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トラウマ解消のために、新たなトラウマで上書きを強いる鬼畜

「ん〜! 風、気持ちいいねぇ〜。てか私、海とか見るの初めてかも!」


 船を降りると、俺たちの来航を歓迎するかのように、爽やかな潮風が頬を優しく撫でてくる。

 そうして遠い異国の地、東方の都・トルドスに一歩足を踏み入れるなり、マーレは水を得た魚のように小走りで波止場に駆け寄り、眼前に広がる大海を前に、お得意の()()()()をかます。


「島に住んでて、よくそんな適当なこと言えんな……。つーかココ来るまでずっと海だったろ」


 ツッコミ待ちと思しきマーレに対し、心ばかりの()()を贈ると、彼女は何も言わずにウィンクして舌を出す。

 相変わらずのやかましさに多少なりとも苛つく反面、何時如何なる時も場を和ませようとする彼女の健気さには頭が下がる。


「でもさっ! ベルチ島の海とはまたなんか違う感じの趣がない? コッチは何ていうかさ! その〜……、ね! ラムラちゃん!」


 ただそうは言っても、マーレのこの様子を見るに、少なからず気分が高揚しているのは事実のようだ。

 こうして久方ぶりに冒険者然としたイベントに直面し、本来の自分のあるべき姿を思い出しているのかもしれない。

 普段、領分ではない店舗経営を強要され、場末の孤島に縛り付けられていれば、彼女がそうなるのも無理はない。

 そう思えば、今のこの状態は俺にとって危険とも言える。

 マーレたちに『何が悲しくて、このクズ勇者の尻拭いのために、怪しい金策に手を染めなければならないのだ』などど、冷静に振り返られては俺の負けだ。


 もちろん、だからと言って彼女たちの溜まりに溜まった鬱憤を放置しておくのも、それはそれでマズい。

 ……こうなれば妥協案だ。

 『シャロの療養』が主目的である、この遠征。

 我が勇者パーティーには、現状の歪さに改めて疑問を持たない範囲で存分にガス抜き……、もとい息抜きの場として、利用していただくとしよう。

 ……などと考えていたのだが、マーレに話を振られたラムラの表情を見るに、そう都合良くはいかなそうだ。


「コッチは、ゴミだらけね……。流石、観光地だわ。人が多いってのも考えものね」


 必死に言葉を選ぼうとしたマーレの努力も虚しく、ラムラの無慈悲な一刀両断が炸裂する。

 どうやら彼女は、この遠征を『慰安旅行』だとは微塵も思っていないようだ。


「ちぇ〜。ラムラちゃんったら風情がないな〜。せっかくのお出かけなんだし、楽しまなきゃ損じゃん!」

「アタシだって、ホントは楽しみたいわよ……。でも、こんだけ観光客だらけってなると、流石に気分も削がれるわ。前はこんな感じじゃなかったでしょ」


 ラムラは恨めしそうにそう言うと、辺りに目をやる。

 俺もそれに倣い、波止場から周囲一辺を見渡す。


 確かにラムラの言う通り、以前立ち寄った際はココまで()()ではなかった。

 親子連れ・カップルはまだしも、浜辺に目をやると頭の弱……、もとい旺盛で活気にあふれる若者たちが、観光客相手にナンパに精を出している始末である。

 勇者の俺がこうして人類のために懸命に戦っているというのに()、随分と呑気なものだ。

 まるで『魔族との戦い? ンなの勇者と皇国に任せときゃ余裕っしょ? それよかオレらはバイブスあげぽよでヨロ〜♪』とでも言いたげである。

 

 ……まぁそれだけなら、まだいい。

 浜辺には、そこかしこに出店が立ち並び、主に俺たちのような他国からの来訪者をターゲットに、今か今かと手ぐすねを引いて待っている。

 目を凝らし、彼らの出店に陳列する雑貨や装飾品を覗くと、相場の数倍の価格が提示してあった。

 『観光地価格』と言えば聞こえは良いが、やはりここぞとばかりに()()()()に来ている。

 しかし、当の観光客たちは一切気に留める様子はなく、蜜に群がる蟻のように出店を囲っている。

 ボラれている自覚があるのかは定かではないが、この価格を許容できる辺り、よほど充実したお財布事情をお持ちなのだろう。

 全く以て、羨ましい限りだ。


 ……しかし、ラムラの言葉を借りるのも何だが、本当に気分が削がれる。

 元々、ココはかつて唯一神・エチェドが『ウリエルの聖剣』を創造した地とされており、一口に観光地と言っても、どちらかというとエチェド教徒たちの『聖地』としての意味合いが強い。

 そのため何かと制約も多く、以前までは国の玄関口たる港付近での商売は禁止されていた。

 ところが、今や完全に無法地帯になっているところを見るに、どうやら方針が大きく変わったようだ。

 大方、魔族との戦いで国家財政が疲弊する中、トルドスとしても国の基幹産業である観光需要の拡大に、活路を見出さざるを得なかったのだろう。

 無論、皇国や熱心なエチェド信者からすれば面白い話ではない。

 とは言え、あまりこの辺りに介入すると内政干渉にあたるため、現状野放しになっているのだろう。

 兎にも角にも、旅の冒頭でこのような世知辛いものを見せられては、幸先が悪い。

 実際、肝心なシャロはと言うと……。

 

