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「散っていった」仲間たち②-2

「もう、どこから突っ込んでいいのやらな……。今の話だけで、お前と縁を切るポイントが、いくつあったか分からん」


 ナザレは心底呆れながら、関係の解消を暗に匂わせてくる。

 本気なのか、飽くまで信頼ゆえの軽口なのか。

 無論、今ココでこの男を失うワケにはいかないので、一応念は押しておくことにする。


「ふっ。逃げようとしたってムダだぞ? なんたってコッチには、絶賛完全屈服中の魔王がいるんだからな! 俺を捨ててバックれようモンなら、地獄の底まで追い詰めてやる! 文字通りのな!」


「……今まさに、縁を切るべきタイミングのような気がしないでもないが、ソレはまぁいい。つーか、オレがお前から頼まれたのは、飽くまでこの武器屋の経営だからな。後のことは知ったっちゃねぇよ。マッチポンプだか何だか知らんが、勝手にやってろ!」


「おいおい、待ってくれ。それはちょっと冷たいんじゃないか、ナザレさんよ。お前だってヴィジュニッツで生まれた以上、敬虔なエチェド教徒だろうに。唯一神・エチェドの教えはなんだったか? 『自ら手繰り寄せた()は、生涯大切にすべし』、だろ? お前には信仰心というものがないのか?」


「んなモン、オレは入信した覚えねぇよ……。信教の自由は、お前が敬愛して止まないエルサ女王陛下の名のもとに保証されているだろうが。大体、その唯一神が創り上げた(とされている)聖剣をあぶく銭欲しさに売っ払うような輩に、信仰心云々説かれたくねぇっつーの。つーか……、そもそもこの旅だって、お前に無理矢理連行されたようなモンだったろうが。その理屈なら、まずお前がオレを大切にしろよ」


 全く……。

 あー言えば、こう言うというか。

 本当に、小賢しいヤツだ。

 理路整然と、俺の言葉の節々に潜む破綻を的確に突いてきやがる。

 戦士なら戦士らしく、脳筋に甘んじていれば良いものを。

 だが、ココで負けるわけにはいかない。

 かと言ってへそを曲げられるのも、それはそれで後々面倒だ。

 だから、ココは折衷案でいこう。

 『理』で分が悪いのなら、それを超える『利』を提示する他ない。


「……まぁ俺だって、『タダで』だなんて言う気は毛頭ない。協力してくれるってんなら、それ相応の報酬は用意させてもらうつもりだ」


「多重債務者のお前が提示できる報酬ってなんだよ? ペンペン草かなんかか?」


「ふっ。生憎、俺の財布はペンペン草も生えんほどの惨憺たる状況だ。そうじゃない。ナザレ、知ってるか? 世の中には、『非売品』っていうステキな言葉があんだよ。今現在の市場価値が全てと思ったら大間違いだ。まぁ、まずは何も言わずにコレを見てくれ」


 俺はそう言って、手持ちの巾着袋を弄り、目の前の傲慢な男に()()()()を差し出す。


「なっ!? お、お前コレ……。どうして……」


 ナザレは、それが俺の手ひらで淡く黒光りする様を見て、目を見開き、仰天する。


「……その昔、遥か北方・ホヴニル山脈の鉱床から発見されたとされる幻の宝玉、『聖炎(せいえん)のアレキサンドライト』だ。魔王アバドの居城、サトマール砦の宝物殿から掻っ払……、拝借したものだ。お前の答え次第でくれてやる」


 こう見えてこの男は、宝石の類に目がない。

 金目云々の話ではなく、単純なマニアであり、コレクターなのだ。

 そして、その価値を正しく理解している故か。

 ナザレは、目の前の宝玉を前に言葉を失っている。


 ……とは言え、さすがに良心が痛む。

 この『聖炎のアレキサンドライト』、完全に偽物である。

 半年程前、魔王討伐の道すがら始めた転売ビジネスで、仕入れ先の宝石商から騙されたことをきっかけに習得した鑑定魔法により、明らかになった事実だ。

 もちろん、ナザレは俺が旅先で失敗の上塗りをしていたことも、鑑定スキルを身に付けたことも知らない。


「ち、ちょっと待て! コレ、本当に本物かっ!? だとしたら博物館モノだぞ! 仮りにそうだとしても、お前がソレを売っていないのはどう考えてもおかしいだろうがっ!」


 クソッ。

 良くも悪くも、コイツは大好きな宝石並みに俺のことを理解しているのだ。

 だがそれは、こちらも同じである。

 お前が、まず疑ってかかることくらい想定している。


「……『聖炎のアレキサンドライト』は、山脈の谷に潜む聖竜の吐いた炎の加護により、強い光を浴びると深い橙色に変色する。そして、その変化を見た人間の力を、飛躍的に高めると伝承されている。疑うなら、試してみろよ。イルミネイト!」


