侵略ではなく併合。支配ではなく人道支援
「アバド様……、じゃなかった。ま、魔王アバドが攻めてきましたっ! な、何卒、勇者様にもご助力いただきたくっ!」
サソフは俺たちの滞在する酒場までわざわざ押し掛けるなり、平身低頭助力を請うてくる。
早くも雲行きが怪しい。
アバドは『完全に掌握した』などと豪語していたが、どうやら少し度を越しているようだ。
何なら、もう既にこの男から魔族としての片鱗が見え隠れしている。
「……だって。どうすんの? 勇者様」
ラムラは円卓の隣の席から、流し目でわざとらしく言う。
「……決まってんだろ。ご安心なされよ、サソフ殿。こうして我が身がこの地にあったのは、まさに僥倖。エチェドの導きと言えよう。このサマリア、必ずや魔王めを打ち滅ぼしてみせよう!」
白々しくもそう言いながら、俺はサソフにそれとなく目配せをする。
さしものサソフも、その意味を理解したのか、心細そうに身を震わせながら頷く。
「ゆ、勇者様ならそうおっしゃっていただけるとし、信じておりましたっ! そ、それでこそ人族ども……、じゃなかった人類最終兵器! す、既に兵には、ゆ、勇者様に従うよう指示をだ、だだだ出しております! や、屋敷の正門前に待機させておりますので、後のことはど、ど、どどうぞっよ、よよよよよ、よしなにっ!」
そう一方的に告げると、サソフはそそくさと酒場を後にする。
いや、ホントに大丈夫か?
俺の懸念をよそに、店内は一挙に沸き立ち、皆わらわらと俺たちの座る卓へと集まってくる。
『勇者様がいりゃ勝ったも同然だぜ!』だの、『魔王め! 攻めて来れるモンなら攻めて来い! コッチは人類最終兵器が居るんだぞ!』だの、素直に囃し立てる者がほとんどであるところは、何処ぞの連邦国とは違うようだ。
やや他力本願の気はあるが、やはり悪い気はしない。
ココは彼らの信に対する礼というワケでもないが、心ばかりのリップサービスをお贈りするとしよう。
そんな想いのもと、俺はその場で立ち上がり、右腕を掲げる。
「善良なるトルドスの民よ! よく聞かれよ! 私の目の黒い内は、魔王ふぜいに好きにはさせぬ! このサマリア、諸君らの生活のため、身を粉にして働く所存だ!」
「おぉっ! つーことは勇者様が勝った暁には、俺たちパンピーもお溢れに与れるってことか! こりゃあ宝石の運用益でFIRE確定や! 唯一神バンザイ! 不労所得バンザイ!」
「ほら、シャロちゃん。これがトルドス名物・デスクラーケンのゲソのホイル焼きだよ! たんとお食べ!」
「毒、入ってるかも……」
「じゃあアタシに頂戴! ……あらっ! 結構イケるじゃない! このコリコリとした食感、たまんないわよね〜」
「なぁ知ってるか? そのホイル焼きに入ってるキノコの食物繊維ってキャベツの3倍なんだってよ。お前ら、明日のウンコ楽しみにしとけよ」
「……ナザレ。食事中。下らないうんちく言ってないで、とっとと食べなさいよ」
「きゃはは! うんちだけにぃ!?」
もはや『どの口が……』などという予定調和すら、食傷気味になりつつあるのか。
俺の口上にまともに耳を傾ける仲間など、皆無だった。
それに引き換え、トルドスの連中はやはり面構えが違う。
目の前の勇者を信じて疑わないばかりか、俺の言葉を都合よく曲解し、意気揚々と酒を呷りながら、何とも図々しい青写真を描いている。
彼らをエチェド教徒の鑑と呼ばずして、なんと呼ぶか(棒)。
そんな平和ボケを絵に描いたような彼らも、一頻り騒いで満足したのか、一人、二人と俺たちの卓を離れていく。
「んで……、アタシらはココに残ってアバドたちの相手をすればいいのよね?」
彼らが去ったのを確認すると、ラムラは俺の耳元に近付き、小声で問いかけてくる。
「あぁ……。それで頼む」
ラムラ・ナザレ・マーレには、港付近に残り、魔王軍の対処にあたってもらうことにした。
思えば、こうしてパーティーの連中と表立って動けるのはやりやすい。
ベルチ島に近いジフリンでは、こうはいくまい。
