかしいって言ってんの!? ナニ!? アバドを服従させたとか言って、実はアンタが魔族に懐柔されてんじゃないの!?」
「ラムラ。その言い草は魔族に対して、あまりにも失礼だ。なぁ? シャロ」
「え? う、うん……」
「……そうね。確かにナザレの言う通り、迂闊だったわ。てかシャロ! アンタ、マジで可愛くなったわね! さすが、ウチの稼ぎ頭がプロデュースしただけあるわ」
「でしょー? シャロちゃん、素材はバツグンに良いから、私もやっててスゴく楽しかったんだから!」
「……確かにそうだな。この流れで、ラムラもお願いしてみたらどうだ?」
「なっ!? ソレ、どういう意味よっ!」
ラムラの失礼極まりない指摘に対して、ナザレが輪を掛けて不躾なことを言ったかと思えば、それを皮切りにマーレやシャロも交えて、話はどんどん違う方向へ散乱していく。
誰一人として、俺の話を真面目に聞こうとしているヤツなど居やしない。
全く……。俺が大人しいと思って、好き勝手言いやがって。
相変わらずこのパーティーは、『まとまり』という言葉とは無縁である。
そして何より、大黒柱である俺に対するリスペクトが微塵も感じられない。
「お前らイイ加減にしろ! 人の話を聞けっ! あとシャロもさり気なく、ナザレに同調すんな!」
「ブーブー! サマりん、女心ってモンが分かってないぞー! せっかくシャロちゃんが華麗な変身を遂げたっていうのに! 彼女に何か少しくらい、言ってあげてもイイんじゃないかにゃ? シャロちゃん、スタンダップ!」
マーレはそう言うと両手を上げ、シャロに立ち上がるようジェスチャーする。
シャロは戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がる。
目元まで隠れていた前髪は、眉下辺りにまで切り揃えられ、その美しい真紅の瞳が顕になっていた。
加えて、華奢な身体に申し訳程度に纏っていた野暮ったい布切れは、清潔感のある純白のローブへと変わっており、彼女の栗毛色の髪とも相性が良い。
率直に言って、おおよそ魔族には似つかわしくない神々しさがある。
なるほど。
コレなら誰もシャロのことを魔王の妹などとは思うまい。
だが、これではまるで……。
シャロのあまりの変貌振りに、俺は思わず息を呑んでしまう。
そんな俺の姿を見て、マーレは確信犯的な笑みを浮かべる。
「ま、まぁその、イイんじゃねぇの? ソレなら誰も疑わねぇだろ」
動揺のあまり、中々に気色の悪い反応をしてしまったようだが、それに気付いた時には後の祭りだった。
「そ、そっか……」
俺の反応に、シャロは何故か顔を赤らめる。
「あっ! サマりんが照れてるー! キモーい!」
「エルサ陛下一筋のサマリアにも、まさかそんな感情が残っていたとはな」
「えっ。嘘でしょ? サマリアってマジでシャロのこと……」
俺の反応を見るや否や、パーティーの連中は鬼の首を取ったかのように好き勝手に宣う。
ラムラに至っては、犯罪者に浴びせるソレで俺を見ている。
もはや軽蔑の色を隠そうともしていない。
「だからお前ら話を逸らすなっ! いいか!? これは我が勇者パーティーの今後を左右する重要事項なんだぞ!? この作戦の成功の可否によって、俺たちの命運も決まると言っていい」
俺がラムラたちに話した作戦はこうだ。
まずアバドには軍勢を整え、ジフリンの支城の一つである、卜リスク砦にちょっかいを出してもらう。
そうなれば、間違いなく『国家非常事態宣言』の布令が出ることになるだろう。
となれば、コリッツとしても私兵を差し出し、協力の姿勢を示さなければならない。
コレは、ヤツらが表向き『商会』としてやっていることの、弱みと言っていいだろう。
アバドの軍には卜リスク砦近辺で小競り合いをさせた後、コリッツの本拠地のある街の方面へ退却させる。
そこで魔王軍の追撃に託け、俺たちが拠点を叩くのだ!
