「戦利品」の扱い方
その後、アバドとは諸々の約束事と称した、事実上の隷属契約となる文書を交わした。詳細は、大きく次の五つとなる。
一つ。妹であるシェオルを人質兼従業員として差し出すこと。
二つ。許可なく、都市や街に侵攻しないこと。
三つ。侵攻する際は、事前に打ち合わせた通りの要領で行うこと。
四つ。打ち合わせは【念話】を通じて行うこと。
五つ。常時、魔力を抑える『魔縛の指輪』を身に着けておくこと。これにより、アバドのマナを10分の1程度に抑えることができる。
シェオルを人質に取ったとは言え、アバドは油断ならない相手であることに間違いはない。
魔族の連中もあの時点で完全に絶滅させたワケではなく、シェオルの護衛として残された一部の眷属を始め、ある程度の勢力を保っている。
仮りにアバドの力が健在であれば、シェオルを俺から取り戻した後、反旗を翻さないとも限らない。
ただでさえ、色々な意味で危ない橋を渡っているのだ。
考え得る不安要素は、少しでも潰しておくに越したことはない。
まぁどの道、このことが皇国の耳に入れば、勇者と言えど極刑は免れないだろう。
もはや、俺とアバドは運命共同体なのだ。
一度走り出した以上、ゴールまでは止まれない。
そう。俺の借金のように……。
であれば、まずはそんな俺たちに協力してくれる命知らず兼、極めて無報酬に近いカタチで動いてくれる、都合の良い労働力を集めることが先決である。
そう思い、現在この遠征唯一の戦利品とともに、こうして狭苦しい馬車に乗り、俺が拠点にしている街へ向かっている。
「ねぇ……。サマリア、だっけ? あなたもあたしのこと……、殺すつもりなの?」
騒音と尻の痛みに耐えながら、安馬車でのひと時をやり過ごしていると、ふと戦利品……、もといアバドの妹であるシェオルが口を開く。
馬車の荷台の角に、両膝を抱えて座りながら、おそるおそると言った様子で問いかけてくる。
サトマール砦を出てから既に10日ほど経過したが、彼女が言葉を発したのはコレが初めてだ。
この間、特段何か話したワケでもないが、多少は警戒心も解けたのだろうか。
それにしても、『あなたも』とはどういう意味なのだろう。
「あ? お前のネェチャンが、何かおかしな真似をしたらな。でもまぁ、あの様子じゃ無理だろう。つーかそれ以前にお前はウチのスタッフでもあるからな。むしろこんな都合の良……、貴重な人材そう簡単に手放してたまるか」
シェオルが咄嗟に口を開いたことに、少なからず動揺したせいか。
彼女が放った意味深な助詞について、踏み込むことを忘れていた。
「そう……」
俺の返答に反応らしい反応を見せず、彼女はその後すぐに黙りこくる。
……無論、俺とて年端もいかぬ少女 (注:少なくとも俺よりは歳上)を無理やり連れ回す趣味はない。
傍から見れば、さも狂人かのように思われるかもしれないが、俺だって恐れているのだ。
あぁ、もうそりゃ夜も眠れないほどに!
