似たもの同士だからこそ押し付けたい面倒事
「あ、あなたが何を言っているのか、分からない……。支離滅裂にもほどがある……」
プロソフは、呆れとも怒りとも取れるしかめ面を浮かべて言う。
「まぁ聞いてくれ。俺が欲しいのは飽くまで権益だ。こんなこと言っちゃなんだが、縁もゆかりもない土地の政になんて、本来関わりたくねぇんだよ」
「身も蓋もない……。要はいいとこ取りをしようという魂胆ですか?」
プロソフはそう言いながら、右手で軽く頭を抑える。
「おぉ、その通りだ! よく分かってんじゃねぇか! いいか? まずは俺が『移行政府の樹立支援』の名目で、サソフの屋敷に入る。そんでもって、この一件が片付いた後に、正式に陛下から実効支配の勅令を賜るんだ。そこで俺はアンタを領主代行、及びブルカネル山脈に関する入山管理の総責任者に任命する。アンタの罪をもみ消した上で、な! これでサソフ領も鉱脈も、他の二公爵に横取りされる心配はない」
「ば、馬鹿げている……。今しがた、あなたも言ったはずだ! サソフ領はまだしも、どさくさ紛れに鉱脈まで他国に掠めとられたとなれば、さしもの両家も黙っているはずがない!」
「そう思うか? でもな。代行つっても、飽くまで期間限定だ。俺の借金に目処がついた段階で、権益も含めてゴッソリ丸ごとアンタに引き渡す。名義上は一時的に俺のものになるが、実質的な施政権が公爵家から失われることはない。徴税云々もアンタの裁量だ。アンタが庶民相手にどんだけの税を課すのかは知らんが、コッチにはその3%ほど回してくれたらそれでいい。そういう建付けだったら、他のヤツらも納得すんだろ。一応言っておくが、周りのやっかみなんか気にすんなよ。アンタは、世界最強の大国を後ろ盾にしているんだ。そのことを忘れるな」
俺がそこまで言うと、プロソフは呆気にとられ、ただただ大きく目を見開く。
そうして、しばしの沈黙を挟んだ後、ようやく口を開いた。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして僕……、なんですか? あなたの理屈であれば、他の公爵家の人間でも問題ないはずだ……」
じっとりと。
腹の底まで舐め回すような粘度の視線を浴びせながら、プロソフは問いかけてくる。
どこか試すようなその不快な態度に、俺は思わず頭を掻き、顔を背ける。
「……サソフのオッサンから、聞いたよ。他の領国であぶれた貧民を、アンタんとこで面倒見てんだろ?」
俺の言葉に、プロソフはハッとしたような顔をする。
「あぁ、分かってるよ。皆まで言うな。別に『気まぐれの正義感』ってワケでもないんだろ? 財閥天国のウンスドルフ領にしろ、豪農が幅を利かせているシソフ領にしろ、はっきり勝ち組・負け組が分かれている。普段から肩身の狭い思いをしてる下々が、アンタんとこに活路を見出そうとするのは市場原理から言っても当然だ。人口流出の止まらない、アンタの領国にとっても悪い話じゃない。まさにWin-Winだ。つっても、生活保障やら何やら考えんと、アンタの『win』が少ない気がしないでもないが……。まぁ、先行投資ってところか?」
茶化しつつ俺は聞くが、プロソフはバツが悪そうに俯いて答えない。
「……何はどうあれ、借金まみれのクセによくやんよ。んなことしたって、根本的な解決にはならんのに。俺が言うのもなんだが、あんましそういうことばっかやってると、いつか身を滅ぼすぞ。ま! そのいつかが今なんだがな!」
「……本当にやかましいですね。大体そんなこと……、あなたにだけは言われたくない」
「ふっ。確かにな。だからさっきから言ってんだろ。俺とアンタは似たもの同士だって」
俺が半笑いでそう言うと、プロソフも釣られるように顔を上げて、フッと投げやりに笑ってみせる。
