強きを助け弱きを挫く国
「まさか彼奴が、既にトルドスの連中と昵懇とはの。この国の変わり様を見て、薄っすらと勘繰っておったのだが、案の定だった。何でもトルドスは、メルカバから宝玉の鉱脈に関する情報を享受する見返りとして、この港付近の自治権の一部を譲渡したらしい。おかげで『東国一の碧海』と呼ばれた海も、このザマよ。くそっ! 分かっていれば、みすみすこのような俗人どもの群れにシェオルを放り込んだりなどせんかったわ!」
アバドは苦虫を噛み潰すかのようにそう言うが、問題はそこじゃない。
「おい、ちょっと待て……。その話が事実なら、トルドスは目先の金欲しさに国土を切り売りする激ヤバ国家ってことになるんだが……」
「だから初めからそう言っておろう! というより……、今更何を言うておるのだ。そもそも、こうして魔王の我と繋がっているお主はなんとする?」
アバドは飄々とそう答える。
彼女の言葉には反論の余地もないが、百歩譲って俺が『激ヤバ勇者』だとしても、流石に平然とし過ぎだろう。
勇者の俺が大人しく奥ゆかしい性格であるが故に、その辺りの感覚が麻痺してしまったのだろうか。
彼女のシスコンムーブについては、一つや二つ言いたいことがないでもないが、生憎そんなものに脳のリソースを割いていられるほどの余裕はない。
もしラアトの調査が事実であれば、俺としても看過できない話だ。
「……ソレは言わない約束だろうが。だがそうなると、この辺りを治めている『サソフ家』が随分と勝手な真似してくれたっつーことか?」
「あぁ、そうなるな。ラアトの話では、そのサソフという輩が合議での決定を覆し、密かにこの辺り一帯の権益を渡していたようだ。全く……。何処の組織にも愚か者は居るものだな」
トルドスは、サソフ・シソフ・プロソフ・ウンスドルフの四つの公爵家の合議により、政が取り仕切られている、いわゆる貴族的共和制の国家だ。
この国の大きな特徴としては、一定期間ごとに実施される、政策の是非を問う信任投票によって、多少なりとも民意を掬い上げる素地があることだろう。
世界的に見ても稀有なシステムということもあって、一時期は皇国でも『トルドスに倣え』という声が何かの標語かの如く、街の至るところから聞こえてきたものだ。
そんな、施政運営を燻ぶらせる君主制国家とは一線を画すとも思われるトルドスだが、実際はそんな単純な話ではない。
『民主主義』と言えば聞こえは良いが、実態は貴族と近しい財閥や一部の富裕層たちが日々ロビー活動に精を出し、政策決定に大きな影響を及ぼしているため、基本的には金持ちに優しい国だ。
更に言えば、四家の中で特に力を持つサソフ・ウンスドルフの両家が、豊かで人口の多い港近辺や首都圏を抑え、民意をコントロールしているので、投票制度など事実上『ガス抜き』以上の意味を持ち合わせていない。
その証拠として、一歩都市部から離れてしまえば、そこかしこに貧民街が立ち並んでいる……、というのがこの国の現実である。
そんなお国柄に加え、名義上の指導者たる公爵家すらも三大魔神官の手に落ちているとなれば、もはや民意などあってないようなものだろう。
というより、そもそも国家として成立しているのかも怪しい。
いや……。
それどころか、更に良からぬ方向へ事態が発展していてもおかしくはない。
「なるほどな……。となると、三大魔神官と結託してる人間は複数居るってことか……」
「そうだ。我もソレを懸念しておった……。仮にそうであれば、お主にとっても由々しき事態だろうに」
最近では、移住者向けの租税特別措置のようなものが新たに発布された影響で、トルドスの人口構造も大きく変わりつつあると聞く。
……仮に、だ。
メルカバの一連の行動が、トルドスを緩やかに支配下に置くための下準備だと考えれば、ラアトが言っていたネベーラたちの計画とも辻褄が合う。
もっともアバドが言うように、メルカバはメルカバで別の思惑があるのだとしたら、その限りではないのだろうが……。
まさか、それすらも俺との対決のためという訳でもあるまい。
「まぁ、さりとて目ざといお主のことだ。トルドスが、既に彼奴らに籠絡されていることも悟っておったのだろう? お主の顔を見れば分かる」
アバドは何故か『フフン』と自慢げに微笑みながら言う。
「……ソレ、褒めてんのか? 別に俺が目ざといってワケじゃねぇよ。単にヘルツのオッサンに聞いた話から、邪推したってだけだ。だからどちらかっつーと、被害妄想の類だよ」
ジフリンでの一件の後。
ヘルツから聞いた話によると、案の定ネベーラから連邦離脱の後押しする見返りとして、ジフリン単独での講和の締結を迫られていたらしい。
『講和』と聞くと体は良いが、提示された条件は事実上の『傘下入り』と言っても過言ではないほど、ジフリンにとって不利なものだった。
これでは連邦に残留した方がマシと判断したヘルツは、それを拒んだようなのだが、彼の話によると、どうにもジフリンの周辺国も似たようなオファーを受けていたようだ。
ヘルツ自身は、『ジフリンを孤立させるための包囲網だ』と推測していたが、概ねそんなところなのだろう。
現状、ネベーラたちがジフリンに固執していた理由は分からないが、ヤツらの最終目標がラアトの危惧する通りなのだとしたら、もはや先の一件は連邦に限った話ではなくなる。
コリッツの連中と同じように、ヤツらに手籠めにされた、ないしされかけているお偉いさんも不特定多数いるはずだ。
