出来の悪い伝承に踊らされる情報弱者たち
ラムラからの知らせが入り、俺たちは取り急ぎ中庭に向かった。
そうして辿り着くなり、つい先程俺が煽動したと思しき、見覚えのあるジフリン兵数名が睨んでくる。
ゆらゆらと身体を揺らしながらも、辛うじて直立二足こそ保っているが、その瞳孔は完全に開いており、既に手遅れなのではないかと疑いたくなるほどに、仕上がっていた。
そんな敵とも味方ともしれない集団の隙間から薄っすらと、今にも倒れそうなラムラの姿が目に飛び込んでくる。
「ラムラ!」
「サ、サマリア……、ごめ、ん、アタシ……」
彼女はそう溢すや否や、その場にぐったりと倒れ込む。
俺たちはジフリン兵たちをかき分けながら、ラムラに駆け寄る。
すると彼らはそれを咎めるでもなく、サーッと波が引くようにラムラの周りから離れていく。
「大丈夫! ラムラちゃん、気絶してるだけみたい!」
マーレは、早々にラムラの口元と胸に顔を近付けて言う。
ぱっと見る限り、傷のようなものはなく、彼女の言う通り気絶しているだけのようにも見える。
ふと、周辺に目をやると、厭世の氷刃のメンバー3人がそれぞれ横たわっていた。
皆それぞれ、浅くだが息もあり、目立つ外傷もない。
どういう類いの呪詛かは知らないが、一先ずは安心といったところか。
「……皇国の勇者か?」
ジフリン兵たちの間をかいくぐり、一人の魔族が俺たちの前に姿を現す。
人の歳で言えば、20代くらいだろうか。
ネベーラに負けず劣らずの禍々しい黒色のローブで身を覆い、右手には小さめのロッドを携えていた。
その既視感のある風貌から察するに、この男もまた呪術に特化した魔族なのだろう。
だが、そんなことは俺にはどうでも良かった。
男の首からぶら下げられた宝玉が目に飛び込んだ時、俺は反射的に声を上げてしまう。
「ちょっ! おまっ! ソレは……」
「……なんだ。コレか?」
俺に首周りを指さされた男は、一瞬戸惑いながらもその宝玉を手に持ち、見せつけてくる。
ソレを忘れることなど出来まい。
アレは間違いなく、先だってナザレを欺き(未遂)、俺の『悪あがき』に付き合わせるために一役買った宝玉の正規品である。
「……『邪光のアレキサンドライト』、だよな?」
「そうだが……。貴様、人間の分際で知っていたのか? 如何にも。これは我ら魔族における元服の儀を象徴する宝玉、『邪光のアレキサンドライト』だ。我が主君・ネベーラが1000年ほど前より、広めし風習でもある」
戸惑いつつも、男は滔々と言い放つ。
薄々そんな気はしていたが、本当にネベーラという男は余計なことしかしない。
どうしてくれるんだ?
お前のせいで、アレだけ良識の塊だった魔王様が、危うく道を踏み外すところだっただろうが。
そんなTPOを弁えない思考に耽る俺を、目の前の男はただただ黙って怪訝な目で見つめていた。
「そ、そうか。いや何でもない! そんで……、ネベーラの眷属ってのはお前か?」
「如何にも……。呪術師・ラアトだ。女たちについては案ずるな。『混絶』の念でしばらくの間眠ってもらっているだけだ。しかし、貴様のその様子を見るに……、我が主は殉職されたのか?」
ラアトと名乗るこの男は、聞かれるより先にコチラが求める情報を、矢継ぎ早に提供してくる。
かと思えば、自身の上司の無事をどこか他人事のように尋ねてくる。
この男の様子を見るに、真っ向から対立する気はないのだろうか。
「……あぁ、悪いな。このまま生きていられると、都合が悪いんでな。ヤツには死んでもらった」
「貴様は勇者だ。当然の顛末と言えよう。しかし、そうか。とうとうあの方も召されたか……。一つの時代の終焉だな」
遠い目でそう溢すラアトの姿は、怒りや悲しみの類いというより、どこか胸を撫で下ろしているかのようにすら見えた。
「……何だよ。てっきり出会い頭に襲われるかと思ったが。拍子抜けだな」
「本来であれば、そうすべきなのであろうな……。だが主を失った今、もはや私に貴様を討つ理由はない」
「そうかよ……。んじゃよく分からんが、お前には敵対の意思はないってことでいいんだな?」
「そう捉えてもらって構わぬ。……時に皇国の勇者よ。やはり貴様は『伝承』について知らぬのだな?」
「ネベーラが言ってたアレか? 何かコイツと関係があるのか? あっ。一応言っておくが擬態はしているが、魔王のアレだ」
俺は言葉を濁しながら、後ろで控えていたシャロを引っ張り出す。
するとシャロは、キョロキョロと周りを見渡した後、『どうも』と小さく会釈する。
ラアトはそれに返答するでもなく、じろりと目を凝らし、値踏みするかのような視線を彼女に浴びせる。
「女魔帝の……。あぁそうか。となると、そこの小娘は『至高』に達しているというのだな?」
「だから何なんだよ? その、『至高』ってのは。元々話すつもりもなかったんだろうが、ネベーラたちの目的も有耶無耶な感じだったしな。結局、アイツらは何がしたいんだ?」
