モラハラ弱小領主 VS モンスターペアレント④
「魔王、アバド……」
突如、現れた魔族の王を前にし、プロソフの顔から血の気が失せ、口をパクパクとさせる。
それに釣られるように、配下の兵たちも一斉に浮足立つ。
しかしこう言ってはなんだが、今日のアバドはいつにも増して禍々しい。
深いワインレッドのプレートアーマーに、赤黒のビロードのマント。
供回りの一人も連れず、馬上からプロソフやその配下の兵たちを冷淡な視線で見下ろしたまま、微動だにしない。
いつぞやのサトマール砦で見せたような魔王然としたその立ち振る舞いには、どこか感動にも似た懐かしさすら感じてしまう。
「す、速やかに陣形を整えよ!」
突如降りかかった『恐怖』を前に一同、面食らう中、ようやく部隊長と思しき男が声をあげる。
しかし戦慣れしていないトルドス兵の統制はおぼつかず、右往左往している。
プロソフ自身も茫然自失し、兵を指揮することも忘れ、その場で立ち尽くす始末だった。
「お主……、しかとこの目で見ておったぞっ! 我の大切な妹に狼藉を働いているところをなっ!」
アバドは激しく激昂し、プロソフを追い詰める。
彼女の発するあまりの圧に、プロソフはたじろぎ脱力し、そのまま膝から崩れ落ちる。
「サ、サマリア様! これは一体どういうことですか!?」
しばらくの沈黙の後、ようやく我に返ったプロソフは声を裏返らせながら、問いかけてくる。
俺が口を開こうとしたその時、後ろに隠れていた『少女』がひょっこりと顔を出す。
するとその直後、彼女の髪の両サイドからシャープな長耳が顕になり、プロソフは目をまん丸にさせる。
「ま、魔族、だと……」
動揺極まるプロソフに、『少女』は無邪気にウィンクをし、舌を出す。
「どういうことかって聞かれてもな。早い話、アンタが難癖付けた相手は、偶々魔王の妹だった……って話じゃないのか? 知らんけど。にしても、アバド。久しぶりだな!」
俺は惚けるようにそう答えるが、プロソフは反応らしい反応を見せない。
そんな、恐怖一色に染まった顔を惜しげもなく晒す男を尻目に、俺はアバドに白々しく呼びかける。
「勇者サマリアか……。お主もしぶといのう。先のハバド侵攻では、我が軍に手酷くやられたというのに」
「おいおい、いいのかよ? 誇り高き魔族の王が歴史修正主義者で。どう考えてもお前の『敗走』だったろうが」
「ふん。戯言よ」
アバドは俺の小芝居に合わせ、軽口を叩く。
そんな彼女の『成長』に感慨を覚えつつ、無様に地べたに手をつき、ガタガタと身を震わせるプロソフに、今一度向き直る。
「つーわけで、だ! 魔王様はたーいせつな妹君を乱暴に扱われて、大層お怒りのようだ。いくら道義心溢れる御方でも、今なら勢い余って世界の一つや二つ、滅ぼしちまうんじゃねぇか? で、どうすんだよ? 領主様」
「初めからコレが狙いだった、というのか……」
プロソフは恨めしそうに俺を見上げながら言う。
ものの見事に策略にハマってくれた目の前の男に、思わず笑みが溢れてしまいそうになる。
「人間社会も面倒クセェよな。大義だの何だの、何かしら言い訳探さなきゃ何も出来やしねぇ。だからまぁ……、早い話アンタを吊るし上げることは諦めて、魔王のアバドに丸投げしちまおうってことさ!」
「な、何を馬鹿なっ! 暴挙にも、程がある……」
「はぁ? そんなんお互い様だろ。まぁ、人類全体の命運を背負っている俺と、一介の田舎領主に過ぎないアンタとじゃあ、だいぶ『暴挙』の意味合いが違うってのはあるけどな。あーあっ! アンタが素直にメルカバとの関係を認めていたら、何か違ったのかもなぁ!」
「か弱き人族の頭領よ。メルカバと結託していたという話は真か?」
アバドは淡々とした様子で、俺たちの話に割り込み、プロソフに問いかける。
プロソフはおずおずとアバドの方を見るも、またすぐに目を逸らし、口を噤む。
「……アンタの考えてることは大体分かるよ。このまま魔族との関係が表沙汰になれば、まず間違いなくアンタは極刑だ。まぁ、アンタ自身はそれも覚悟の上なのかもしれない。だが、領民は違う」
俺がそう言った瞬間、プロソフは顔を上げることなく、ピクリとその身体を震わせる。
「その後の展開を予想してやろうか? 領主を失ったアンタの領国は事実上の空白地になる。そうなりゃ、必然的に残りの二公爵が出張ってくることになるだろう。だが同じ国つっても、所詮は違う民族・共同体の集合体だ。普段からロビー活動に余念のない、金持ちの皆さんから突き上げを食らえば、為政者のスタンスなんて簡単にひっくり返る。アンタも領主なら想像出来んだろ? 『他所に感けている場合か』『他の領国に割ける予算があるならコチラに回せ』ってな具合に、お仲間たちが一斉にお屋敷に押しかける姿をさ……。この辺りは、縁故資本主義の弊害ってところか?」
