「散っていった」仲間たち③-1
人がその場所へ赴くのには、理由がある。
自分だけが知る景色がそこにあるから。
大切な人と過ごした記憶に、思いを馳せるため。
その動機は千差万別であり、端から可能性がないと切り捨てるのはビジネス的な観点でもナンセンスと言えよう。
どのような場所であれ、そこには人々の営みがあり、人生があるのだ。
一方で、ベルチ島にはさしたる名所がないことも、不動の事実である。
それは魔王が無事に討伐された後()も、そう変わるものではないだろう。
しかしナザレのアドバイスに従い、久方振りにこの場所へやってきた今、改めてポテンシャルを感じざるを得ない。
この店の盛況具合を見ると、俺にも商才の一片があるのではないかと勘違いしてしまいそうになる。
何はともあれ、人々がベルチへ訪れる理由に成り得るとしたら、俺の店ではココだけだ。
現状、ギルドもナザレの店も赤字ではないものの、かなりギリギリの綱渡り状態だ。
『街外れでショバ代が安いこと』が最大のアドバンテージでは、やはり限界がある。
一にも二にも物を言うのは、途切れることのない需要だ。
そういう意味で、文字通りこの場所は俺にとっての生命線である。
「ね、ねぇ、サマリア……。ココ、なんか怖い……」
店の前に立ち、いざ足を踏み入れようとすると、シャロに服の裾を引っ張られ遮られる。
『ここだけは勘弁してくれ』と言わんばかりの、縋りつくような面持ちで俺を見上げてくるが、無理もない。
アバドの言い分が正しければ、彼女はまだ子どもだ。
確かに、子どもが足を踏み入れていい場所でないのは事実だが、そんな倫理観というか危険察知の本能は、人間のソレと大差ないのだと改めて思い知らされるところである。
……いや、単に姉のアバドの教育がムダに厳しかっただけか?
その線は十分にあり得るな。
「……そう警戒すんな。少なくとも、お前が心配しているようなことにはならんから、そこら辺は信用してくれていい」
「そ、そう……。分かった」
俺の返答に、シャロは戸惑いつつも一応は納得した様子を見える。
軽はずみに『信用』という言葉を使ってしまった手前、もしものことがあってはならない。
あの子、上手くやってくれるかな。
やってくれるよね?
一抹の不安を覚えつつも、俺はゆっくりと扉を開く。
「ちょっと待って! やっぱココ、無理……」
中へ入ると、そこから醸し出す独特で非日常的な空気感にやられたのか、シャロが俺の袖口を引っ張ってくる。
シャロが尻込みするのも当然だ。
ましてや、彼女のようないわゆる好所の出にとって、ココは場違いそのものと言っていい。
彼女のその初々しい反応をみるに、そこに魔族も人類もないのだろう。
入ってすぐに出迎える、大広間から2階の客室を繋ぐ厳かな螺旋階段。
ドラゴン、ユニコーン、果ては名前も知らない偉人を模した胸像といったインテリア一式が、そこかしこに配置された廊下。
加えて、受付前で妖艶に光る淡紅色の灯火は、その気でやって来た男たちの気分を一層高揚させるものだ。
その証拠と言わんばかりに、大広間横の待合スペースにごった返した屈強な男たちが、鼻息荒く、その時を今か今かと待ち侘びていた。
いやはや。
パーティーの連中の反対を押し切り、『まとめ買いセール』だの『独立・開業キャンペーン』だの言い包められるまま、ワケも分からずに初期投資に踏み切った甲斐がある。
そうだ。
この娼館こそ、勇者サマリアが手掛けるビジネス唯一の成功例にして、我らパーティーの命綱なのだ。
俺たちが入店したことに気付くなり、受付奥から見知った顔が、少し間の抜けた黄色い声とともに駆け寄ってくる。
「あっ! サマり〜ん! おかえり〜!」
