モラハラ弱小領主 VS モンスターペアレント②
「キ、キミは……、サソフ領の子か?」
プロソフがそう問いかけると、少女はどっと溢れ出た涙を拭いつつ、頷いた。
着古された赤色のチュニックに素足という装いを見るに、魔族軍の侵攻が知らされてから、着の身着のまま、ここまでやって来たのだろう。
肩下あたりまで伸びた亜麻色の髪を弄くりながら、心許なげに俺たちを見ている。
「……兵隊さんに避難しろって言われたんだけど、お母さんとハグレちゃって」
「そうか……。それは怖かったな? でももう大丈夫だ。僕たちが責任を持ってキミを避難所まで送り届けよう」
プロソフはそう言ってしゃがみ込み、少女の頭を優しく撫であげた。
数年前に領主の任を引き継いだ彼は、今現在も先代が残した負債の処理に血眼になっているらしい。
その焦燥感からかは不明だが、四公爵の会合ではサソフへの当たりも群を抜いて強かったと言う。
サソフからそんな話を聞いていた手前、今の態度には率直に驚かされた。
「サマリア様? どう、なされましたか?」
呆然と立ち尽くす俺を不審に思ったのか、プロソフは訝しげに俺の顔を覗き込んでくる。
「い、いや何でもない……。お気になさるな」
「さ、さようですか」
釈然としない様子で、プロソフが返答したその時。
少女のチュニックのポケットから、何かが溢れ落ちそうになっていることに気付く。
「おい、それ。落ちんぞ」
「へ?」
俺の指摘も虚しく、ブツはじゃらりと鈍い音を立て、地面に放り出される。
ぱっと見る限り、チャーム部分にシンプルな装飾が施された首飾りのようだ。
きらきらと銀色に瞬き、舗装もロクに行き届いてない砂利道の上で、控え目に自己主張している。
「ん? なんだコレは?」
音に気付いたプロソフは、ゆっくりとしゃがみ込み、ソレを拾い上げようとする。
「あっ……」
少女は随分と慌てた様子で手を伸ばそうとするが、既にその頃には首飾りはプロソフの手元にあった。
プロソフは掌の上で一頻りソレを眺めると、ゆっくりと口を開く。
「……コレはキミのものか?」
プロソフは底冷えするような視線を少女に向けて聞く。
つい寸刻前まで見せていた穏やかな表情は、そこにはなかった。
その尋常ならざる圧を前に、少女は屈するように小さく頷く。
「キミは……、エチェド教が偶像崇拝を禁止していることは知っているな?」
淡々と怒気を押し殺すような声で、プロソフは重ねて少女に問いかける。
「あ、あのっ。え、えーっと……」
プロソフの問いに、少女は言葉を詰まらせる。
そんな彼女を前に、プロソフは更にボルテージを高めていく。
「キミのこの首飾り……。チャームプレートに、女神と思しき女性の肖像が描かれている。それだけなら、まだいい! だが額部分に、エチェド教のシンボルマークである六芒星の刻印が施されている。概ね、唯一神を模して描かれたものなのだろう……。キミはコレをいつ、どこで手に入れたっ!? 正直に言えっ!!」
「え、えっとぉ……、き、今日逃げる時に、お母さんが『お守り』だって持たせてくれたの……」
少女は消え入りそうな声でそう応えると、プロソフは大きく溜息を吐いた。
「……教義への背信は厳罰に値する。取り分け、偶像に纏る禁忌侵犯は御法度中の御法度。たとえ、キミが子供であっても厳しい処分は免れないだろう。見つけてしまったからには、やむを得まい……。気は進まないが、このまま連行させてもらう。おいっ! この娘を拘束しろっ!」
「はっ!」
プロソフに顎で指示された取り巻きの一人が、少女に近付いていく。
顔中を恐怖の色で染める少女は、縋りつくように俺の後方に隠れ、その身を震わせる。
「サマリア様……。どうかそこをお開け下さい」
「……アタマ固ぇ奴だな。ガキ相手にムキになんなよ」
俺がそう制すると、プロソフは当てつけのように再び深く息を吐いた。
「……唯一神への冒涜が何を意味するか。勇者であるあなたなら、よくよく御存知でしょう? 我がトルドスは、人類の至宝とも言える『ウリエルの聖剣』の神話も伝わる、由緒正しい土地柄。それゆえ全ての信徒たちの模範となる対応が求められるのです! それにコレは、どこまで行ってもトルドスで起きたこと。たとえ勇者様と言えど、内政干渉にあたります!」
「あーあー、さっきから聞いてりゃしょうもねぇ! 全部、原理原則じゃねぇか! 大体その首飾りが、ホントに唯一神を象ったモンなのか分からんだろうが。それともアレか? 我らが唯一神様はさしたる証拠もなく、小さな子どもに難癖つけて罰することを良しとすんのかね!?」
「そ、それは……」
俺の問いかけに、プロソフは口籠り、きょろきょろと目を泳がせる。