「……本当に何も知らぬのだな」
ラアトはそう呟くと、頭を掻き、呆れるように溜息を漏らす。
「……そういうお前は何を知ってんだよ?」
俺の問いかけに、ラアトは再び気怠げに息を吐く。
「皇国の勇者よ……。これは、前段の問いだ。貴様は何故、勇者という身でありながら、我が主たち三大魔神官の存在を知らなかったのだ?」
ラアトにそう問いかけられ、咄嗟に返す言葉を失う。
奇しくも、それは俺自身ずっと心の奥底で引っ掛かっていた疑問だ。
そして、俺はその質問への答えを持ち合わせていない。
「そんなの……、お前らがアバドと仲違いしているからじゃねぇのかよ?」
言っていて自覚してしまう。
こんなものは、見当違いもいいところだ。
俺の苦し紛れの回答に、ラアトは怪訝な表情を崩さなかった。
「それは飽くまで、我ら魔族側の都合だ。貴様とて、それが分からぬほど愚鈍ではなかろう? 我らが真に人族に仇なす存在なら、貴様は真っ先にその前線に立たされていたはずだ。それにも拘らず、貴様は我が主たちを差置き、現帝の元に辿り着いた。これをどう見る?」
アバドは三大魔神官たちとは折り合いが悪いとは言っていた。
加えて、ネベーラのヤツがこれからは『融和』の時代と宣っていた。
その障害となるのが、勇者の俺と魔王のアバドなのだとしたら、そこから導き出される答えは、必然的に……。
「……要するに、三大魔神官は人族の一部と共闘して、俺やアバドを陥れようとしてるって言いたいのか?」
そう問いかけると、ラアトはコクリと静かに首を縦に振る。
「もっとも……、断言は出来ないが。私は一介の眷属に過ぎない。我が主が内々で進めていた計画とやらも、具体的に何を示すのかは知らぬ。この任を授かったのも、私が一族で唯一の『増強』の念の使い手だったというだけだ。我ら末端は、上層が決めたことにただ黙って従うほかないのだ。もはや我ら魔族の全ては、現帝でなく三大魔神官の胸先三寸で決まると言っていい」
「だったら……、何を証拠に言ってんだよ?」
「……伝承から逆算した結果よ。さすれば自ずと辻褄が合うのだ」
そこからラアトは、魔族の間で広まっている『伝承』について話し始めた。
今より遥か昔。
当時皇位のあった魔族の王と、エチェドを主神と崇めるとある国の女王が恋に落ちた。
しかし人族と魔族は、当時としても水と油のような間柄だったようで、二人の縁組は双方にとって歓迎されるものではなかった。
一族から強く反対された二人は、今後一切の接触を絶たれてしまう。
それでもなお、激しく燃え上がる恋慕……。
二人が皇位を捨て、行方を眩ますまでには時間が掛からなかった。
その後。
双方から、取り分け人族側からエチェドの意思に背いた罪を咎められた二人は、『反逆者』として追われる身となってしまう。
そうして身分を隠しながら逃亡生活を送る中、命からがら、このジフリンの地に辿り着く。
彼らがココを選んだのは、エチェドの信仰とは無縁のこの地であれば、追手の目も及ばないと考えたからである。
だが、現実は無情だった。
二人がジフリンへ辿り着く頃には、既に人族側の根回しは済んでいたのだ。
犯罪人引き渡し条約の締結により、ジフリンの人々からも追われる身となった二人は運命を悟る。
程なくして二人は、ツェフリーム城から遠く離れた海沿いの祠で、とある一人の若者によって発見される。
しかしそれは、魔王の魔法により、心中を遂げた後だった。
二人の遺体の傍らには、彼らが死に際に産み落としたと思しき赤ん坊がいたと言う。
『人族・魔族の永久の共栄を』という、一枚の端書きとともに……。
赤ん坊は、彼らの亡骸を発見したその若者によって保護される。
そして、その十数年後。
成長した赤ん坊が、かの国の圧政に抵抗するために革命を起こし、建国したのがヴィジュニッツだと言う。
「……いや、ちょっと待て! 無茶苦茶にも程があんだろうが!」
話の途中、俺は思わずラアトの言葉を遮る。
『伝承』という割りには、偉く具体的だ。
こんな話、大臣のラモンにでも聞かせたら、発狂案件だろう。
それだけ突拍子がないというか、騙すにしても些か出来が悪いというか、率直にいって稚拙な作り話にしか思えなかった。
大きな嘘ほど大衆を煽動しやすいとは言うが……。
ラアトはお察しとばかりの溜息を吐きつつ、コクリと小さく頷いた。
「そうだな……。俄には信じ難い話だ。だがこの話が、一部の魔族の間で千年以上に渡り、真しやかに伝わっていることは事実だ」
「いや、だからってな……。それがホントなら、皇国の国王は代々魔族の血を受け継いでいるってことになるんだが……」
「貴様が訝しく思うのも、無理はない……。かくいう私とて、未だにその信憑性を疑っているくらいだ」
「だろうな……。魔族にとっても面白い話じゃねぇだろ?」
「いや……、一概にそうとも言い切れないのが厄介なところよ。話はこれだけではないのだ」
それからラアトは、ぽつりぽつりとその先の話を続けた。




