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売られた「喧嘩」は一度買い取らせていただいた上で、然るべきところに転売いたします

「は? 何さ、急に帰るって。どういうこと?」

「ごめんね〜! なんか実家のお母さんが椎間板ヘルニアやっちゃったみたいでね〜! ほら! ウチ、お父さんがいないでしょ? お姉さんしか看病する人いないのよ〜」


 その後。

 アバドが施した『恭順の念』は、サソフの意思をあっという間に奪っていった。

 彼女いわく、術式の有効性は術者の技量のほか、対象の精神性にも左右されるそうなのだが、色々と察するところがある。

 まぁ何はともあれ、これで安心だ。

 もはやこうなってしまえば、メルカバの証言云々にとどまらず、領主としての一挙手一投足もこちらの胸先三寸だ。

 先のナザレさながらのサソフの目の据わり具合を見て、『もういっそのこと、このまま世界各国の指導者根こそぎ手籠めにすりゃ、イロイロと手っ取り早ぇんじゃねーの?』といった邪な考えが一瞬過ぎったが、俺は何とかその衝動を押し止める。

 なんと言うか……、そういうのは流石に品位に欠ける気がする。

 大体、そんな大それたコトは、本家のネベーラですら試みてもいない。


 そうして哀れな小領主が魔王の傀儡人形と成りゆく様を見届けた後、俺たちは屋敷を後にする。

 すると()()、アバドは取って付けたような理由を交えつつ、早すぎる戦線の離脱を告げる。

 そんな彼女に対し、ラムラを中心とした我が勇者パーティーは釈然としない顔を晒す。

 

「いや。『でしょ?』って言われても……。アタシら知らんし。お大事に、としか……」


 至極、真っ当な反応だ。

 ここまで秒速では、惜しむべき別れなど皆無である。

 ラムラたちにとって、()()()は紛うことなき、赤の他人だ。


「ホントにごめんね〜! じゃあね、シャロちゃん! サマリアちゃんに何かされたら、大声で助けを呼ぶのよ? (世間的に)死ぬのは、あなたじゃない。サマリアちゃんよ!」


「えっ、う、うん……」


「それじゃあ、みんな! そういうことでよろしく〜」


 アバドは暗に俺に釘を差すと、足早に去っていく。


「……でもさ、サマりん。アバンさんが帰っちゃうってなると、ブルカネル山脈まではどうやって行くの?」


 アバドの後ろ姿に手を振りつつ、マーレはそう問いかけてくる。

 無論、彼女を帰したのは俺の策略の一つだ。

 これから彼女には……。


「あぁ、そのことなんだけどな。ちょいと予定変更だ」


「予定変更?」


「……今から、アバドにサソフ領を侵攻させる」


 俺がそう言った瞬間、一同静まり返る。

 溜息混じりに頭を抱える者、『侵攻』と聞いてますますその身を震わせる者、或いは『宝石は? 宝石は? ねぇ宝石は!?』などと虚ろな目でお題目のように唱える者。

 そんな彼らを全力の苦笑いで見つめる者など反応はそれぞれだが、概ね想像通りである。


「……まぁ、一応聞いておこうじゃないの。アンタの釈明の弁ってヤツを。どんな詭弁でその暴挙を正当化してくれるのかしら?」


 ラムラはそう言うと、気怠そうに手招きのジェスチャーをする。

 彼女の納得の有無は別として、俺自身それなりに手応えを感じているところだ。

 この作戦。

 我が勇者パーティーの財布事情を、根本から変え得る可能性すらある。

 極めて、棚ぼた的要素が強いの否めないが……。


「……そうだな。まずはラムラ。俺たちの現状はどんなモンだ?」


「そ、そうね……。それで言うと、サソフが、アバンに御執心ってことは僥倖ね。とりあえずは、どっちに転ぶか分からない危なっかしい輩を囲んでおけるんだから。あのオッサンに証言させれば、メルカバを叩く口実も得られるでしょうし」


 ラムラたちには、アバドが『恭順の念』を使ったことを話していない。

 というより、そもそも彼女たちはアバンの正体がアバドであることも知らない。

 勇者パーティーとの協力体制が明け透けになると、メルカバが警戒する……、というのがアバドの言い分だった。

 無論、それはその通りなのだがもう一つ。

 見落としてはならない視点がある。

 

「あぁ。確かにラムラの言う通りかもしれない。このままあのオッサンを手元に置いておけば、メルカバも宝石も()()()()()どうとでもなる。だがな……。さっきも軽く話したよな? サソフ以外に、メルカバと繋がっている()()がいるって」