 俺が光魔法を放つと、宝玉はじわじわとその輝きを吸収し、徐々にその照りを焔色に染めていく。

 その様子を見たナザレは、あんぐりと口を開ける。


「どうだ、ナザレ。不思議と力が……、湧いてこないか?」

「あ、あぁ……、そうだな」


 ナザレは呆気にとられながらも、そう応える。

 無論、この宝玉に付されているのは、聖竜の加護などではない。

 そもそもの話、コレは『邪光(じゃこう)のアレキサンドライト』というアイテムであり、施されているのは呪詛の類である。

 強い光を浴びると橙色の邪光を放ち、その様を見た者の力を奪っていくという、まさに『聖炎のアレキサンドライト』とは真逆のカラクリだ。

 何でも魔族にとって、この『邪光のアレキサンドライト』を生成することが、自立した大人になる上での一種の通過儀礼になっているらしい。

 実際、サトマール砦にはコレ専用の廃棄所があり、そこには失敗作と思しきものが大量に打ち捨てられていた。


 しかしながら、俺が拝借してきたものに関して言えば、呪いの代わりに変色系の擬態魔法が施されたレプリカ版のようで、呪いはおろかバフ効果もない。

 よって、正真正銘タダの石であり、言わば偽物の偽物である。

 にも拘らず、ナザレはこの調子なのだが、いやはやプラセボとは恐ろしいものだ。

 

 思えば、『ウリエルの聖剣』と天秤にかけ、どちらを質屋に入れるか最後まで悩んだものだが、結果オーライと言ったところか。

 そもそも勇者が詐欺紛いでブタ箱送りなど終生笑い草だし、それこそ皇国からの永久追放待ったなしだ。

 ギリギリのところで理性が勝ち、最悪の事態を免れたと考えれば、ファインプレーだ。

 だから結果的に聖剣を失ったとしても、そのことは誇りこそすれ、後ろめたく思う必要は一切ないのだ。

 ……などと、一時期は頭の中で何度も言い聞かせていたものである。


 ナザレはそんな裏事情も知らずに、目の前で伝承通り光る()()を見て目を輝かせる。

 さて……、ここいらでダメ押しといくか。


「……なぁ、ナザレ。お前だって聞いたことくらいあるだろ? 魔王アバドは、何よりも魔族の王としての誇りを重んじる気高い女傑だ。あぁ。まさに勇者の俺顔負けと言っていい。そんな輩が世に二つとない秘宝を複製して、たんまり儲けてやろうなんて考えると思うか? 実際に対峙したことがある俺だから、断言しよう。それはヤツの美学に反する」


 廃棄所横の櫓には、コレと同じ模造品が腐るほど備蓄してあった。

 概ね、()()()()のための金策か何かだろう。

 むしろ奴さん、騙す気満々である。


「わーったよ。お前に協力してやる……、なんて言うと思ったかっ!? このクズ勇者がっ!」


 そうナザレが叫んだ次の瞬間には、俺の身体は『聖炎のアレキサンドライト(笑)』ごとカウンターから数メートル先へ吹っ飛び、地にねじ伏せられる。

 寸刻痙攣した後、俺はようやく顔を上げる。

 すると、そんな惨め極まりない俺の姿を、シャロは戸惑いと呆れが混じったような表情で見ていた。

 その視線たるや、ゴミに寄せるソレに見えるのは気のせいだろうか。

 

