伝統遵守を声高に叫ぶヤツが、多様性の象徴のような輩であるという皮肉
自らの運命を悟ったのか。
はたまた、俺とアバドの謀の裏をかく算段でもあるのか。
期せずして、『標的』は俺たちの前に姿を現した。
三大魔神官の一角、メルカバ。
誇示するかのように、筋肉質な肉体を惜しげもなく晒した上裸姿に、『身軽さ』のみを追求した簡素な黒のアンクルレングス。
その褐色の肌はアバドよりも一段と深いトーンで、より魔族然としているように思える。
一方、腰辺りから、おどろおどろしく吹き出すように生えた翼を見るに、少数鳥人民族であるマジェル族の血も引いているのだろう。
加えて、右手に今しがた投げられたものと同型の剣が握られていることから鑑みるに、おそらく双剣使いだ。
アバドが『神官とは名ばかり』と言っていた意味がようやく理解出来た。
そこいらの戦士顔負けの闘志が垣間見える。
しかし、地上から薄っすらと覗えるその表情を見るに、どうやら『闘志』などという生温いものではなさそうだ。
それを裏付けるかのように、この場に居る誰もが戦慄の色を顕にする。
プロソフに至っては、あんぐりと口を開け放し、その顔面を一層蒼白に染める。
一番露骨な反応を見せたのは、やはりシャロだった。
小動物のように震えながら、俺の後ろでその身を縮こませる。
「安心せい、シェオルよ。姉がついておる」
アバドは、心許なげなシャロに柔和に微笑みかけて言う。
その後、すぐに表情を翻し、『魔王の顔』でメルカバに向き直った。
「久しいのう、メルカバ! これまでの勤め、大義であった。しかし、だ! 魔族の長たる我に対し、些か頭が高いのではないか!?」
アバドは地上から空向こうにいるメルカバに向かい、大声で呼びかける。
だがメルカバは、一切応じる気配がない。
そして……。
「むっ!? 皆の者っ!! 伏せよっ!!」
アバドの警告の直後、メルカバの指先から拳大ほどの火球が現れ、凄まじい速さで俺たち目掛け向かってくる。
「リフレクション!!」
俺は咄嗟に、反射魔法を展開する。
辺り一帯に張り巡らせた無色透明の結界は、メルカバの放った火の手を勢いよく弾き、その軌道を変える。
やがて火球は、正面に見える山岳に被弾し、轟音を立てて炎上させる。
「良いのか? 大切な鉱脈が傷物になったやも知れぬぞ?」
メルカバは、上空からニヤリと不敵にほくそ笑えみながら言う。
「……人命第一だ。お忘れかもしれないが、一応勇者なんでね」
俺の返答に、メルカバは何故か満足そうにその目を細める。
「勇者サマリア……。すまぬ。迂闊であった」
「……冗談でもそういう事言うんじゃねぇよ。俺とお前は別案件だってこと、忘れんな。それに、別にお前の挑発に乗ったワケでもないだろ」
「そう、であったな……。シェオルよ、怪我はないか?」
「う、うん……。サマリアが守ってくれたから大丈夫」
シャロは少しだけ顔を出して、アバドの呼びかけに応じる。
それを聞いたアバドは、小さく頬を緩めた。
「……アバド。シャロを頼む」
「む? あ、あぁ」
俺は身を竦めるシャロを引き剥がし、アバドにその身柄を預ける。
アバドはシャロの手を取り、自身の跨る馬に引き上げる。
為すがまま、馬に乗せられたシャロの困惑の表情を見届けると、俺は一歩前へと踏み出す。
「皇国の勇者よ! 会いたかったぞ!」
メルカバは待ち伏せていたかのように、奇怪な笑みを浮かべて言う。
「おう。そうかい。熱烈なラブコールは有り難いんだが、生憎こちらはお前さんが猫に欲情する性癖屈折拗らせモンスターってことくらいしか知らねぇんだよ! 兎にも角にも、ジフリンでは世話になったな!」
「ジフリン? 何の話だ?」
メルカバは、呆けた顔をぶら下げて言う。
おおよそ惚けているようには見えなかった。
すると背後から、『やはりな……』と小さく溢す声が聞こえる。
俺は吸い寄せられるように、アバドの方へ振り返る。
「……どうにも話が噛み合わぬと思っていたのだ。勇者サマリアよ。疑問に思わぬか? そこの男が『監視役』なのであれば、あのならず者たちの根城でお主が抱いた『違和感』は何とする?」
「それは……、また別件とかじゃねぇのか? 別に監視役と誘導役が同じである必要なんてないだろ。ジフリンでの一件は、メルカバが猫に擬態して宝石を……」
言っているそばから、自覚する。
この筋書きには、明らかに無理がある。
ジフリンでの一件への関与は、今しがたメルカバ自身が否定したばかりだ。
徐々に声を弱める俺を見て、アバドは何かを察したかのように無言で頷く。
「確かにお主の申すことには、一理ある。だがそれは、逆もまた然りだ! 優秀な間者がそれらを一手に担うのであれば、わざわざ役目を分ける必要もあるまいて。その上で聞く……。監視は元より、お主に『冥濛のスピネル』の存在を知らしめ、この地へと誘導してきたのは真にメルカバやその男と思うか?」
「そう言われてもな……。どうなんだ?」
俺がそう言ってプロソフの方を見ると、ビクリと身体を揺らしながら、おずおずとバツが悪そうに口を開く。
「ね、猫の件については存じませんが、サマリア様に対し、密偵を手配したのは確かです。報告も都度都度受けておりましたし……」
