大人なら、子供(俺)を守れ!
「どうぞ。こちらでお待ち下さい。主は間もなく参りますので」
多少の騒がしさ(自称・旅の踊り子のシャロへのウザ絡みがメイン)はあったものの、俺たちは無事にサソフの屋敷に辿り着く。
出迎えてきた使用人は、玄関口で勇者の俺の顔を見るなり、『お忙しい中、よくぞお越し下さいました』と、何かを察したように淡々と挨拶をすると、そそくさと俺たちを屋敷の中へ通す。
そのまま流れるように俺たちを応接室に押し込むと、お馴染みの定型文のみを残して、すぐに奥へ引っ込んでいってしまう。
アポなし訪問ということもあって、あからさまに渋い顔を……されないまでも、やはり本音はこの無機質な対応が物語っている。
俺の持つ『腐っても勇者ブランド』を以てしても、ココの主が齎した拗れきった現状の前では、『過密タスクに新たな仕事を増やす空気の読めない迷惑客』なのだから、ある意味で分け隔てない。
……いや、別に文句が言いたいわけじゃない。
ただ、それだけサソフがやらかした例の一件は、なおも彼らの領内では悩みの種として尾を引いているのだと実感させられる。
やはり、サソフ家としても『早まった感』があるようだ。
実際、この応接室へ通されるまでの間に、『いつまで隠し通せるやら……』とどこか恨めしそうに溢す者や、果ては『もう独立しかない……』などと極論とも取れるような譫言をボヤきながら頭を抱える者に出くわしたりと、家臣総出で対応に追われていることが窺える。
さすがに少し非常識だったか。
サソフはともかく、家臣連中には申し訳ないことをしたかもしれない。
「ねぇねぇ、サマりん! この部屋、マジで何もなくない!?」
そんな一人反省会に飽きてきた頃、マーレはソファーの背もたれ越しからひょっこりと顔を突き出し、何とも身も蓋もないことを聞いてくる。
彼女に絆されるように、改めて応接室を見渡す。
確かにマーレの言う通り、俺とラムラとシャロが座る3人掛けの来客用ソファーと、向かいの応対用ソファーとローテーブルを除けば、観葉植物の一つもなく、客間と言えど殺風景に思える。
それこそ山脈から採れた宝玉のショーケースでも掲示すれば、その大層な御身分を誇示できるのではないか、などと憎まれ口も浮かんできたが、恐らくそれをしないのには理由があるのだろう。
そもそも、『見せられるような物』など何もないのか。
或いは、あったとてソレをひけらかすことを良しとしない御仁なのか。
もしくは……、情報が漏れることを無意識的に警戒しているという線もある。
「……ホントはあったけど、全部売ったとか? 初めは自分のモノだけで済んでたけど、葛藤の末に絶対に売っちゃいけない共有財産にまで手付けちゃった、みたいな流れなんじゃない? ねぇ? サマリア」
マーレの質問に、ラムラは視線を合わせることもなく、淡々と言う。
「……何か含みが有りそうだな」
「含み? アタシはサソフのオッサンの話をしてるのよ? そう言えば『ウリエルの聖剣』はいくらで売れたか聞いてなかったわね」
「含みしかねぇじゃねぇかっ! むしろ俺の話しかしてねぇだろっ!」
ラムラが時折覗かせる小姑性はともかく、トルドスは『ウリエルの聖剣』の神話もあるくらい、敬虔なエチェド信者にとっては特別な地であることは周知の事実だ。
実際、トルドスは皇国に次いでエチェド教徒の多い地域でもある。
住民たちもこの地に生まれたことを、大層誇りに思っているのだろう。
そんな彼らの前で『ウリエルの聖剣? あぁ。売った売った! 今頃、カビ臭い質屋でヒゲ面店主にチュッチュされてんじゃね? 知らんけど。ダハハ!』 などと鼻でも穿りながら言ったらどうなるか……。
想像するだけで、恐ろしい。
サソフに限らず、彼らにその辺りを深堀りされるのはマズいかもしれない。
彼女のおおよそ当てつけにもなっていないストレートな嫌味を聞き、皮肉にもそんなことを思ってしまった。
「失礼します! 遅くなって大変申し訳ありません!」
そんなことを考えていると、応接室の入り口から、張り付いたような笑みを浮かべた、渦中の人物が姿を現す。
俺とラムラとシャロは、サソフに応じるようにソファーから立ち上がった。
純白のレースアップシャツに、グレーのジレ、黒のアンクル丈のスラックス。
その上から、紺色のロングコートをしっかりと着込み正装してくる辺り、俺の無礼な訪問にも最低限の礼を尽くそうとする、貴族としての意地が窺える。
「勇者サマリア様! この度は魔王討伐の最中、遠路遥々、よくぞお越し下さいました! 我がトルドスの民、国を挙げてあなた様のご来臨を歓迎いたします! さぁさ! どうぞお掛け下さい!」
サソフは小走りで俺たちの座るソファーまで駆け寄ると、満面の笑みでそう言いながら着座を促す。