特にココ数ヶ月は返済日が近付くにつれて、急な動悸と息切れに襲われることも多くなり、安眠など出来た試しがない。
何をしていても借金のことが頭にちらつき、正常な思考を阻害するのだ。
と、言うと『じゃあやっぱりトチ狂ってんじゃねぇか』と思われそうだが、俺は至って正気である。今のところ。
だが、このシェオル。
魔王アバドの妹ということは、万が一彼女の身に何かあれば、次の魔王候補の筆頭となる人物だろう。
その辺り、アバドはどう考えているのだろうか(すっとぼけ)。
状況が状況ゆえ仕方ない面もあるが、それにしても魔族と呼ぶには少し心許ないというか、頼りなげに見える。
まぁ、こうして出会ったのも何かの縁だ。
不本意なカタチで連れて来てしまった罪滅ぼしというわけでもないが、俺の中の罪悪感が多少なりとも機能している内に、彼女をどこに出しても恥ずかしくない一人前の魔族……は無理にしても、最低限自立した成人に育て上げてやるとしよう。
そんな、見当違いな親心のようなものが芽生え始めた矢先、俺はある重要なことを思い出す。
「あっ、そうだ。シェオル。言い忘れていたんだが、街に着いたら偽名を名乗ってくれ」
「え……。なんで?」
「冒険者ってのはな。マニアックな奴も多いんだよ。俺が知らなかったくらいだから、一般人相手ならまず問題ないとは思うが、どこに魔族マニアが潜んでいるかも分からん。万が一、俺が魔王アバドの妹を連れ回してるなんてことがバレたら、冗談抜きにジ・エンドだ。あ、それと耳に関しては、擬態魔法で隠しておいてくれ。魔族なんだから、そんくらいは出来んだろ?」
「う、うん。まぁ出来るけど……。じゃあ、なんて名乗ればいいの?」
「そうだな……」
彼女にそう聞かれ、寸刻考え込む。
「……シャロ」
それなりに時間を割いたわりに、口から出てきたのは、自分でもうんざりするほどお粗末なものだった。
「シ、シャロ? なんでか、聞いてもいい?」
シェオルは俺の顔色を窺うように、聞いてくる。
「……別に。深い意味はねぇよ。ただ、アレだ。自分への戒めみたいなモンだ。だからお前は気にしなくていい。そもそも、タダの偽名なんだしな。呼び分けんのも面倒だから、俺も今からシャロって呼ぶぞ」
「そ、そう……。分かった」
シャロは少し腑に落ちないような素振りを見せたが、それから先彼女が詮索してくるようなことはなかった。
「やっと着いたな。ちょっと見ない間にすっかり……、うん。何も変わってねぇな! ちったぁ成長しろよ、この島も俺も……」
アバドの居城・サトマール砦を出発して、早や半月。
馬車に揺られ、少ない本数の船を乗り継ぎ、やっとの想いで俺たちは目的地に辿り着く。
大国・ハバド連邦を構成する諸国が犇めく東の果てに、ひっそりと佇む小島・ベルチ島。
俺はこの島の一角にある、ゼルカの街を拠点にしている。
かなり辺境の地にあり、お世辞にも発展しているとは言い難く、さしたる名所もないので観光客も少ない。
しかしながら、貴重な資源である魔鉱石が取れる関係で、その手の依頼を受けた一部の冒険者にとっては御用達の場所でもある。
だからこそ、だ。
俺は、この島を拠点にせざるを得ない。
大国の都市で大々的にビジネスを営むとなれば、当然皇国にバレるリスクも高まる。
破産は絶対にNGだが、そもそもの話として、『勇者が副業』自体かなりマズい。
皇国に……、特にエルサ女王陛下に知られるのは何としても避けたいところだ。
万が一、誰かが俺の現状を告げ口でもして皇国の耳に入れようものなら、必ずそこに至るまでの経緯も調べられるだろう。
『国を挙げて送り出したはずの勇者が、副業で作った借金返すために副業してます!』など、国辱以外の何物でもない。
そう言う意味でも、皇国にバレるリスクを最小限に抑えながら、冒険者からのある程度の需要が見込めるこの地は、現状俺にとって都合がいいのだ。
コレは今まで散々迷走した上での結論である。
だから、多少の立地の不利には目を瞑るしかない。
一分一秒が惜しいのは今に始まった話ではないが、もはやこんな事態になった以上、時間を無駄にすることは死に等しい。
まず俺は一刻も早く、彼らに伝える必要がある。
そう。
『彼ら』とは無論、俺のために散っていった仲間たちだ。
俺は今一度、彼らの前で誓わなければならない。
戦いに。貧困に。負債に。
一連の災厄に破れながらも決して屈しないという、再起の誓いである。
俺はその決意のもと、シャロを連れて彼らの墓標に急ぐ。