俺は半笑いでそう語りかけるが、プロソフは相変わらず顔を俯向けたまま動かない。
「そんで、だ! もっと生々しいことを言ってやろうか? シソフにしろ、ウンスドルフにしろ、初めの内は『政変を防ぐため』だとか言ってお茶を濁すんだろうが、いつまでもそんな詭弁で抑えるのにも限界がある……。だから次に待っているのは、増税地獄だ! それも、一般庶民向けのな! その場しのぎだろうがなんだろうが、不満たらたらの身内の取り分を増やして、この先も引き続きご贔屓にしていただくって寸法だ! そんでもってお仲間たちは、その礼とばかりにご自慢の伝手を使ってプロパガンダすんだよ。『俺たちが今苦しいのは、全部アイツらのせいだ』っつってな!」
俺がそう言うと、プロソフは勢いよく顔を上げ、ギリリと悔しそうに歯ぎしりをしながら睨みつけてくる。
「そうなりゃ、もう流れは止められねぇ! 民意を得た公爵家は、満を持して『人道支援』とは名ばかりの同化政策に動くだろうな。そうなったら、アンタんとこの領民は血の一滴も残らねぇほどに搾取される羽目になる。誰が治めることになるにせよ、プロソフ領が草刈り場になることは避けられない……。それはアンタも分かってんだろ?」
「あ、あぁ……」
プロソフは声を掠れさせながら、応える。
「……領国の命運を懸けた、この途方もないギャンブル。端から、『勝利』以外は破滅しかなかった。だからこうして勝負が決した今も、アンタは頑なに負けを認めようとしない。ぶっちゃけ気持ちは分かるよ……。進むも地獄、退くも地獄の中で、アンタは危ない橋を渡らざるを得なかった。……なぁ、分かんだろ? 俺とアンタは似たもの同士、等しく人類の裏切り者だ。その事実に変わりはない」
「人類の、裏切り者……」
プロソフは、力なく俺の言葉を擬える。
そして俺がアバドに目配せすると、彼女はコクリと頷き、咳払いをする。
「のう……。プロソフ、と申したか? 此度の侵攻を決したのは、飽くまでサソフ領の領主が我が眷属と謀り、我を魔王の座から引き摺り下ろそうと画策した疑義が生じたからだ。しかし、その領主は既に他国へ逃亡したという話だ。これでは事実を確かめようがない。だがそれほどの奸計、人族の方から持ちかけるとは思えぬ。十中八九、メルカバが嗾けたのだろう。であれば、これ以上この国に居座る理由もない」
「な、何が……、言いたいんだ」
「彼奴に、力でもって一方的に脅された。であれば、お主は被害者だ。もしこの場でそう証言するのであれば、このアバド、格別の慈悲を以て妹への非礼も含め不問にしよう。断れば……、分かっているな?」
「……飽くまで、魔王との関係性を濁したまま、本懐を遂げるおつもりか。本当に……。あなたという人は、勇者にあるまじき御方だ」
プロソフはアバドに応えるより先に、ジトリと俺を睨みながら言う。
どうやら大方の趣旨は察してくれたようだ。
「お褒めに預かり光栄だよ。だが知っての通り、コチラもワケありでね。あんまり手段の選り好みは出来ないんだよ。俺がココで潰れたら、皇国のためにも、人類のためにもならん。長期的に見て、な」
「よくもまぁ、立場も弁えずにそこまで言い切れるものですね……。僕には、とても真似できそうにありません」
プロソフは、心底嫌気が差したような顔でそう皮肉を溢す。
「……改めて聞く。俺に協力してくれ」
「何回言わせるんですか……。それに僕の意思なんて」
「まぁ聞け。そういう話がしたいんじゃない。少し考えてくれ。このご時世だ。愛国精神溢れるアンタはともかく、他の二公爵は俺の統治を歓迎してくれる可能性がある。一時的にでも、このゴタゴタの処理をマルッと全部押し付けられるんだからな。ただな……、それでも一時的だ。ほとぼりが冷める頃には、沸々と湧き上がってくるものが出てくるだろう。そんな環境で、俺が思うように統治できると思うか?」
「……随分と身も蓋もないことをおっしゃいますね。そんなこと……、言うまでもない」
「あぁ、そうだ。ただでさえ、魔族との戦争が長引いたせいで、ココ最近の世界での皇国の求心力は下降気味だ。そんな中で、俺が港や鉱脈の権益を独り占めしていることを知れば、今まで燻っていた皇国へのフラストレーションは爆発する……。そこで、アンタの出番だ!」
「僕に……、どうしろと?」
プロソフは気もそぞろといった様子で、問いかけてくる。
「……端的に言う。俺の代わりにサソフ領を治めて欲しい」




