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モラハラ弱小領主 VS モンスターペアレント①

 わざわざ穿り返したくもない昔話に花を咲かせた後、俺とシャロは酒場を出る。


 店から一歩外へ出ると、あれだけ街全体を覆っていた平和ボケの雰囲気も、辺り一帯から響き渡る戦の喧騒により、かき消されていた。

 幸か、不幸か。

 これまで魔族軍の進駐がなかったせいか、避難経路も碌に設定されておらず、突如襲った災厄()の前に多くの領民は狼狽えている様だった。

 腐っても『戦時体制』であるにも拘らずこの体たらくでは、やはりあの男の統治能力には疑問を抱かざるを得ない。

 ……それにしても、俺の口上に随分と調子の良いことを宣っていたにも拘らず、いざ危機が目の前まで迫ればこのザマとは、思わず渇いた笑いが出そうになる。

 場の空気に呑まれやすいのは、国民性か。


「はーい、みなさーん! 屋敷の地下シェルターまで順番にご案内するんで、私たちに着いて来てくださーい!」

「ちょっとソコ! 割り込まないのっ! 大丈夫! ちゃんと全員入れるから! 有事だからこそ冷静になって!」


 そんな迷える子羊たちを放っておける彼女たちではない。

 マーレとラムラは、行き場を失う人々をこなれた様子で先導している。

 分かってはいたが、ウチの女性陣は優秀だ。


「崇高なるトルドスの民よ! 魔王ごとき何するものぞ! 今こそ不断の修練の成果を発揮し、愛する郷里から受けし恩に報いる時だっ! 我が郷土・ヴィジュニッツの誇りに懸け、諸君らを必ず勝利に導くと約束しよう!」


「お、おぉ……、そ、そうだ! 魔王めっ! 普段から俺たちがどんだけイメトレしてると思ってんだ!」

「あぁ、そうだ……。なぁに。心配にはあたらぬ。魔王アバドは、私の()()()脳内シミュレーションにおいて3回死んでいる」


 ふと、野太く勇ましい掛け声がした方へ目を凝らすと、サソフの屋敷前に集結したトルドス兵の面前に立ち、彼らを鼓舞するナザレの姿があった。

 『不断の修練』だの『誇り』だの、普段から店主として埃まみれの武器屋に押し込められている分際で片腹痛い。

 ヤツの言う『修練』とは、大量に持て余した在庫の青銅盾でドミノ倒しをして、手持ち無沙汰な時間を潰すことなのだろうか。

 しかしそんな、見る人が見ればイマイチ説得力に欠ける男の扇動であっても、都合の良い誇大妄想(シミュレーション)だけが頼りのトルドス兵を奮い立たせるには十分だったようだ。

 流石は、我が勇者パーティーの主砲といったところか。

 俺にさえ目を付けられなければ、今ごろ宮廷戦士として、それなりの地位を築いていたのだろう。

 そう思えば、『ざまぁwww』としか言いようがない。


 まぁ心配には及ぶまい。

 『怪しまれないようホドホドに苦戦しつつ、手心を加えて撃退して欲しい』という我ながらザックリとしたリクエストではあったが、彼らならきっと上手くやってくれるはずだ。


「ねぇ。そう言えば、()()()はどうしたの?」


 シャロは俺の草摺を引っ張り、聞いてくる。


「サソフのことか? 南方の大陸国家・ラフマスト王国に亡命した。もう荷物をまとめて、船に乗り込んでいる頃なんじゃないか?」


 俺の返答に、シャロは絶句する。

 無理もない。

 一角の為政者であるはずの人物が、白昼堂々自国の領民に不義理を働く姿を目の当たりにすれば、目の前の完全無欠清廉潔白少女が、世の底の底を垣間見たかのような顔になるのは自然の摂理だ。

 ましてや、心意気だけは指導者の鑑であるあの魔王を姉に持っていれば、尚の事である。


「サマリアが代わりに治めるって聞いた時点で、何となく分かってたけどさ。何か流石に躊躇なさすぎっていうか、なんていうか……」

「……まぁそう言ってやるな。亡命を勧めたのは俺だ。それにあのオッサンには、大事な()()を果たしてもらうんだからな」


 俺はそう補足するが、シャロはなおも釈然としない様子だった。

 

 サソフは魔王侵攻をきっかけに、領土を放棄。

 『領国の混乱を治める』という大義名分のもと、俺たちがサソフ領に駐留する、というのがこの計画の基本線である。

 言ってしまえば、この作戦においてサソフは完全なヒール役だ。

 もちろん、本人(呪詛の影響により意識混濁状態)の了承を得たとは言え、この扱いは如何なものかと考えなかったワケでもない。

 しかし、いくらサソフが領主の職責から解放されたがっているからと言って、『禅譲』は現実的とは言えない。

 正式な政治手続きに時間が掛かり過ぎるというのは勿論だが、場合によっては『協定調印国の政治空白を避けるため』などと、他の列強国に首を突っ込まれた挙げ句、お株を奪われてしまうリスクがある。

 俺がこの地を治める上での国際的な暗黙の了解(コンセンサス)を、より迅速に得るには、『魔族の襲来と、暗愚な領主の悪政から領民を守った英雄』というストーリーが必要不可欠なのだ。