「……鉱脈に頼り過ぎていたのです。協定が施行され入山規制がなされてからは、領国の人々の往来もすっかり途絶えてしまった。今では、最盛期の半分以下の人口にまで落ち込む始末……。僕なりに試行錯誤はしましたが、領主を引き継いでこのかた、基幹産業の一つも生み出せずに、ただただ時間だけが過ぎていきました」
観念したかのようにプロソフは、ぽつぽつと吐露し始める。
「そうして手を拱いている間にも、富めるものと富まざるものの格差は広がっていく……。ただでさえ、積年の魔族との戦いで人々は疲弊しているんです。今や、最下層の領民に至っては、住む場所さえままならない有様……。何度、自分の無力を呪ったか分からない」
プロソフはこれみよがしに懺悔するが、自意識過剰もいいところだ。
実際のところは、そんな単純な話ではない。
『自分のせい』と言うのは簡単だが、それだけでは事の本質を見失う。
そもそも、合議制国家のたかが一領主ごときが世に及ぼせる影響など、たかが知れている。
この男が領主になった時点で、既に勝負は決まっていたのだ。
「……正直、アンタは不運だったと思うよ。代替わりして早々、先代までが拵えた諸々の負の遺産を押し付けられたんだからな。ちょっと生まれるタイミングが違えばイージーモードだったって考えりゃ、サソフのオッサンみたく腐っていたとしてもおかしくはねぇよ。……でも、アンタは諦めなかった」
「……シソフにしろウンスドルフにしろ、自分たちとその身内の利権を維持することで頭が一杯です。誰一人として、人々の暮らしを顧みようとはしない。今までも。そして、恐らくこれからも……。僕が諦めたら、それこそこの国は終わりだ」
俺の投げかけた言葉に、プロソフは苦笑しながらも、明け透けにそう応える。
「心意気は立派だよ。だが政治なんて、結果責任だからな。そう考えりゃ、為政者としてのアンタは、どう贔屓目に見ても『凡庸』が良いところだろ。人格にしたって、問題アリだ。日頃の鬱憤晴らしに他の領主に八つ当たりするだけに飽き足らず、終いには分別のないガキのイレギュラーにまでケチつけようとすんだからな。お世辞にも、『名君』とは言えねぇよ」
「手厳しいですね……。おっしゃる通りではありますが……。だったら、尚の事」
「ただな! さっきも似たことを言ったが、アンタにはまだ為政者としての意地が残っている。この国の置かれた現状について、アンタは正しく理解していた。それが何よりの証拠だろ。一国の指導者なんて、それくらい往生際悪くなきゃ務まんねぇんじゃねーの? 知らんけど。だからまぁ……、少なくとも俺はアンタに張る価値はあると思っている。……いいか? 人間なんて取り繕わなくなったら終わりだ」
これは、決して。
懐柔するためのリップサービスだとか、罪人へ送る逆張り的なエールだとか。
そんなものじゃない。
ましてや、この期に及んで下らない感情論に流されるつもりもない。
ただ、こちらが窒息してしまいそうなるほどに窮屈なこの男を見ていると、懐かしさにも似た、こそばゆい感傷が湧いて出てきてしまうのだ。
だから、きっと、俺は。
この男を通して『有り得たかもしれない未来』を見たいのだろう。
案の定、プロソフは俺の言葉に呆気にとられていた。
そして、思い出したかのようにプッと吹き出す。
「……言うに事欠いて、なんですかソレは。ご自身の立場も顧みず、よくもまぁ、そのようなことが言えますね、全く……。魔族との戦争を自己都合で長引かせているのは、どこのどなたですか! やはりあなたという人は、勇者にあるまじき御仁だ」
「好き勝手言いやがって……。だがそう言われると、何も反論できん」
俺がそう言うと、プロソフは場も弁えず、クスクスと輪をかけて笑う。
……このまま言われた切りというのも癪だ。
ココは仕返しというワケでもないが、もう一つ、『余計な世話』を焼いてやることにしよう。