「だとよ」
「……プロソフよ。その『密偵』とやらはお主の家臣で相違ないか?」
「あ、あぁ。そうだが……」
「真か? では聞くが、お主は『人類最終兵器』たるこの男を監視下に置くことの意味を理解しているのか? この男は、つい先日まで我と戦うために旅をしておったのだぞ? 勇者の旅路は、事実上の戦線の最前線だ。お主がメルカバと結託していることなど、我の眷属は知らぬからな。であれば自ずとお主の密偵は、この男の目を掻い潜りながら、我ら魔族の動きも警戒せねばならなくなるのだぞ?」
「そ、それは……」
「……ただでさえ、此奴は目ざとい男よ。生半可な素破では、いとも容易く看破されるであろう。のう、勇者サマリアよ」
アバドはそう言うと、ちらりと横目で俺を見る。
「そう買い被られるのもアレだが……。でも、そうだな。自分で言うのも何だが、相当警戒していたとは思うぞ? パーティーの連中と別れた後も、特にサポートメンバー的なモンも入れなかったしな。おかげで回復やらバフやら、何から何まで自前になっちまったが」
「であろう。この念の入れようだ。この男相手にそのような離れ業を遣って退けるとなれば、相応の手練でなければ務まらぬ。お主にそのような伝手があるのか? あったとて、それを引き込むに足る政治力・財力は? そもそもの話だ……。何故、人族のお主がわざわざ諜報員を用意する必要がある? こう言っては何だが、我ら魔族の方が遥かにその手の内偵に長けた者が揃っておるのだぞ?」
「な、何が言いたいんだ……」
「……お主は、切り捨てられたのではない。端から、お主もメルカバも数ある駒の一つでしかなかったのだ。概ね、密偵も彼奴らの手の者が成り代わっていたのだろう。無論、その報告を受けていたのはお主だけではない。お主はその事実を知らずにメルカバに従っていた、ということだ。……勇者サマリアよ。もはや、三大魔神官がどうこうで収まる話ではなさそうだぞ。彼奴らめ……。一体、何がしたい? 我の失脚が目的ではなかったのか?」
アバドは爪を噛みながら、そうごちる。
彼女の話の前提に立って考えると、既に事態はネベーラの言う『代案』の実行に向けて、本格始動した可能性がある。
であれば、不味い。
ここまで恙無く運んだかのように思えたが、この局面。
まな板の鯉であるのは、むしろ……。
「ハッハッハ! 女魔帝よ! 何を話しているのかは知らぬが、汝も焼きが回ったの! 勇者にその身を生かされるばかりか、取るに足らん人族の頭領の御守など、おおよそ魔王の所業ではないわ! 所詮は詭弁で成り上がりし、外様の俗物よ!」
その時。
突如、メルカバは盛大に吹き出して言う。
アバドはそれを見て、ギリリと歯軋りをする。
「抜かせっ! 痴れ者がっ! お主とて、我のことをどうこう言える身ではあるまいっ! 連邦での一件を預かり知らぬのであれば、お主の方こそ、蚊帳の外ではないかっ!?」
「ふん。それがどうしたというのだ? そのような枝葉に等しきものに拘る肝の小ささこそ、汝が俗物である証。儂には、儂のすべきことがある……。それが全てだ。汝も魔王であるなら、一にも二にも、一族の発展のことだけ考えておれ。まぁそれも、遅きに失したがな!」
「こ、小癪なことを言いおって……。コレがお主の『すべきこと』とでも言うつもりか!? お主は東国方面軍の総司令官だったはずだっ! 魔王の我に下らぬ講釈を垂れる前に、まずは自身の職責を全うしたらどうだっ!?」
「つくづく、暗愚な君主よ……。やはり汝には、一族の総帥など務まらぬ。女魔帝・アバドよ。時代は変わったのだ。もはや、汝のような一族の伝統を汚す輩に居場所はない。蛮族は蛮族らしく、そこの小娘とともに『カプストの森』にでも引っ込んでおれ……、と。既にそんなものはこの世に存在しないのだったな!」
「お、おのれっ! 捨て置けぬ……、今の言葉、捨て置けぬぞっ!!」
薄ら笑いでメルカバが投げかけた言葉に、アバドは声を震わせながら叫ぶ。
その刹那。
アバドが放った覇気は、爆風を伴い、辺り一帯を震盪させる。
思えば、アバドからこれだけの『殺気』を感じたことはついぞなかった。
そんな彼女の激昂を前にしても、メルカバは黙ったまま、ただただその不気味な笑みに拍車を掛けるのだった。
「……お主がそのつもりなら、是非もない。プロソフよ。今一度、問う。お主を嗾けたのは、これなるメルカバで相違ないな?」
一頻り怒りに身を任せ、小康状態となったアバドは、プロソフに向き直る。
その彼女の圧を前に、プロソフはコクコクと、首を縦に振る。
「逆賊・メルカバよ……。今この時をもって、お主の魔神官の位を剥奪する。光栄に思え。このアバド。誇り高き血族の王の名のもと、直々にお主を成敗してくれよう!」
アバドは高らかにそう宣言すると、メルカバに対して構えを取る。
するとメルカバは、両手を合わせ、何やらぶつぶつと詠唱を始めた。
いや、これは……。
「全員、耳を塞げっ!!」
事態に気付き、呼びかけた時には既に手遅れだった。
俺の警告も虚しく、プロソフとその配下の兵たちは地に伏し、頭を抱え悶え始める。