よもや今回の一件も、連邦に伝わることもないだろう。
その辺りは、連邦の閉鎖的なお国柄に感謝するべきか。
「でもさ! 誘き出すのはいいけど、なんで私たちがトルドスの兵を指揮するの? てかそしたらサソフさんは?」
マーレは円卓の向かいから、あざとく口元に手を当てて聞いてくる。
「んなの決まってんだろ。全部終わったら、俺がこの辺り一帯を根こそぎいただくからだ。オッサンにはそのための下準備をやってもらう」
時間が止まったような感覚。
使い古された表現だが、ことこの場面において最もしっくりくる言葉だ。
敢えて言うなら、今後の返答次第で、俺の物理的な時間も止まる。
そう予感させんばかりの圧を、ラムラたちから垣間見た。
「……まさか二度目にして、言葉通りの意味になるとはね。てかもう『侵略』じゃない。何がポーズよ」
「ほ、ほら! サ、サマりんにも何か理由がある……、のかもしんないじゃん? はは!」
「子どもの頃は大人しくて、目立たないタイプでした。そんなサマリアくんがどうして……。僕、ですか? 近所に住んでいたというだけなので、彼とは話したこともありません」
「…………」
天を仰ぎ、お得意の隙のない正論を溢すラムラ。
乾いた笑みを浮かべながらも、何とかフォローしようとするマーレ。
飽くまで他人の振りを決め込み、自身への被害を最小限に抑えようとするナザレ。
神妙な顔で口を真一文字に閉じ、絶句するシャロ。
反応は各々だが、概ね歓迎されていないことは明らかだ。
人が心の底から失望する瞬間を、今まさに垣間見た気がする。
「ねぇ……、アンタ本当にどうしちゃったの? 前はそんなんじゃなかったでしょ? やっぱりアタシが全然稼げないから? アタシ、もっと頑張るからさ……。もっとアンタの役に立つからさ! だからお願い。考え、直して……」
ラムラは半泣きで、縋るように言う。
世の御婦人方から石もて追われかねない、危険極まりないこの構図には二・三言いたいことはあるが、彼女にはまず、その早合点癖だけは何とかしていただきたい。
「……まぁ聞け。ラムラ、冷静に考えて見ろ。この先、サソフのオッサンに領地経営を任せて、この国が発展すると思うか?」
「いや、それは……」
俺の問いかけに、案の定ラムラは口籠り、視線を逸らす。
なんだかんだ言いつつも、彼女もこの頼りなげな領主に一言あるのだろう。
「……他の公爵家のこともある。トルドス全体で見りゃあトータルでバランスが取れる可能性もなくはない。だがそうは言っても、サソフ領は都市部だ。多かれ少なかれ、影響はある。天下国家を考えても、このままオッサンを担いでおくのは賢明な判断とは思えん。あの調子じゃあ、またいつ良からぬ輩に付け込まれるかも分からんしな」
「それは……、確かにそうかもだけど……」
「オッサンもいつまでアバンに御執心かも分からん。色恋利用して、囲っておくのも限界があんだよ」
無論、これは詭弁に過ぎない。
返す返すも、『恭順の念』は時間を掛けて対象を眷属にしてしまう呪いである。
いくらヤツが危険だからと言って、このままアバドの呪詛の影響下に置き続けるのも、それはそれでリスク含みだ。
具体的には、トルドスの指導者の一人が魔王の眷属ということが何かの拍子で表沙汰になれば、俺の行動に足が付いてしまう恐れがある。
言い方はアレだが、あの男が正気を失っているうちに、全ての根回しを済ませておく必要があるのだ。
「それに、だ! サソフにとっても、悪い話じゃない。面倒な領地経営マルっと全部、押し付けられるんだからな! いいか!? くれぐれも言っておくが、これはトルドスの国民のため、だからな!」
「このペテン野郎が……。でも確かに、あのオッサンに任せておくよりかは、サマリアの方が多少マシ……、なのか?」
「……ナザレ。本当にそう思う?」
「ま、まぁ。少なくとも、サマりんが治めるってことは、実質エルサ陛下が治めるようなモンなんだしさ!」
ラムラたちはなおも渋る姿勢を崩さない。