「ったく舐めた真似しやがって……。コレのどこが『聖炎のアレキサンドライト』だよ」


 俺を吹っ飛ばした右手を拭いながら、ナザレは言う。


「……んだよ、クソ。やっぱり知ってやがったのか」

「ったり(めぇ)だろうが。趣味とは言え、何年宝玉と向き合ってると思ってんだ。何なら、鑑定魔法だって習得してるくらいだからな」

「なっ!? 聞いてねぇぞ!? 黙ってやがったな! 卑怯者め!」

「……どの口が言ってんだよ。つーか、それを言うならお前こそだ、サマリア。どうして、コレが偽物だって分かった?」

「い、いや、それは……」


 俺が口籠り視線を逸らすと、ナザレは大きな溜息を溢した。


「……んなこったろーと思ったよ。大方、転売ビジネスあたりか? 見よう見まねで始めてみたのはいいものの、仕入先からボラれて出鼻を挫かれたからってところか?」


 寸分の狂いもなく、言い当てられてしまった。

 さすがだ、ナザレ。

 このまま、場末の薄汚い武器屋の店員として腐らせておくのは勿体ない。

 不覚にもそう思ってしまった。

 俺はバツの悪さからか、自然と目を伏せる。


「……だぁもうわーったよ! 悪かった! 俺の負けだっ! だから頼むよ、この通りだっ! 俺に協力してくれよーっ!」


 そう言うと、俺は勢いそのまま、土下座の体勢を取る。

 結局のところ、人間コレが一番効くのだ。

 実際、この洗練された土下座フォームによって、何度か返済期日を伸ばしてきた実績もある。

 今思えば、初めからこうしておけば良かった。


「……旗色が悪くなったとみりゃ、すぐコレだよ。お前も成長しねぇな」


「……あぁ、そうだ。お前の言う通り、俺はこの一年間、お前らに店の経営を押し付けるだけに飽き足らず、肝心な負債も上積みを続ける筋金入りのクズだ。だがな……、一つ忠告しておく。お前が協力してくれないと、ラムラが俺の尻拭いをすることになる。いいのか? 仮にも三年間、苦楽を共にした仲間の一人にそれを背負わせて」


 『勝手にやってろ』などと言いつつ、この男も潔癖なのだ。

 心の奥底の良心を擽れば、俺をこのまま野放しにすることなど、出来るはずがない。

 土下座の体勢のまま、顔もあげず居ると、『ハァ』と、再びナザレの深い溜息が鳴り響く。


「……まぁどの道、エルサ陛下からは『お前が無茶な真似しないように監視しとけ』って厳命が下ってるんだ。確かに、お前をこのまま野放しにするのは危険極まりないな。誠に遺憾ではあるが、お前のその脅しに屈してやる!」


「あっ、ありがてぇ! てかなにその厳命、俺知らない。だとしたらお前、だいぶ手遅れだぞ!」


「てかシャロ、だっけ? ソイツに丸め込まれないように気を付けろよ。まぁ仮りに何かあっても、世論は常にお前の味方だからその辺は安心しろ」


「えっ!? う、うん……」


 俺の指摘をスルーしたナザレに呼びかけられた、シャロは動揺するような素振りを見せる。

 やはりシャロは、少し人見知りが激しいようだ。

 俺はおろか、ラムラやナザレに対して終始何かに怯えているかのような態度に見える。

 タダの『人質』ならいざ知らず、従業員として最低限の役目を果たしてもらうのであれば、これでは何かと不都合だろう。

 とは言え、現状彼女に対して何か出来るかと言えば、何もない。

 こちらとて、人様の人格云々に安易に踏み込むほど野暮ではない。

 何か特大の爆弾に触れ、再起不能になってしまえば、それはそれでこちらにとっても都合が悪いだろう。

 であれば、せめて……。

 

「……そういやナザレ。話は変わるんだが、お前どっかこの辺りで散髪してくれるところとか知ってるか?」

「あぁん? 何だよ急に。お前、いつも自分で切ってただろうが。金勿体ないつって」

「俺じゃなくて、コイツだ。人質だが、一応建前はウチの従業員だ。あんまり従者にみすぼらしい格好をさせてると、『勇者が人身売買してる』だの、また良からぬ噂が立つからな。野郎ならともかく、女のそこら辺のことはサッパリ分からん」


 俺がそう聞くと、ナザレは少し考えた後、口を開く。


「……女のことってんなら、それこそ()()()んとこ行けよ。身なりとかその辺に関しては、一応プロだろ? 任せときゃ上手くやってくれんじゃねぇの? 知らんけど」

「確かに……。それは盲点だったな。流石だ、ナザレ! つーか、何でその視点をビジネスにも活かせないワケ?」

「……ホントにお前は自分を棚に上げる天才だな。そうと決まったなら、とっとと行った行った!」


 ナザレはシッシッと手で払うジェスチャーで、半ば俺たちを追い出すようにして言った。

 そんな彼に対して、『あいよ』とだけ言い、俺たちは店を後にした。

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