「平和」によって脅かされる俺の生活とアイデンティティ①
故郷から、ジフリンから追われ、無念な最期を遂げた彼らを、唯一神・エチェドは深く憐れんだ。
そこでエチェドは追悼の意味も込め、彼らに一つの『特権』を与える。
それは他でもない、『二柱の信の裁可』だった。
通常、魔の祝福を受けながら、エチェドの加護を賜ることは御法度なのだが、彼らの直系の血族に限り、それを認めることとした。
伝承によれば、『二柱の信の裁可』を受けた者が鍛錬を積み、ある段階に達すると、全ての傷を始め、呪詛、毒、麻痺、混乱といったあらゆる状態異常を癒やす、究極の治癒魔法『キュアオール』が使えるようのなるとされているらしい。
その域に達した者を、魔族の間では『至高』と呼び、ある種の脅威の存在として語り継がれるようになったと言う。
「なんつぅか……、荒唐無稽もそこまで来ると芸術の域だな。その理屈だとシャロが皇国の建国者の子孫ってことになるんだが」
俺がそう言うと、ラアトは深く溜息を吐く。
「……まさにそこよ。未だに解せぬのは。そもそも、姉君である現帝はエチェドの加護など受けていない。皇国の王とて同じだ。歴代の誰一人として、『至高』に達した者がいると言う話など聞いたことがない。ただ現実として、我が主の呪詛を解ける者がいるとすれば、『至高』に達した者だけなのだ。それ故、私としても混乱しているところだ」
ラアトは目を伏せ、左手で頭を抱えながら話す。
この男は『ある段階に達すると』などと言ったが、シャロが『至高』とやらに達するために、何か特別な鍛錬を積んだとは考えにくい。
あのシスコン魔王のことだ。
ほぼ軟禁同然で、蝶よ花よとシャロを育てていたに違いない。
実際、シャロの話し振りからもそんな雰囲気はなかったし、ふとした拍子に使えるようになったと考えるのが妥当だ。
そもそも、アバドは伝承のことを知らないワケだ。
……ただ一つ気がかりなのは、ネベーラがアバドを『外様の女子』とほざいていたことである。
仮にアバドの出自が魔族にではなく、ヴィジュニッツにあるのだとすれば、多少なりとも信憑性があると言えよう。
だが現実として、『アバドがエチェドの加護を受けていた』などという突拍子もない話は、噂ベースでも聞いたことがない。
大体、もしそうならネベーラたちとて端から警戒するだろうし、それこそ死にものぐるいで彼女の即位を阻止していたはずだ。
やはり、この『伝承』。
可能性として無視は出来ないが、話半分で聞いておいた方が良さそうだ。
それよりも……、直近の問題としては他にあるだろう。
「そんで……、仮にそれが事実なら『至高』とやらは、魔族にとって不都合以外の何物でもないだろうが。それがどうして、一概にそうとも言えないんだ?」
俺がそう聞くと、ラアトはコクリと小さく頷いてみせた。
「確かに貴様の言う通り、『至高』は魔族にとって脅威だ。だが、そもそも話としてあまりに妄誕が過ぎる。実際、我が主たちとて『伝承』を本気で捉えてなどいなかった」
「だろうな。色々と整合性が無さ過ぎる」
「だからこそ、なのだ……。我が主たちは、それを逆手に取ろうとしたのだ」
「どういうことだ?」
俺が聞くと、ラアトは口惜しそうに顔をしかめた。
「……まず以て、現帝に取って代わろうとした。人族の血を引く、魔族を『融和』の象徴として担ぎ上げてな」
「なるほどな……。そこでコイツに白羽の矢が立った、と」
俺のその言葉に、シャロはドキリという擬音が飛び出さんばかりに、目を泳がせ、顔面を青白くさせる。
「……あぁ、そうだ。担ぎ上げると言っても、所詮はタダの象徴だ。真偽のほどはどうでもいい。むしろ、『伝承』が『伝承』である方が、我が主たちにとっては都合が良いのだ」
ラアトの話は、至極腑に落ちる。
実際、ネベーラは俺たちを誘い込み、伝承の真偽を確かめる必要があったと漏らしていた。
「それだけではない! 我が主たちは『融和』などと称し、現帝はおろか、事もあろうに全ての人族を脅かし、その領土全土を平らげようと画策しているのだ……。詳しいことは知らされておらぬが、主たちの諸々の行動を勘案すると、そうとしか考えられん……」
「そう聞くと、そいつらの方がよっぽど魔族らしいな……。いやでも、コレってやっぱり偏見なのか?」
「あぁ。まさにそうだ。それこそが我が主たちが三百余年もの間、執拗に仕掛けていたプロパガンダ……。彼らは、敢えて一族にとって不利な印象操作を行い、この数百年に及ぶ諍いの責任を現帝に押し付けようとしているのだ」
「なんつぅか……、アバドも焼きが回ったな。俺が言うのもなんだが」
「そうかもな……。大半の魔族は、人族との争いを望んではいない。この三百年間、疲弊したのは我々魔族とて同じだ。だからこそ、民意を容易に動かせる土壌があったのだ。我が主だちは、端からそれが狙いだったのだ……」
「確かに……。アバドの失政と戦争の終結を訴えかければ、そりゃあ世論だってネベーラたちに靡くわな。つーか、その感じだとお前も反対なんだな」
俺がそう聞くと、ラアトは大きく頷いた。
「……当然だ。そもそもの争いの火種は、現帝が魔王の座に就く遥か以前よりあったのだ。現帝が戦を始めたのではない。戦が始まった時点での王が、偶然現帝だった。ただ、それだけのことだ。その前提を理解しない限り、無益な争いの根源を断つことは出来ぬ」
「そうかよ……。でもまぁ、詰まるところソレがネベーラたちが、情報統制してまでアバドに伝承を隠していた理由か。つーことはその『火種』とやらも、伝承と関係があると思っていいのか?」
「あぁ、そうなるな。元より関係が良くない中、そんな嘘とも真とも知れぬ逸話まで飛び出せば、疑心暗鬼にもなる。そうやって人族と魔族は数百年もの間、睨み合い続けてきたのだ。末端の私が知り得るのはそのくらいだ……」
別に、今日初めて会った目の前の魔族を過信するわけではない。
だが苦々しく顔を歪めながら、取っておきとも思える界隈のトップシークレットを垂れ流す姿を見るに、これ以上この男から何かを引き出すことは期待できないのだろう。
依然として分からないのは、ヤツらが皇国より先に、小さな地域国家であるジフリンを狙った理由だ。
ネベーラは死に際に、シャロはもはや用済みであるというようなニュアンスのことを言っていた。
ヤツの言う『脱魔の王』なるものが、全ての前提を覆すものだとしたら、それに纏わる何かが、このジフリンにあるというのだろうか。
いずれにせよ、致し方あるまい……。
そこはかとなく薄気味が悪いが、確証にまでは至らない以上、現状そこに関して何かアプローチ出来るワケでもない。
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「……そうか。でもまぁ、ソレなら好都合だな」