それにしても、彼女たちは少し邪推が過ぎるのではないだろうか。
まるで俺が『混乱に乗じて、他国の領土を簒奪しようとしている』とでも言いたげだが、全く以て見当違いも甚だしい。
……いや、実際その方向性に向かってはいるが、そもそもの話だ。
初めに一方的な都合で庶民を巻き込んだのは、サソフの方だろう。
コレはいわば、暗愚な指導者から市民を解放する独立運動。
人道支援の一環と言っても、過言ではない。
港の権益や宝玉などは、飽くまで副産物なのだ。
だから一方的な都合で庶民を巻き込み、私欲を満たそうなどという邪念は露ほどもない。
あぁ。エチェドに誓って、だ。
「マーレの言う通りだ! 俺たちにはエルサ陛下っつー極上の後ろ盾がいる。それを利用しない手はない。要は一旦、皇国の名のもとにサソフ領を制圧して、後日改めてエルサ陛下にオネダリするって話だ。『魔王討伐の拠点になるような勇者専用の直轄地が欲しい』とでも言ってな」
「制圧って……。そんなん国際社会が認めると思ってんの!? てか、他の公爵家はどうすんのよ!?」
「『領主が敵前逃亡した地域の混乱をおさめるため、致し方なく……』とでも言っときゃ、他の列強も納得するだろう。今はどこの国も、他国のイザコザに感けていられるほど余裕ねぇしな。他の公爵家にしたってそうだ。合議制つっても、こういう国は総じて自分の領国のことで手一杯なんだよ。あのオッサンの話を聞いても、まとまりがあるようには思えなかっただろ? 皆本心じゃ、オッサンが引き起こした面倒ゴトに巻き込まれたくないと思っているはずだ。そんな中で、人道支援含めて諸々皇国が面倒見てくれるってなりゃ、それに乗らない手はないだろう」
「そ、そういうモンかしら……」
ラムラは動揺極まり、首を傾げる。
多少の憶測はあれど、概ねその通りだろう。
皇国が魔族軍との戦いの大部分のウェイトを担っているとは言え、自国の防衛についてはやはり避けて通れない課題だ。
現状どの国も、年々積み重なる軍事費に喘ぎ苦しんでいる。
それはトルドスとて、例外ではない。
だからこそ、だ。
今回の侵攻に真っ先に反応し、それを妨げようとする人間……。
ソイツこそが、今回の黒幕と言えるのだ。
「でもさ……。よくよく考えたら、コレってエルサ陛下にとってもプラスになると思わない!? どんなカタチであれ、他国の地域紛争の種を平和的に取り除くんだからさ! そんでもって国際社会のお墨付きがもらえたら、テルア殿下や大臣のラモンさんだって、迂闊な動きが出来なくなるんじゃん!?」
マーレは閃いたと言わんばかりの燦々とした笑みを浮かべ、そう言う。
思わぬ、援護射撃だ。
いいぞ、マーレ。
お前は話の分かるヤツだと信じてたぜ。
「おぉ、その通りだ! 流石だ、マーレ! 言っちまえばコレは皇国への平和的な『併合』ってヤツだな! うんうん」
俺がそう言うと、マーレは『えへへ』とはにかむように笑い、頭を掻く。
「完全なマッチポンプだけどな……」
「そうね……。嗾けたのがサマリアだってことがバレないのが前提条件だけど」
ナザレとラムラは、半ば諦めようにそう溢す。
詭弁に詭弁を塗り固めた……、もとい誠心誠意説得した甲斐があったというものである。
「まぁ言うて一時的にだから、安心しろ。諸々終わったら、他のまともな公爵家経由で返還するつもりだ」
「……あっそ。分かったわよ。兎にも角にも、サマリア! シャロにトラウマ植え付けるようなマネすんじゃないわよ!?」
ラムラは俺にそう釘を刺すと、深いため息とともに起立する。
それに絆されるようにナザレとマーレも、立ち上がった。
そのまま三人は、だらだらと気怠げに酒場の出口へと向かっていく。
「わーってるって! イイから頼んだぞっ! 俺たちもコッチの用が終わり次第スグに向かう!」
ラムラは振り返りもせずに、無言でヒラヒラと手を振って応える。
彼女たちのその表情たるや。
おおよそこれから死地へと向かうとは思えない、緊張感のないものだった。




