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オッサンの熱視線から逃れる唯一の方法

「皇国の勇者よ! しくじったか? 随分と苦戦しているようだな!」


 新進気鋭。

 そう表現するのがしっくり来るほどに、ラアト率いる魔族軍は血気盛んだ。

 話には聞いていたが、ラアトがアバドの臣下になってからの魔族軍の復調は著しく、傍から見ていてもかつての勢いを取り戻しつつあるように思える。

 

 この期に及んで体裁を気にすることにどれだけの意味があるのかは不明だが、アバドやメルカバすらも知り得ない、裏で蠢く()()を考えれば、この先何が致命傷となるか分からない。

 慎重に慎重を期す意味でも、やはりアバドとの露骨な共闘は避けるべきだ。

 よって、誠に遺憾な話ではあるが……。

 俺自身も、この男に救われたと言わざるを得ない。


 そんな俺の腹積もりなどお見通しとばかりに、ラアトは誇らしげな笑みを浮かべ、わざわざ口にするまでもない嫌味を大声で宣う。


「るせぇっ! 御託は良いから、早いとこアバドに加勢しやがれっ!」


 俺がラアトにそう返答したのを合図に、プロソフたちはアバドに一斉に襲いかかる。

 すると、アバドは馬上から剣を引き抜き、彼らの強襲をあしらう。


「ラアト!」

「はっ! 皆の者! 女魔帝とシェオル様をお守りするのだ!」

「おーっ!」


 ラアトの号令に、魔族軍は浮足立ち、一斉にアバドの方へ向かって駆け出す。


「一先ずは安泰、か……。シェオルよ! しかと掴まっておれ!」

「う、うん!」


 アバドは同乗するシャロに忠告すると、手綱を引き、馬体を翻す。

 だがその直後、何か言いたげに、ちらりと俺に目配せしてくる。


「……勇者サマリア。一族の内紛にお主ら人族を巻き込んでしまったこと、面目ないと思っている……。挙げ句、その尻拭いを勇者のお主に委ねるなど、魔王としてあるまじき失態だ。返す返すも、これは我らで解決すべき問題であった」


 アバドは振り向くことなく、声を震わせて吐露する。

 本当に……、彼女のこういうところは相変わらずだ。

 それに足る力もない分際で虚勢を張り、一端の()()()に縋りつこうとする。

 『魔王』という職責そのものが、アバドにとってのある種の呪縛なのだろう。

 いずれにせよ、彼女を取り巻く背景について何一つ知らない俺が言えることなど、こちら都合の気休めくらいしかない。


「……なんだ? 懺悔のつもりか? 相変わらずのダブスタっぷりだな。ソレを言うなら、ネベーラの時にも言えっての。お前は逆賊を葬り、俺は勇者として人族の脅威を取り除く。それの何が問題なんだよ? 言っただろ。俺とお前は飽くまで()()()だってな」


「そ、それは! 確かにそうなのだが……。お主も勘付いておろう? この三百年にも及ぶ戦。我らでさえ関知せぬ、得体の知れぬ何者かが裏にいる、と。であれば尚の事」


「ソレを本気で言ってんなら、それこそ魔王失格だ。その『得体の知れぬ何者』かが、人族側に居る可能性だってあんだろうが。ナニ、確証もない非を認めて謝ってんだよ? 国際社会じゃ、『安易に謝罪しない』ってのは鉄則中の鉄則だ。大体な。関係ない末端の魔族を巻き込んでんのは人間も同じだろうが……。あーあ! 全く、面倒クセェ! こんな無益な戦争は、とっとと終わらせるに限るよ!」


「ふっ。どの口が言うか。だが……、そうだな。こんな戦は一刻も早く()()()()()終わらせねばならぬな。では、行って参る!」


「いや、待て。プロソフたちは殺すな。気絶させる程度に留めろ」


「な、何!? しかし、勇者サマリア! この者らは既に」


 俺の指示に、アバドは勢いよく振り向き、目をまん丸にさせる。

 そんな彼女に俺は目で合図すると、アバドは何かを察したかのようにハッとした表情を浮かべる。


「……そうか。心得た。では、そちらは任せる! そこの不忠者に、お主の力を(とく)と見せてやれ!」


「サマリア! えっと……、死なないでね!」

 

