勝手に脳筋認定して掬われた足
「くっ! 『停止』の念か!? よもや彼奴までもが、あの忌々しい術式を物にしたというのか……」
勇者の俺でさえ危うく死にかけた呪詛を前に、プロソフたちは為す術なく崩れ落ちる。
碌に叫び声を上げることも敵わずに、地べたでのたうち回る彼らの姿は、まさに既視感の塊だった。
そんな彼らを目の当たりにしたアバドは歯軋りをし、神経を尖らせる。
とは言え、この『停止』の念。
寸前で耳を塞いだ俺はともかく、アバドやシャロに影響がないところを見るに、やはり魔族は対象外のようだ。
何故この男が、折り合いが悪いとされているネベーラの専売特許を習得しているのかは気になるが、今はそれどころではない。
幸い、こちらにはあの厄介な呪詛への、唯一無二の対抗策がある。
であれば、この状況においてやるべきことは、ただ一つだ。
「シャロ! 『キュアオール』だっ!」
「な、なにっ!?」
俺の指示に、シャロよりも先にアバドが目を見開き、仰天する。
シャロはビクリと身体を震わせながらも、満身創痍のプロソフたちの方を向く。
すーっと。
呼吸を整えつつ、シャロはおずおずと両手を掲げる。
するとその次の瞬間には、じんわりとシャロの全身に淡い白色の光が帯び始める。
やがてその光は彼女の手から離れ、プロソフや兵たちを包み込んでいく。
「ん、あれ?」
シャロは首を傾げる。
『キュアオール』が放たれた後も、プロソフたちが寛解へ向かうことはなかった。
それどころか、彼らの『苦痛』の色は、また一段と鮮明になる。
彼らのその様相を前に、シャロの顔色はみるみる内に青ざめていく。
「どうした?」
「わ、わかんない……。けど、前みたいにいかない。ちゃんと、やってるのに……」
「……お主が放った魔法の影響だろう」
アバドにそう言われ、ようやく腑に落ちた。
なるほど……。
これはメルカバにしてやられたようだ。
「リフレクション、か」
俺がそう呟くと、アバドは無言で頷いた。
「魔力を一点集中させ、瞬時に強力な防壁を展開するリフレクションは打ち手に多大な負荷が掛かる……。が、それは何もお主の身に限った話ではない。物理法則を無視し、魔力の力の向きを変えるということは、自然の摂理を捻じ曲げるのと同義だ。業の発動には、相応の代償が伴う。具体的にはその領域内において、あらゆる魔力の性質を反転させてしまう。となれば当然……」
アバドがそう溢した時。
プロソフたちの消え入りそうに掠れた断末魔が、より一層痛々しく悲痛に、辺り一帯に響鳴する。
「シャロ! すぐに中断しろっ!」
「へっ!? う、うんっ!」
俺の指示に、シャロは慌てて腕を下ろすと、プロソフたちを取り囲む光も消失した。
それを見たメルカバはニヤリとほくそ笑み、目的は達成したとばかりに詠唱を止める。
するとプロソフたちの叫声も止み、各々ぐったりとその場に脱力する。
「メルカバとて、あの程度の攻撃でお主をどうこう出来ると考えてはいまい……。概ね、我らの動きを封じるために放ったのだろう。お主の行動を読んだ上でな。つくづく小癪な奴だ!」
「頭脳プレーもイケるクチってか……。こりゃネベーラの数段厄介そうだな」
「サ、サマリア。ごめん。あたし……」
シャロは唇を噛みながら、おおよそ見当違いの謝罪をしてくる。
「……謝んな。お前は何も悪くない。俺が迂闊だった」
「お主ら! そんなことを言い合うている場合ではないっ! リフレクションの反転作用は、今しばらく続く! 対象となるのは、飽くまで魔法だ! 彼奴の呪詛の効果が覆ることはない! 我らが挙って、この場に留まるのは彼奴の思う壺だ!」
「それは……、確かにそうだな」
「シェオルの業については、二・三言いたいことはある……。が、今はそれどころではない! 勇者サマリア。取り急ぎ、シェオルとプロソフらを連れ、この一帯から離れよ!」
「……お前は何するつもりだよ?」
「知れたこと……。魔王の我に弓を引いたこと、彼奴に後悔させてやるまでよ。案ずるな。魔力なんぞに頼らずとも、彼奴一人往なすくらい造作もない」
「……強がんな。俺にも勝てない分際で。この状況で、お前一人で何が出来んだよ?」
「たわけっ! 魔法を封じられ、呪詛の影響も受けるお主では分が悪い! シェオルも戦闘は不得手だ! この場において、彼奴を相手に出来るのは我しかおるまい……」
アバドはそう言いながら、脇に差した剣に手をかける。
「おっと。そういうわけにはいかぬな」