 ……それにしてもサソフがメルカバから情報を得た切り、鉱脈に手を付けていないというのは、我ながら()()()()と言わざるを得ない。

 一時は掘り尽くされ、俺たちの取り分など残ってはいないと思っていたが。

 何でも肝心な採掘費用を賄えていないかららしいのだが、なんと言うかグダグダもココまで来ると感心してしまう。

 つくづく、サソフに領主の座を降りてもらって良かった。


「……まぁそういうワケだから頼むな。オッサンには損な役割を負ってもらうかわりに、当面の生活については面倒見るって約束しちまった。脅すわけじゃねぇが、失敗したらサソフも俺たちも破滅だ」

「脅してんじゃん……。じゃあ、あたし。()()があるから、さき行ってるね」


 シャロは不服そうにそう言うと、足早に屋敷とは反対の方に駆けていった。


「……そんじゃま、俺も行くかね」


 俺は誰に聞かせるでもなく、そうごちると、()()()に向かって歩き始めた。


   ◇   ◇   ◇   ◇


 計画における全ての手筈は整った。

 これで後は、()()()が血相を変えて現れるのを待つだけである。

 もはや、今こうして歩いているこの道そのものが『目的地』と言っていい。

 

 ……それにしても、アバドの進軍が思いのほか早くて助かった。

 思えば、ラアトが臣下に加わってからのアバド軍の復調具合には、目を見張るものがある。

 外野の俺から見ても、アバドが単独で指揮していた頃よりも、明らかに統制が取れているように思える。

 アバドいわく、三大魔神官のやり方に疑問を持つ魔族たちをラアトが片っ端から調略しているようで、軍勢そのものも増えてきているらしい。

 コレは、嬉しい誤算だ。

 アバドがある程度の力を取り戻し、傍から見ても『勇者が苦戦を強いられている』ように映ってくれれば、陛下へのオネダリもスムーズに運ぶというものである。


 そんなことを考えながら、俺は遥か東に鎮座するブルカネル山脈を目印に、ただひたすらに直進する。


「お、御身は!? 勇者サマリア様ではありませんか!?」


 突如、行く手の正面から、俺を呼びかける声がする。

 目を凝らすと、ざっと見積もって数百程の手勢を引き連れた青年将校と思しき男が、目をまん丸にさせていた。

 

 男は俺の存在に気付くなり、小走りでこちらに駆け寄り、律儀に跪き、頭を垂れてくる。

 年の頃で言えば、俺やナザレたちと同年代くらいか。

 それなりの規模の軍勢を従えているあたり、将官クラスの要人だろう。

 金色の長髪を後ろで束ね、白銀の甲冑をしっかりと着込み、首下からつま先まで『戦闘態勢』を整えてはいるが、その無骨な装いの中にはどこか『やんごとなさ』が残っていて、どうしても()()()()()()ように見えてしまう。

 そう思えるのも、その勇ましい風貌とは裏腹に、色白で整った顔をこの世の終わりかのように蒼白に染めているからだろうか。


「……プロソフ殿か?」


 そう問いかけると、男は顔を上げ、まじまじと俺の目を見て頷く。

 四公爵の一角を担うプロソフ家は、トルドス東部に広がるブルカネル山脈の麓付近一帯をお膝元としている。

 沿岸部で港を抑えるサソフ領、北東部の広大で肥沃な土地を持つシソフ領、都市部で首都機能を有するウンスドルフ領などとは違い、山間部で産業も乏しいプロソフ領は世界的に見ても貧しい地域だ。

 一昔前は、鉱脈目当ての冒険者の宿場町として栄えていたが、例の協定により鉱脈が国際機関の管理下に置かれ、厳しい入山規制が敷かれてからは、かつての隆盛はすっかり鳴りを潜めている。

 サソフいわく、近頃ではウンスドルフ領や近隣諸国への人口流出も止まらず、プロソフ領における地域経済はシュリンクの一途を辿っているようだ。


 そんな()()()()な地域を治めるこの男が、今ココに居る意味……。

 やはり、俺の想定は間違っていなかったようだ。

 

「お初にお目に掛かります。この度は魔王討伐の最中、救援に駆けつけて下さり……」

「あー、そういうのは結構だ。それよりプロソフ殿。その装いを見るに、サソフ領への援軍か?」

「如何にも! サソフ領は、トルドスの『顔』にあたる要所。ココを落とされれば、国家の根幹を破壊されるも同然。それゆえ、このプロソフ。不肖の身ながら、こうしていち早く馳せ参じた次第!」

「それは……、殊勝な心掛け」


 そう、上っ面のやり取りをしている間も、プロソフの顔には焦りが滲み出ていた。

 露骨に目も泳ぎ、屈めた身体を支える足も、カタカタと小刻みに震えている。

 俺に『本題』を切り出されることを、よほど恐れているのかもしれない。

 

「サ、サマリア様! 既にお仲間がご助勢下さっていると聞き及んでおります! これから我が軍も増援に向かいますゆえ」



「あ、あのっ!」



 プロソフが立て続けに言葉を発したその時。

 彼の声を遮るように、辺り一帯に甲高い声が響いた。

 俺とプロソフが振り向くと、10歳前後くらいの見知らぬ少女が、今にも泣き出しそうな顔をぶら下げて立っていた。


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