「うっす、稼ぎ頭のマーレさんよ。今日も繁盛してんな! やっぱり訴えかけるべきは野郎の下半身ってこったな」
魔道士・マーレ。
彼女は俺の元パーティーメンバーであり、この娼館の責任者だ。
しかし、こうして見ると如何に『売れ行き』というものは、人のメンタルを左右するかがよく分かる。
何かと気苦労が絶えなかったであろうラムラとは対照的に、肌の気色もよく、抜けるように明るい金髪も健在だ。
ニコニコと嬉々とした表情で、パーティーの長である俺を出迎える辺り、よほど店の方も順調なのだろう。
しかし、このマーレ。
ともすればトロイような印象を受けがちだが、こと経営に関して言えば中々にタフで強かだ。
実際、この娼館については開業当初から現在に至るまで、ほぼほぼ彼女に丸投げしているが、これまで目立った失敗などはない。
本人も『お店の経営って楽しい!』と言っていたので、俺としてもその言葉に全力で甘えさせてもらっている。
無論、一年もの間音信不通だったオーナーがこうして目の前に現れたからには、言いたいことの一つや二つあってもおかしくない。
ところが彼女はそんな俺に対し、ただ一言『おかえり』とだけ告げ、俺のこれまでの労をねぎらってくれるのだ。
本当に、どこまでもよく出来た女性である。
勇者引退後の寄生先候補としては、申し分ない。
将来を見据え、今のウチに媚を売っておくのも悪くないのかもしれない。
そして無事に魔王が討伐された()暁には、二人でどこか遠くの片田舎で農業でもしながら暮らすのだ。
そう。煩わしい負債のことなど、何もかも忘れて……。
……と邪な気持ちが、彼女の清爽な笑顔を見ていると生まれないでもない。
当の彼女は、目の前の男の邪悪な将来設計に自身が組み入れられていることも知らずに、なおも呑気に目を細めている。
「あはは! サマりん、なんかその言い方生ナマしいよ! えっ!? てかその娘ダレ!? 超かわいいんだけど〜っ!」
マーレは爛々とした表情で、シャロに近付く。
その勢いのまま抱きつかれ、為す術なくベタベタと頬を擦り寄せられたシャロは顔面蒼白になる。
「おいっ! シャロが困ってんだろ!」
俺の指摘に、マーレはハッとした表情になる。
「あっ! だよね〜。ごめんね、急に。てかシャロちゃんっていうんだ? ヨロシクね〜」
「う、うん……。よろしく」
動揺するシャロを前に、マーレは初孫に寄せるような暖かい視線を送る。
「……まぁ、アレだ。詳しくは後で説明する。にしても、ココは相変わらず順調そうだな」
「そうだね〜。今んトコは順調だよ。ただね……」
「ただ?」
俺が聞くと、マーレは珍しく言い淀む。
「い、いやっ! 今んところは大丈夫なんだけどね! ちょっとさ、維持費の方がね……」
「維持費?」
「うん。ほら! この前、向かいの島に魔王の侵攻があったじゃん? そのせいで、コッチに難民が結構来たんだよね。その影響か知んないけどさ……。この辺りの土地代もだいぶ上がってるんだよ。この前もまた家賃上げられちゃって……」
「そ、そうか……。まぁ多少は覚悟していたが、それはキツイな……」
「うん。他にも広告費とか、女の子の衣装代とかも色々高騰してて、ちょっと今のままだとマズイかも。だからさ……」
「援助か? 悪いがコッチもあんまり余裕がないからな。まぁ最悪、ナザレの実家の土地でも担保に入れて金借りるしかねぇか」
「ち、違くてさ! なんてーの? サマりんは、お店のこと全部私に任せてくれるって言ってたじゃん? だからちょっと背に腹は代えられなかったっていうかさ……。あはは」
そう言って、困ったような笑みを浮かべるマーレの姿を見ると、嫌でも邪推はする。
後に、その不安を裏付けるかのような話が彼女の口から飛び出してきたのは、決して偶然などではないのだろう。