「そ、そうね。あの調子じゃあ、メルカバにとっても使いものにならなそうだし……」


「そうだ! メルカバは、俺の現状を既に知っている。となれば、俺がトルドスへ来ることも把握していたはずだ。というより……、俺の動きを逐一報告しているヤツがいる、と言った方がいい」


「……その()()とやらが、アンタの監視役とでも言いたいの?」


 ラムラの問いかけに、俺は黙って首を縦に振る。


「ベルチ島にまで間者を派遣して、四六時中監視させるってなると、それなりの財力が必要だ。ってなると、必然的に対象は絞られる。少なくともサソフと同格……、まぁ利害関係から言って、十中八九残りの三公爵家の内のどれかだ。差し詰め、サソフ領の港の権益の横流しを交換条件にでもしたんだろう。そう考えりゃ、動機としては十分に説明がつく」


「た、確かに。理屈としては分かるけど……」


「だから、だ! 俺は逆にソレを利用する」


 俺がそう言うと、ラムラは頭の上に無数のクエスチョンマークを浮かび上がらせんばかりに、その困惑度合を強める。


「利用するって……、アンタが?」


「そうだ。ソイツをこのまま放置しておくのはあまりに危険過ぎる。だが相手は同じ人間……、それも恐らく公爵家だ。メルカバと同じように()()()だっつって、潰しにかかるワケにもいかねぇ」


「ったり前でしょ……。そんなんやったら、いよいよ皇国から永久追放よ。ていうか……、メルカバがソイツを切り捨てたら、どうしようもないじゃないっ!」


「まさにソコだ! ……ラムラ。もう一度、よく考えてくれ。メルカバの目的は、飽くまで俺だ。現時点で、アバドと表立って対立する理由もなければメリットもないからな。だからもし……、アバドがヤツを潰すような兆候を見せれば、俺に対してここぞとばかりに()()()()をしてくるに違いない。例えば、だ。急に皇国からお呼びが掛かる……、とかな」


「……ソイツが、陛下にアンタのことをタレ込むってこと?」


「……その可能性も否定できないってコトだ。ココで、事情聴取とやらで数ヶ月足止め食らってみろ! そうなりゃ俺はもちろん終わりだが、三大魔神官どもの計画も進んじまう。そうなったら元も子もねぇ! 分かるか? 俺たちは現状を維持したまま、借金返済とヤツらの計画の調査を同時並行で進めなければならないという、極めて苦しい立場にいるんだ。そのことを忘れるなっ!」


「自分で撒いた種なのに、よくそこまで偉そうに言えるわね……」


 ラムラは呆れながらそう言い、額を押さえる。


「もちろん、そんなことはメルカバだって分かっているはずだ……。だからこそ、なんだ! ヤツは、おいそれとソイツを切り捨てられない!」


「な・る・ほ・どぉ〜。要するに、今後のサマりんの行動を大きく制約し得る()()さんは、メルカバにとっても生命線。だから、こちらがソレを炙り出そうとすれば、メルカバも動かざるを得ない、と。つ・ま・り、この侵攻はサマりんにとって厄介な輩をまとめて片付けるための布石……って感じか! なんかややこしいねぇ〜、イロイロと」


 それまで黙って聞いていたマーレは、したり顔で俺の話を要約する。


「あぁ、そういうこった! 今回の一件は、メルカバの個人的な欲望と三大魔神官どもの『崇高な大戦略』とやらのバランスを踏まえた上での、急ごしらえの妥協案だったんだろう。だから、綻びも目立つ……。要はソコを突くって話だ! 俺たちが誘き出されるんじゃない。俺たちがヤツらを誘き出すんだっ!」


「そっかぁ。つまり一度買った『喧嘩』を、売りつけてきたヤツの身内に高値で転売してやろうってコトね!」


「そうだ! 仮に、メルカバが提示した条件が港の権益の譲渡なら、今回の侵攻を指を咥えて見ていられるはずがない。まず差し当たっては、ソレを見極める。サソフ領に真っ先に救援に駆け付けたヤツ……。恐らく、そいつが()()だ!」


 ラムラの熱いリクエストに応え、詭弁を弄してみせたが、誰一人としてやる気を見せる者はいなかった。

 だが、それでいい。

 むしろやる気を出すべきなのは、メルカバの方だ。

 己が欲を満たすために、俺を都合よく振り回そうとしていたようだが、そうはいくか。

 自ら掘った墓穴に無様にハマり込んでいく様を、とくと見せてもらおう。

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