無論、ヤツらも死にもの狂いで抵抗してくるだろうが、私兵を連邦に差し向けている以上、本拠の守りも手薄になるはずだ。
億が一にも、こちらが打ち損じるようなことはないだろう。
そして商会のトップを拘束した後は、勇者の俺がジフリンの民衆の前で、堂々とこう宣言するのだ。
『もはやジフリンへの脅威は完全に消え去った。皆、安心してそれぞれの生業に専念するように』、と。
そうなれば、招集された厭世の氷刃の連中も、本土に残る理由がなくなる。
引き続き、ベルチで冒険者兼マーレの店の護衛ができる、という寸法だ。
ジフリン公国は、ハバドの構成国家の中では人口も少なく、経済規模も小さい。
この地域限定で平和が訪れたところで、ハバドからの魔鉱石の需要が途絶えることはないだろう。
肝心なのは、安定的な冒険者の往来だ。
それさえ維持できれば、ビジネスも継続出来るし、俺としては問題ない。
ついでに、コリッツの連中の隠し財産なぞも頂戴できれば、言うことはないだろう。
まさに一度で二度……、いやそれ以上にウマ味がある。
「でもさー。コリッツ商会が魔族と協力関係にある証拠なんて見つけられるのかな〜? 証拠がないのに、叩いちゃったらソレってやっぱり問題になるんじゃない?」
マーレは円卓に顎を乗せ、おおよそ緊張感など感じさせない雰囲気で言う。
だが彼女の言う通り、これには大きなリスクもある。
実際、何の理由もなく彼らを殲滅してしまえば、勇者の俺とて軍法会議に掛けられる可能性があるだろう。
だからこの作戦は、ヤツらと魔族との繋がりを炙り出せるかに全てが掛かっていると言える。
しかし、だ。
マーレの懸念は、杞憂と言えるだろう。
なんせ……。
「……マーレ。忘れていないか? こちらは、その魔族を束ねる王を支配下に置いてるってことをな!」
俺がそう言うと、マーレは『あぁ!』という掛け声とともに、目を見開く。
どうやら、腑に落ちたようだ。
「あぁ、そうだ! その気になりゃあ、証拠の一つや二つ余裕で捏造できるってこった!」
俺が言うと、ラムラたちはどこか白けたような呆れ顔を浴びせてくる。
コイツらが言いたいことなど、容易に理解できる。
だが、そもそもの話だ。
ヤツらに関する被害報告は、既に国内外に留まらず、各国から相次いでいるワケである。
ハバドとしても、それは悩みの種になっているはずだ。
かと言って、ヤツらが尻尾を出さない以上、表立って制裁に出るわけにもいかない。
皆、本心ではヤツらを煩わしく思っているのだ。
別に証拠の信憑性なんぞは、どうでもいい。
ヤツらを潰すに足る大義名分さえあれば、ジフリンにしろハバドにしろ、俺たちの行いを咎めることはないだろう。
それどころか場合によっては報奨金も……、ということまではもちろん期待しない。
「……ったくそういう小狡いことは、次から次に思いつくんだからよ。勇者として腐らせておくのは勿体ねぇな」
「まったくね……。咲く場所を間違えた、とはこのことね。それこそ、コリッツ商会にとっては喉から手が出るほど欲しい人材なんじゃないかしら?」
「まぁそれがサマりんの良いトコ(?)ってことで! 私は好きだよ、そういうの!」
「好き勝手言いやがって……。兎にも角にもだ! 早速、アバドの奴に伝えるぞ。あー、アバド? 聞こえるか?」
【……お主、よもやシェオルを殺したのではあるまいな?】
念話でアバドに繋ぐと、誰が聞いてもスグに不機嫌と分かる、くぐもった声で応答してくる。
どうやら、俺は彼女に欠片も信用されていないようだ。
相手が魔王とは言え、どうして俺はいつもこうなのか。
あまりにも心当たりがあり過ぎて、具体的に何が決定打かは分からない。
「んだよ開口一番……。殺してねぇから安心しろ。何なら声も聞かせてやる。ほら、何か言ったれ」
俺は疑心暗鬼のアバドの催促に応えるよう、シャロに顎で指示し、返事を促す。
「あ、えっと……、お姉ちゃん? 元気?」
【おぉ! その声はシェオルか!? 息災であったか!? こちらはこの忌々しい指輪のせいで多少魔力は落ちているが、変わらずだぞ!?】
「う、うん。そっか……。良かった。あたしも元気だよ」
アバドのあまりの圧に、シャロは些か困惑気味に見えた。
しかしながら、『元気だよ』と応えるシャロの声は、これまでよりも心なしかトーンが高いように思えた。
彼女なりに気を遣っているのだろうか。
いや、それとも……。
「もういいだろ! それで、だ。最初のミッションが決まったぞ。お前には速やかに軍勢を整えて、ハバド連邦、ジフリン公国の支城・トリスク砦に侵攻してもらう」
【……お主、本気でやるつもりなんだな】
「あぁ。だが前にも言ったが、侵攻ってのはポーズだ。だから規模は弁えろよ! あんまり派手にやると、ジフリンが連邦に救援を要請する可能性が出てくる。事態がエスカレートして、連邦との全面対決なんてことになれば、火種そのものも潰える危険性があるからな」
【ふっ。その辺に関しては心配するな。なんせ、お主に眷属の大半はやられてしまったからな。現状、我が直接動かせるのはシェオルの護衛のために残しておった軍勢くらいだ】
アバドは念話越しに投げやりに笑って、そう言う。
どうやら、無計画に侵攻していたのは彼女だけではなかったようだ。
「……なんかホントにごめんね。ほら。あん時は、まさかこんなことになるとは思わないじゃん?」
【今更、何を言うておる? 戦いとはそういうものであろう。我の眷属もよう戦ってくれたし、お主もよう戦った。そこに敬意を払いこそすれ、恨めしく思うことなどあろうか。いや、ない! 飽くまで、ソ・コ・は、だがっ!】
俺の返答に、アバドは鼻で笑いながらそう言った。
やはり、この魔王。
俺の犬に成り下がった今でも、魔族の王としての矜持だけは失っていないらしい。
彼女のその姿勢に免じて、妹の生活のために偽物の宝玉をたんまりと貯め込んでいたことは、格別の慈悲をもって不問としよう。
そんな誇り高き傑物に対し、俺は作戦の概要を話した。