「サマリア……。なんか人多い。ずっと見られてる気がする……」


 案の定、このザマだ。

 船を降りてからというもの、俺の背中にピタリと張り付いたまま、一切離れようとしない。

 どうやら、『傷心中の妹を癒やしたい』というアバドの目論見は、完全に外れてしまったらしい。


「おい、サマリア! アバドが言ってたことって本当なんだろうな!? ランダムで変わる鉱脈を正確に当てるなんて話、眉唾にしか聞こえねぇぞ!?」


 こちらはこちらで、ある意味安定している。

 目の前の『聖地』の変貌振りをそっちのけで、鼻息荒く問いかけてくる辺り、流石は筋金入りの無神論者といったところか。

 己の煩悩に素直に従うことこそが、自身が救われる唯一の道だと難く信じて疑わないのだろう。

 全人類ナザレのようであれば、きっと如何わしいカルト教団など生まれる余地はなく、何処ぞの勇者に付け込まれることもなかったはずだ。


 まぁそれはそれとして、今回の遠征の目的はナザレが執着して止まない『浄波のスピネル』でもあるのだ。

 こうしてリスクを承知で店を一斉休業し、勇者パーティー挙って来訪したからには、それなりの成果を期待したいところである。


「……本当だ。アイツがそんなつまらん嘘を吐くはずがない。つーより、わざわざ嘘を吐く理由がない」


 そうは言いながらも、内心不安だった。

 アバドは嬉々とした声で『人族領きってのリゾート地』などと宣っていたが、恐らく彼女は過去の情報をアップデート出来ていない。

 出来ていれば、愛しの妹をこのような俗世に塗れた、『癒やし』とは対極の環境に放り込むなどという愚行を、あのシスコンが犯すはずがない。

 まさか、『トラウマはトラウマで上書き!』などという、『二日酔いには迎え酒!』の如き根性論にもならん暴論を展開しているワケでもあるまい。

 いや、まぁ結果的にそうなってはいるのだが……。


 そんなことを考えていた矢先、不意に俺の左肩に()()()ぶつかる。


「あーら。ごめんなさいねー」


 白々しい謝罪の声と柔い感触がした方を向くと、他国からの観光客と思しき、一人の麗人が微笑みかけていた。

 男の俺とほぼ同じ背丈。

 後ろで束ねられた、白銀の髪。

 その自慢の褐色の肌を惜しげもなく曝け出した、妖艶な紫色のダンサードレス。

 極めつけは、あちらからぶつかっておきながら、どこか尊大に見えるその態度。

 『ごめんなさい』という言葉とは裏腹に、欠片も悪びれている様子はない。

 もしかしなくても、コイツは……。


「……何でお前が居んだよ」


 俺は彼女の耳元に近づき、小声で問いかける。

 長耳を擬態で隠していても分かる。

 装いこそ違えど、彼女は紛れもなく、魔王・アバドだ。

 見栄っ張りな彼女らしいと言えばらしいが、それにしても目立ち過ぎる。

 コチラは一応『お忍び』のつもりだったのだが、彼女に至っては忍ぼうとした形跡が見受けられない。

 本来、この場で一番忍ばなければならないのは、彼女であるにも拘らず……。

 俺の事情を理解しているのであれば、せめて外套くらいは羽織って欲しかったものだ。

 いやむしろ、全て承知の上で嫌がらせしているという線も有り得るが。


「言ったであろう? 魔族軍のインテリジェンス能力を侮るな、と。此度は、魔王の我が直々にお主たちにソレを証明してやるのだ」


 俺の耳打ちに、アバドはまるで悪びれもせず淡々と答える。


「……ンなこと言って、理由付けてシャロに会いたかっただけだろ」

「はて? お主が何を言っているか、まるで分からぬ」


 やはり、この魔王。

 妹のことになると、一線を越える傾向がある。

 或いは俺がシャロを殺せないと見て、ナメてかかっているだけか。

 形式上とはいえ、あの日交わした契約書は焚書にでもしたのだろうか。


「それよりどうだ? 中々、サマになっているであろう? お主の助っ人を装ったつもりなのだが」


 アバドはそう言いながら、得意げに両手を広げ、自身の()()()()を見せびらかす。


「助っ人って……。なら、何で踊り子スタイルなんだよ?」

「戦士に治癒師、魔道士まで揃っておれば、それらはお役御免だろう。一つのパーティーに役かぶりしている者が複数おれば、怪しまれるからな。なぁに! 礼には及ばぬ! 我とてお主の事情くらい心得ておるわ。此度に限っては『旅の踊り子・()()()』とでも呼ぶがよい」


 アバドはしてやったりといった表情で、やたら恩着せがましく言う。

 彼女の謎基準はともかく、どうやらこの出で立ちは彼女なりの優しさだったらしい。

 

「それより、だ! 勇者サマリアよ。あまりウカウカとしておれぬかも知れぬぞ」

「……どういうことだ?」


 俺が小声で問いかけると、アバドは無言で頷く。


「ラアトから調査の報告があった。何でも、メルカバとトルドスの指導者が秘密裏に繋がっているようだ」

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