全ての有機体は差別を愛している
シャロへの当たりも含め、メルカバたち三大魔神官が彼女たち姉妹を足蹴にする最大の理由。
それは彼女たちの『出自』にあるのだと言う。
シャロいわく、メルカバは教育に託けて、事ある毎にアバドを『蛮族の末裔』と謳い、如何に魔王に相応しくないかを滔々と説いてきたらしい。
その異様なまでの執着に、シャロ自身も幼心にトラウマとして刻み込まれていたようだ。
これでは自己肯定感など生まれるはずがない。
界隈に蔓延する差別意識が、一人の少女の人格形成にまで影響を及ぼすなど、理不尽な話だ。
「なるほど……。要は、お前らがよそ者だからってコトで、イビリ倒されたってワケか……。無骨な戦闘狂とか言ってたわりに陰湿なヤツだな」
『当たり前』などと前置きしていたが、やはり内心では熟知たる思いがあるのだろう。
俺の率直な所感に、シャロは握りこぶしをつくりながら、小さく頷く。
「……でもよ。そもそも『蛮族の末裔』って、どういうことだよ? あの伝承が事実とでも言いたいのか? そもそもネベーラでさえ半信半疑だったろうが」
「それは……、よく分かんない。お姉ちゃんに聞いても、教えてくんなかったし」
……解せない話だ。
伝承については、アバドたちの耳に入らないよう情報統制がされていたとネベーラは言っていた。
実際、シャロ自身は知らなかったわけだ。
もし仮に、アバドが何かしらのルートで伝承について知り得ていたのであれば、わざわざシャロにソレを隠していた理由は何か。
いずれにせよ、この辺りは後々アバドに尋問する必要がある。
「あたしはさ! お姉ちゃんのこと気に入らないメルカバたちが、適当に言ってるだけだって思ってた。でも、ラアトからあんな話聞いちゃったらさ……。なんか、イロイロと辻褄合うなって思っちゃったんだよね」
「辻褄? 何の話だ?」
「っ!? い、いやっ! なんでもない……。はは!」
シャロは慌てふためきながらそう言うと、取り繕うように笑う。
その後すぐに、遠い目を浮かべて黙り込む彼女を見て、俺は何故かその先へ踏み込むことが出来なかった。
「……にしても、俺はてっきり女のアバドに出し抜かれた三大魔神官の連中が、勝手に僻んでんのかと思ったぞ。ネベーラも『女子ふぜい』だとか言ってしな」
「実際、それもあると思うよ。お姉ちゃんが初めての女魔帝? ってのはホントみたいだし。サマリアたちだって、エルサって人が王様になった時、揉めたでしょ?」
「そうだな……。つってもあの方が即位した時は、俺は絶賛浮浪者だったからな。詳しいことは知らんが。まぁいわゆるジェンダーギャップってヤツだ」
「そっか……。やっぱりどの種族にでもあるんだね、そういうの。なんかさ……、魔族も人間もどうしようもないね!」
彼女はそう言うが、恐らくそういった一連の差別意識も、三大魔神官たちの根回しによって、植え付けられたものなのだろう。
だとしたら、それにはどんな意図があったのか。
まさか、単純な怨嗟というわけでもあるまい。
……まぁそれはそれとして、だ。
焚き付ける存在の有無に拘らず、どの集団にも差別が生まれる土壌があるという点に関して言えば、シャロの指摘は少なからず当たっているのかもしれない。
「そうかよ……。とりあえず事情は分かった。悪かったな。嫌なこと思い出させちまって」
「ううん。それは別にいい。サマリアの言う通り、いつまでもこのままって訳にもいかないしね」
シャロはそう言って、妙に窶れた笑みを浮かべる。
「……そいつは殊勝な心掛けだな。しかしまぁ、こうやって戦争を長引かせてる俺が言えたことじゃねぇが、もはや誰が敵で誰が味方か分からん」
「ホントそれ! あーあ! 魔族も人間も、サマリアみたいな人がトップだったら良かったのに!」
「あぁ、そりゃ面白い。我らが唯一神様も、鼻で笑うレベルのイカしたジョークだ」
「あたし……、結構本気で言ってるよ? ジフリン派をつくったのだってさ。イザって時に、みんなが繋がれるようにしてあげたんだよね?」
動揺のあまり、咄嗟に肯定も否定も出来なかった。
確かにシャロの言うとおり、宗教はある種の地域コミュニティーでもある。
ハバドは文化的に個人主義の傾向が強く、横の繋がりが希薄だ。
魔族との戦争が終わったとて、この世界は一寸先は闇である。
国家間の利害関係次第で、『善悪』など簡単にひっくり返る。
この先連邦やジフリンが、国際社会から難癖を付けられ、吊るし上げられない保証はない。
その時、彼らがバラバラでは対抗の余地もないだろう。
遠くない未来、再び世が乱れた時、彼らにマイルドな共同体のようなものがあれば、振りかかった『理不尽』に抗うことも出来る。
彼らを利用した罪滅ぼしというわけでもないが、ラアトから不穏な話を聞いている手前、そのくらいの伏線は張っておきたかったのかもしれない。
たとえ、それが俺の独りよがりだったとしても……。
言葉に詰まる俺を見て、シャロはこれみよがしに微笑んでみせる。
「そっか。やっぱりサマリアは優しいよ……」
「……それで言うなら、ホントに優しいのはお前の方だと思うけどな」
俺が煙に巻くようにそう応えると、シャロはしばらくの間口を噤む。
するとシャロは何故か顔を真っ赤に紅潮させる。
「なにソレ、意味分かんない」
そう言って、俺の肩を小突く彼女の姿を見て、何故かこちらまで小っ恥ずかしくなってしまった。
俺は誤魔化すように咳払いをする。
「……まぁそういうワケだから、今日は頼むぞ。今回のキーマンはお前なんだからな」
「うん……。分かってるよ。でも、うまく出来るかなー」
「うまくやってもらわなきゃ困る。つってもそんな身構えんな。お前の役割はちょっとしたきっかけ作りだ。その後のことは、俺とアバドに任せとけ」
そう念を押すと、シャロは不安げに頷いた。
この作戦が、シャロのトラウマ払拭に繋がるのかは不明だ。
しかし、たとえわずかでも成功体験を積めば、前へ進むための糧くらいにはなる。
少々、手荒な対処療法かもしれないが、ココはシャロに踏ん張ってもらうしかない。