無論、それは皇国とて例外ではない。
「ちょっとアンタたち! 二人でコソコソ話して、何のつもりっ! てかアンタ、サマリアとどういう関係なワケ!?」
ラムラは血相を変え、アバドにツカツカと近寄り、詰問する。
どうやら、彼女は目の前の踊り子()が魔族の王であることに気付いていないようだ。
というより、むしろラムラのこの感覚こそが正常であり、彼女特有の気配やら仕草やらで気付いてしまった俺の方が、このシスコンに毒されているのかもしれない。
彼女の尋問に、アバドはフゥと息を整える。
そして……。
「あーらっ! あなたが噂のラムラちゃん!? サマリアちゃんから、いつも聞いてるわ! スッゴク出来る子なんだってね!?」
ゾワゾワと。
背筋に毛虫が這いずり回られるような感覚に襲われた。
いつかの茶番から、成長の痕跡が垣間見えるところを考えると、今この時のために必死に練習したのだろう。
そう思うと、涙ぐましい限りだ。
このノスタルジックな『大人のお姉さん像』については、何をモチーフにしたのか気になるところだが、今は黙って彼女のペースに合わせるとしよう。
「な、なにさ! イキナリ……」
取って付けたような見え透いた言葉であっても、日頃から承認欲求に飢えている彼女の心をかき乱すには十分だったようだ。
ラムラは顔を赤らめて、視線を逸し、満更でもない様相を見せる。
そんな彼女を見て、アバドはしめしめと言わんばかりにほくそ笑む。
分かりやすく調子づく魔族の王に呆れつつも、俺は咳払いをする。
「あー……、紹介が遅れたが、コイツは旅の踊り子のアバンだ」
ラムラたちの前で、俺がそう紹介するとアバドは得意げに胸を張る。
「今日はねっ! サマリアちゃんのお手伝いに来たの! みんな、サマリアちゃんから『浄波のスピネル』のことは聞いてるわね?」
「アンタ、鉱脈のこと知ってんのか!?」
『浄波のスピネル』と聞き、ナザレは即座に身を乗り出し、勇み足気味に問いかける。
「あ〜ら、残念! そんなことお姉さんが知ってるワケないでしょ? 面白い子ねぇ〜」
アバドはそう惚けながら、ナザレの鼻先をツンと、人差し指で軽く小突く。
すると、ナザレは柄にもなく顔を紅潮させる。
「おい! サマリア! お前、あんな美女と何処で知り合ったんだ!? アレか!? また弱みでも握ってんのか!?」
またとは何だ、またとは。
まるで俺が、女子供の尊厳を踏みにじることをライフワークにしているかのような言い草だ。
……それにしても何だ? この違和感は。
俺の両肩を掴み、鬼気迫る形相で問いただしてくる辺り、相当に取り乱しているように見える。
ナザレが大好きな宝石そっちのけで、素性の知れない女にドギマギさせられるほど繊細な男とも思えない。
これも、普段狭苦しくカビ臭い武器屋に閉じ込めている弊害なのか。
いや、待て。
これはまさか……。
「おい! お前、ナザレに何かしたのか!?」
俺は目の前で寒い芝居に終始し、共感性羞恥の押し売りを続ける魔王の首根っこを掴み、耳打ちする。
「ふっ。気付いたか? 流石だ、勇者サマリアよ。あの男には、『恭順』の念を掛けてみた」
「『みた』じゃねぇっつーの! お前もソレ使えたのかよ!? 聞いてねぇぞ!」
「先日、ラアトから教わってのう。何でも、ネベーラの件の再発を防ぐために、あやつなりに術式を研究したそうなのだが、面白そうゆえ我も覚えてみることにしたのだ」
「面白そうってな……。つーか、あの呪いの初期段階ってあぁなるのかよ……」
「まだまだ練習中なのだが、ようやくカタチになってきたようだわ。あの男の顔を見よ! 目の焦点もロクに合っておらんわ。呪詛とはまた別に、我の溢れ出んほどの魅力にやられてしまったのかもな! なぁに。案ずるな! あの男の呪詛は、じきに解ける!」
アバドは、いけしゃあしゃあとそう宣う。
確かにシャロが言っていたように、今のアバドはとても楽しそうである。
魔王らしからぬそのノビノビとした姿を見れば、もはや咎める気も失せるというものだ。
「……そいつぁ助かった。これ以上、性欲とは無縁と思っていた仲間が、魔王相手に発情している姿を見せられるのはキツイからな」
俺はそう皮肉を溢しつつ、改めてラムラたちに向き合う。
「……まぁそういうワケで、今日はこのアバンに道案内を頼むことにした。一応客将って扱いになる。皆、失礼のないように……、っておい。マーレ? 聞いてるかー?」
その時。
俺の号令などお構いなしに、まじまじと訝しげな表情でアバドを見つめる、マーレの姿に気付く。
「……へ!? うん! 聞いてるよ! アバンさんが、サマりんの愛人だって話だよね?」
「一ミクロンも聞いてねぇな……。アバンに、ブルカネル山脈まで案内してもらうって言ってんだ!」
「そっかそっか! じゃあスグに向かう感じ?」
「……いや。まず差し当たっては、この辺りを治めているサソフのオッサンへの事情聴取からだ。貧民街出身としては、この国の現状には言いたいことがないでもないからな」
「そっか。なんか……、サマりんらしいね!」
マーレはそう言うと、含みのありそうな生温かい視線を浴びせてくる。
「……んだよ」
「べーつにー。じゃあそうと決まれば、しゅっぱーつ!」
マーレはそう言うと、サソフ家の屋敷がある方へ、元気いっぱいに歩き出す。
そんな彼女のバイタリティーに感心しつつ、俺たちは後を追った。