「まぁつっても、俺たちが『同じ弱み』を握り合っている者同士だってのが大前提だ。結局のところ、アンタに押し付けんのが一番安全なんだよ!」
「そう、でしょうね……。でも、それなら今までの話は一体……」
「いや。あながち無駄ってワケじゃない。なんせ、ここいらで国のあり方を見直してみるのも悪くないと思っているのは事実だからな!」
「内政干渉も甚だしいですね。一体、あなたに何の権限があってそんなことを……」
「何の権限もないからこそ、無責任な忌憚のない意見が言えんだろうが。アンタだって、十二分に理解しているはずだ。『民主主義』とは名ばかりのこの歪な支配構造に、どれだけの国民が迷惑被っているかを」
「そ、それは……」
「例えばだ! この際、王政に移行するとか、な」
流石に面食らったのか。
突拍子のない俺の提案に、プロソフは今日一番の動揺を見せ、返す言葉を失う。
「いや、だってそうだろ? つくられた『世論』に踊らされる『大衆』に足を引っ張られるよりかは、アンタみたいに手堅くやれる指導者のトップダウンの方が、意外と国は発展するかもしれないぞ! 皇国が良い例だ!」
「ご自分のおっしゃっていることの意味を分かっておいでですか……。その言い方ではまるで、僕がこの国の……」
随分と踏み込んだ自覚はある。
だが心にもない、その場しのぎの出任せというわけでもない。
それに飽くまで、方向性の話だ。
これから先、『真の平和』が訪れれば、否が応でも『国の真価』が試される。
その時、国の舵取りを担う公爵同士が分裂したままでは、トルドスごと何処かの列強に飲み込まれかねない。
恐らく、プロソフ自身が一番そのことを危惧しているはずなのだ。
であれば、今この場で。
外野の俺が、一つの可能性として提示しておくことには、何かしらの意味があるだろう。
「決めるのは、俺でもアンタらでもなくトルドスの国民だ。今んとこは、腐っても民主主義なんだからな。だからまぁ……、あんまし真に受けんな」
「……随分と雑に梯子を外しますね。仮にも領主に向かって、なんとも軽率な……。ですがまぁ、外部の一つの意見として心に留めておきましょう」
プロソフは、それ以上の言葉を求めなかった。
わざわざ口にせずとも、意図を理解してくれたのかもしれない。
やはり俺とこの男はどこまで行っても、似たもの同士だ。
「兎にも角にもだ! このまま死に逃げして、残された領民に尻ぬぐいさせるような真似は許さん。失政の自覚があるなら、最低でも何かしらの道筋くらいはつけておけ。アンタはまだ若い。それで言うならアンタの場合、後続を見繕うような段階ではないと思うが……。まぁ俺に言えるのは、このくらいだ。で、どうなんだよ?」
プロソフに結論を求めた、その時だった。
天空から凄まじい勢いで、俺とプロソフの間を引き裂くように、一筋の光が突き刺さる。
次の瞬間。
鈍い轟音とともに砂利道に突き刺さった何かに、一同目を奪われる。
一見、何の変哲もないロングソードのようにも思えるが、齎された状況も鑑みると、何とも薄気味悪く感じる。
他の面々も皆それぞれ、訝しげな面持ちでそれを見つめていた。
俺は息を呑みつつ、ゆっくりとそれに近付く。
「勇者サマリア!! それに近付くでないっ!!」
アバドの叫声に、俺は訳も分からず足を止める。
彼女の方を振り向くと、『よく見てみろ』と言わんばかりに顎で指示していた。
促されるまま、剣の柄の辺りに目をやると、俺はようやく彼女の警告の意味を理解する。
「冥濛のスピネル、か……」
ナザレが掴まされた宝玉とよく似た代物が、鍔の中央に埋め込まれていた。
その淡い紺青色の禍々しい光は、少しでもおかしな動きを見せれば辺り一帯を飲み込んでやると、脅しているかのようにすら見えた。
「来おったな……。メルカバめ」
アバドの言葉に絆されるように、空を見上げる。
すると翼を広げた褐色の魔族が、俺たちを見下ろしていた。