「……心配しなくても、借金完済してお前の姉ちゃんブッ倒すまでは死んでやらねーよ。じゃあ、くれぐれも頼んだぞ!」


 俺の念押しに、アバドは振り返ることなく無言で拳を掲げ、シャロは満足そうにほくそ笑んで応える。

 程なくして、二人はプロソフたちを引きつけるように、ラアト率いる本軍目掛け、一目散に駆けていった。


 アバドたちが離れていくと、メルカバは待ち伏せていたかのようにその両翼を下ろし、ゆっくりと降下していく。

 

「やっと二人になれたな。皇国の勇者よ」


 地上に降り立つなり、メルカバは気味の悪い笑みを浮かべながら、輪を掛けて気味の悪いことを宣う。


「……オッサンに言われると、ドキドキの種類が違ってまた乙だな。お前の特殊性癖疑惑を蒸し返さざるを得なくなるから、迂闊なことを言うのは止めとけ」


「ふん。またそれか。何かは知らぬが、汝が期待して居るようなことは決してない。汝らが敬愛して止まない唯一神とやらに誓ってやってもいい」


 メルカバは躊躇なく、そう言い放った。

 この場で、敢えて皇国への宣戦布告に等しいことを言う理由は分からない。

 それこそ、ネベーラの言っていた『魔族と人族との融和』に真っ向から反するスタンスだ。


「……何の意図があんだかは知らんが、挑発のつもりなら無駄だぞ? お前の目の前に居んのは、その唯一神の珠玉の一作を借金の担保に差し出す、筋金入りの背信者だ。そんな輩に、信徒としての模範的行動なんて期待すんな」


「ふっ。やはり汝も女魔帝も何も分かっておらぬな……。儂と同じだ」


 減らず口に等しい俺の返答に、メルカバは意味ありげにそう溢す。

 しかしメルカバは、それ以上の追及は許さないとでも言うかのように、すぐに俺から背を向け、大地に深々と突き刺さったロングソードに手を掛ける。

 開始早々、自身が投げつけたソレを気怠げに引き抜くと、再び俺に向き合い、その二つの切っ先を向けてくる。


「何はともあれ、皇国の勇者……。ようやく、汝と対峙できるのだな。やはり呪詛は好かん。こうして刃で語り合う方が性に合っている」


「……話を聞く限り、タダの戦闘狂ってワケでもなさそうだな。まぁお前の目的が何にせよ、俺のヤることは一つだ。秘密を知ったヤツは、一匹たりとも生かしちゃおけん」


 俺はそう言って、メルカバに対し構えを取る。


「ふん。おおよそ勇者とは思えぬ言い草だな。だが、それもまた一興……」


 メルカバはそう言うや否や、俺に向かい飛びかかってくる。

 凄まじい勢いで迫るメルカバの双剣を、俺は手持ちの青銅剣で振り払い、既のところで防ぐ。

 カキン、と。

 剣と剣が触れ合う甲高い音が辺り一帯に(こだま)したところで、戦況は一進一退になる。


「……()()しているのではないか?」


 ぎりぎりと。

 少しでも力を抜けば、討ち取られる。

 そんな膠着状態の最中、メルカバは双剣越しに、ニタニタと煽るような笑みを浮かべながら、問いかけてくる。

 

「……んだよ、藪から棒に」


「別段、深い意味はない。単純な興味だ」


「……だから何の話だ? 『後悔』つっても、生憎コッチはイロイロと心当たりが有り過ぎてな。借金のことか? マッチポンプか? それとも『ウリエルの聖剣』か?」



「惚けるな……。汝の()のことだ」



 不意にそう投げかけられた時。

 俺は出せ得る限りの力を絞り出し、交えた剣を押し込むようにして振り払う。

 瞬間、メルカバは数メートル向こうに吹き飛び、尻もちをつく。

 その後、間髪入れずにメルカバに切り掛かるが、紙一重で躱され、刃はメルカバの顔面を僅かに掠める。

 ぽたぽた、と。

 右頬から赤銅色(しゃくどういろ)の血が滴り落ちるが、メルカバはなおも不敵に微笑んだままだった。

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