口元こそ緩んでいるものの、目は明らかに笑っていない。
その薄い面の皮一枚ひっぺがせば、大層芸術的な仏頂面が拝めるに違いない。
「本来であれば、歓迎式典を盛大に執り行いたいところではありますが……、只今諸事情により、大変立て込んでおりましてな……。国際協定では、調印国は勇者様に出来得る限り助力するようにとの取り決めでしたのに……。いやはや、全く以てお恥ずかしい限り。あっ、そうだ! 湯漬けでも食べていかれます?」
含みしかない。
当てこすりの教科書なるものがあれば例文として載せたい、お手本のような淀みのない嫌味だ。
いっそ清々しい。
本心では、『アポなしとかイカれてんのか? コッチが崇めてりゃ良い気になりやがって。これだから、一般常識も社会通念も知らない虚業のクソガキは……』とでも思っていそうである。
つくづくナメられたものだ。
果たして、二十歳そこそこのガキが、大の大人相手にそこまで思われなければならないものなのか。
本来であれば、故郷でぬくぬくと親の脛を齧り倒していても、ギリギリ許される年頃である。
それをタダ勇者というだけで、勝手に人生のハードルを上げられ、それに少しでも粗ぐわなければ露骨に失望されるなど、堪ったものではない。
こちとら文字通り、青春のほぼ全てを魔王討伐に捧げているのだ。
分別のつく大人であれば、少しばかり俺を庇ってくれてもいいだろうに。
何が虚業だ! 何が無職だ!
ココは八つ当たり……、もとい意趣返しの意味も込めて、この男には心ばかりの『嫌がらせ』をお贈りするとしよう。
「い、いや! お構いなく! 事前に通告もなく参じたのはコチラだ! こちらこそ、申し訳なかった……。コレは、ホンの詫びの証である。受け取られよ」
「コ、コレは……」
サソフは、差し出された妖しく藍色に輝くブツを見て、じんわりと額から脂汗を滲ませる。
嫌味には嫌味を。当てつけには当てつけを。
こちらは軽いジャブのつもりだったが、サソフが思いのほか露骨なリアクションをしてくれたおかげで、手間が省けたかもしれない。
もはや勝負あった。
魔族の中枢、それも極々一部の上層しか、その姿カタチを知らない『冥濛のスピネル』のレプリカを前に、コレだけの反応を見せてしまったら誤魔化せるものではない。
「いやぁ! 実はその宝玉、先日の魔王侵攻の折に報酬として賜ったものなのだが……。お恥ずかしい話、当方宝玉の類には明るくありませんでしてな(棒)。価値の分からぬ者が持っていても仕方あるまいて、こうして手土産として持参した次第なのだが……、サソフ殿は何かご存知か? 古よりとある部族に伝わる希少な代物、ということだけは調べがついているのだが……」
「は、は、はて? わ、わ、わ私には、何が何だか、サ、サ、サッパリ……」
ヘタか。
何処ぞの魔族の王に負けず劣らずのポンコツ振りだ。
だが、これで確定した。
どうやらサソフは、先の一件を悔いているようである。
であればその芽生え始めた罪悪感、もう少しばかり擽ってやるとしよう。
「……ところで話は変わるが、サソフ殿! この辺りもだいぶ開けてきましたなぁ! しかしこう言っては何だが、以前伺った際は良い意味で聖地然としていたというか……、い、いや! それを言うのは無粋であったな! すまない! 聞かなかったことにしていただきたい! 今はどの国の台所事情も逼迫していると聞く。国としての方針転換は必然だったのであろう。無論、ソレが悪いなどではなく! くれぐれも誤解はなされるな!」
我ながら、陰湿極まりない。
大体それを言うなら、魔王討伐が長引いている主因は間違いなく俺だ。
ところがこうして俺に遠回しに詰められ、気が動転したのか、サソフがそのことに気付く気配はない。
それどころか、俺の話にロクに相槌も打たず、顔を青白くさせて茫然自失する始末である。
……そろそろ頃合いか。
というより、これ以上は死体蹴りになる。
ここいらで、この孤独な指導者()に寄り添ってやるのも悪くない。
恩を着せるという意味でも。
「……サソフ殿。皆まで言う必要はない。人員の規模も質も違えど、このサマリアとて他者の命を預かる身。それゆえ貴殿の苦悩も、幾ばくかは理解しているつもりだ。他の公爵家の手前、常にギリギリの舵取りを強いられていたのだろう? そんな中にあれば、時として魔が差すこともあろう」
「サ、サマリア様……」
「サソフ殿が良ければ、で構わない……。これまで何があったか、教えていただけぬか? 悲しいかな。昨今は同じ種族・国家であっても、信じ合えという方が無理難題の世知辛い時代だ。そんな中において、貴殿とは腹を割って話し合える同志でありたいのだ!」
俺が白々しくもそう言うと、サソフはブルブルと身体を震わせて下唇を噛み、目を潤ませる。
そして……。
「……聞いて、いただけますか!?」




