誰も好き好んで領主なんかやってない
広がる格差。
形骸化した民主主義。
そこから連想される指導者となれば、何処ぞの勇者も泣いて逃げ出すほどの極悪人を想像したくなるのが人情である。
ましてや、国の玄関口たる港を抑えていた実力者だ。
だが、俺には確信があった。
サソフは、必ず俺たちに降ると。
それは別にラムラが言うように、この男に対してシンパシーを感じているが故のものではない。
殊の外ラムラは、俺を他責思考の権化かのごとく扱いたがるが、俺は別に自身の判断ミスにより負債を背負ったことについて、言い逃れするつもりは毛頭ない。
いや、本当に。
だからココで重要なのは、単純なファクトのみだ。
まず大前提として、ヴィジュニッツという世界一の大国の後ろ盾があり、かつ国際協定のお墨付きを得た俺の一個人としての信用は、そこいらの地域覇権国一国と比べても遜色ない(今のところは)。
そんな俺が、『俺だけはお前の味方だ』などと耳元で優しい言葉を囁やけば、追い詰められた人間はどうなるか。
『勇者が後ろ盾になること』の意味を正確に理解している人間であれば、スキが生まれないはずはない。
そう思っていたのだが……。
「他の公爵家からは『もっと生産性あげろ。何のために都市部を抑えてるんだ? これだから末っ子気質のお気楽者は……』とか呆れられたり、家臣たちからは『賃金もロクに上げずに他国から人呼び込もうなんざ、随分と良いゴミです……じゃなかった良い御身分ですこと』とか嫌味言われて……。そんな扱いされて、誰がやる気出すと思いますっ!? そりゃ魔族の手だって借りたくもなるでしょ!? だーれも、私の気持ちなんて分かってくれないんだぁーっ!」
出るわ出るわ。
周りに家臣がいないのを良いことに、ワンワンと泣き喚き散らしながら、ここぞとばかりに『弱み』を次から次に垂れ流す。
もはや付け入るスキしかない。
開き直るにしても、ここまで躊躇がないと調子が狂う。
てっきり、『コッチは、お前が借金塗れなこと知ってんだぞ、ボケが。そっちの出方によっちゃあ、二度と故郷の地を踏めなくしてやってもいいんだぞ!』などと胸ぐらの一つでも掴まれて、脅されると思っていたが。
「だぁもう、分かったっ! 分かったからっ! 今まで辛かったな!? アンタはよく頑張ったよ!」
「そ、そうですよ! サソフさんだって、急に領主の立場を押し付けられて大変だったんですよね!?」
……それにしても、我が勇者パーティーときたら、随分と冷めたものだ。
俺に被せて、この男をフォローするのはマーレくらいだ。
露骨に軽蔑の視線を浴びせるラムラ、大の大人が声をあげて泣き喚く姿にドン引きするシャロはまだしも、ナザレに至っては地べたに座り込み、武器の手入れを始める始末である。
各々もう少しくらい、『早く終われ感』を隠してもバチは当たらないはずだ。
しかしながら、実際のところ不憫ではある。
そもそもこの男は、領主になるはずではなかったのだ。
というのも、サソフは三兄弟の末っ子のようなのだが、不幸にも兄二人が急逝してしまい、それまで家業から離れて静かに暮らしていたこの男に、急遽お鉢が回ってきたのだと言う。
領主として必要な帝王学やら何やらをロクに学ぶ機会もないまま、いきなり政治の現場に放り込まれたこともあってか、他の公爵家はおろか家臣たちにまで『愚鈍な末っ子』と蔑まれているらしい。
なんと言うか……、メルカバがサソフに目を付けた理由が何となく分かった気がする。
一定の同情の余地はある……、のかもしれない。
が、だからと言って無罪放免という訳にはいかないだろう。
この男が、貧民街が立ち並ぶ現状を放置し、挙げ句の果てに独断で領地を切り売りした事実は変わらないのだ。
【のう、勇者サマリアよ。この男、あまりに情けないぞ。此奴を取り込んだところで使いものになるかどうか……。領主としての気概も信念もまるで感じられん】
ソファーの後ろで立ち聞きするアバドは呆れながら、念話で語りかけてくる。
アバドの指摘は、もっともだ。
良くも悪くも、サソフはどうとでも転ぶ。
何の抵抗もなく、こうもあっさりゲロったのがその証拠だろう。
無論、何かしらの罠の可能性もあるが、仮にそうならあまりにも稚拙過ぎるし、メルカバにとっても危険だ。
だからその線は薄い。
単純な話、サソフは最後に接触したヤツの言うことを聞くタイプなのだろう。
【まぁ……、信用はできないよな。メルカバも一旦利用してはいるが、重要事項は何一つ共有していないと見るべきだな。されてたら、俺が今日来ることも知ってるはずだろ。十中八九、メルカバはこのオッサンを駒としてはカウントしてねぇ】
【確かに……。この男にお主の弱みを握らせたところで、それを利用するだけの甲斐性があるとも思えん……。だが、どうする? 此奴をこのまま捨て置くのは危険やもしれぬぞ? メルカバはともかく、他の輩に利用されんとも限らん】
わざわざ名指しこそしないものの、アバドの言う『他の輩』というのは、残りのもう一人の三大魔神官のことだろう。
仮にサソフがまた再び取り込まれでもしたら、後々面倒なことになりかねない。
……であれば、やるべきことは一つ。
多少強引な手だが、この男が再び良からぬ方へ転ばぬよう、鈴を付けておく他ない。
【……なぁアバド。お前の『恭順の念』って、まだ完全な状態じゃないんだっけ?】
【お主、まさか……】
俺の質問にアバドは何かを察したのか、言葉を詰まらせる。
【……サソフのこの様子を見る限り、また何かあれば簡単に転ぶ。そんなヤツと交渉なんて、危なっかしくて出来たモンじゃねぇ。だからまぁ……、要はこのオッサンをお前のガチ恋勢にしちまえば、手っ取り早いってコトだ。まぁお前が無理ってんなら、別の手を考えるまでだが】
【……お主、我を誰だと思うておる? ナザレとか申す者に施したのは、飽くまでテストだ。まだ拙い部分はあるが、本気を出せばこの男一人落とすくらい造作もない】
案の定、アバドは俺の安い挑発にいとも容易く乗ってみせる。
彼女もサソフのことを言えた義理ではないだろう。
【だが大丈夫か? 恐らく、メルカバの目的はお主と戦うことだけではない。この男がデコイなのであれば、本命の駒がいるのではないか? そやつに暗躍されれば、厄介なことになりかねんぞ?】
【分かってる……。その辺りも含めて、ちょいと考えがあるから、お前にはすぐにサソフを手懐けて欲しい】
【……気色の悪い顔をしおって。お主がその調子の時は、大抵人道に反したことを考えてる時だ】
アバドはにょきりと背後から顔を出し、わざわざ俺の顔を覗き込みながら失礼極まりないことを宣う。
どうやら顔に出ていてしまったらしい。
だが、そうなるのもやむを得まい。
もしこの作戦が恙無く運べば、メルカバも宝玉の件も一挙に片が付く。
俺のそんな皮算用も知らずに、目の前の哀れな領主はただただ荒れに荒れるのだった。