メルカバは再び両手を合わせ、ぶつくさと何かの詠唱を始める。
耳を塞ぐ暇も与えられずに放たれたメルカバの呪詛によって、プロソフたちは再び頭を抱え、悶え始める。
「あぁん!? 今度は何だよ!?」
プロソフたちは金切り声にも近い断末魔をあげる否や、その容姿をおどろおどろしく変えていく。
耳はシャープな長耳に。肌は浅黒く褐色に。
今まさに、鼓膜が破れんばかりの雄叫びをあげながら、人としての姿を捨てていくプロソフたちを見て、ようやくメルカバが彼らに何をしたのかを悟る。
「『恭順』の念までもか!? この者らを眷属として完全に取り込み、我の足止めをしようという腹か!? ええいっ! どこまでも小賢しいヤツめ!」
もはや、完全に魔族の姿と成り果てたプロソフたちを見て、アバドは吐き捨てるようにそう溢す。
シャロはシャロで、彼らを救えない悔しさからか、口元を歪める。
かつての臣下にここまでやり込められるのは、彼女たちとしても屈辱だろうが、それはそれとして俺には一つ、解せないことがある……。
「なぁ、アバド。いくら何でも早くねぇか? ネベーラでも、完全屈服までにはそれなりに時間が掛かるって話じゃなかったか?」
俺がアバドにそう問いかけた時だった。
メルカバは左手を差し出し、下手で小さく振りかぶって見せる。
その直後。
道の砂利に紛れながら、拳大の何かがごろりと転がり落ちる。
……見たところ、宝玉のようだ。
俺の足元でジワジワと、赤黒く怪しい光を放ち、僅かにその存在を主張する。
「『覆滅のカーネリアン』、だったか? 人族どもが崇め奉って止まないとある宝玉を模して、ネベーラがつくりあげた物だ。何でも、持ち主が施す呪詛の影響を飛躍的に高める効果があるらしい。おかげで、見よ! 非力な人族どもの群れも、見違えるように逞しく生まれ変わったわ! まだ試作段階の代物だったらしいが、どうやら効果覿面のようだな! あのボンクラも、たまには良い仕事をするのう!」
「げ、下衆め……。そのような騙し討ちに等しい真似をしてまで、本懐を遂げようというのか? おおよそ誇り高き一族の風上にも置けぬ輩よ!」
「ふん。何とでも言うが良い。そんなにこの玩具が恨めしくば、汝にくれてやる。役目を果たした今、儂にはもはや不要だ。好きに使え。もっとも……、呪詛もまともに扱えぬ汝らが持ったところで、何の益があるのか、儂には皆目見当もつかぬがな!」
「お、お主はっ!」
メルカバの挑発に、アバドは一層苦々しい表情を浮かべる。
そんな彼女を見て、メルカバは不敵な笑みに拍車を掛ける。
「……哀れで無力な人族たちよ。今こそ、その真価を発揮する時だ。そこの愚かな魔王の相手をしてやれ」
メルカバは、空上から人差し指を突き出し、プロソフたちに指示をする。
それに呼応し、プロソフたちはジロリと虚ろな視線をアバドにぶつける。
頭の天辺からつま先まで、すっかり魔族の風貌と化した彼らを前に、アバドの表情にうっすらと『戦慄』の色が滲み出る。
そしてプロソフたちは、ゆらゆらと身体を揺らしながら、ゆっくりと一歩一歩。
アバドに迫っていく……。
「人族どもには『恭順』の念に併せて、『強化』の念も施した。それによって、この者らの個体としての身体能力は極限まで高まりつつある。加えて、その『覆滅のカーネリアン』だ。どちらが破滅に近いか……。愚鈍な汝でも理解できよう」
「や、やめよ……。正気に戻るのだっ! お主の手でトルドスを再建するのであろう!?」
プロソフたちが今、どれだけの精鋭になっているのかは未知数だが、これだけの人数が相手だ。
実質的に魔法が封じられたこの状況では、さしもの俺やアバドでも分が悪い。
そうこうしている間にも、呪詛は確実にプロソフたちの身体を蝕んでいく。
早いところケリを付けなければ、シャロの『キュアオール』をもってしても手遅れになる。
このままでは、不味い……。
「女魔帝! お迎えにあがりましたっ!」
絶望的な空気を打ち消すように。
西に広がる平原の向こうから、アバドを呼びかける馴染みのある声が聞こえる。
目を凝らすと、サソフ領で『一仕事』終え、主を迎えにやって来たラアトだった。
ずらりと、地平に並べられた数百余りの魔族軍が闘気を剥き出しにし、今にも目の前の仇敵に食って掛かろうとしている。
「おぉ! ラアトかっ! 大義である!」
アバドの言葉に、ラアトは芦毛の馬の上から胸に手を当て、敬礼して応える。
そんな、あまりに出来すぎた『救世主』の登場に、アバドは露骨に顔を綻ばせるのだった。




