俺に未来ある少女に説教を垂れる資格はまだ残されているのだろうか
ネベーラが残した不穏な言葉を裏付けるように、ラムラから知らせが届く。
どうやら、卜リスク砦の守りにあたっていた一部の兵士が暴走し、城内に火を放ったようだ。
今思えば、当然の顛末と言っていいのかもしれない。
概ね、コリッツの私兵だけでなく、ジフリン正規軍の兵士にも、ヤツの『恭順』の念が掛けられていたのだろう。
そして、アバドとの茶番の際にコリッツ兵に扮し紛れ込んでいたヤツの眷属が、そのトリガーを引いた……。
ヤツらの目的は、最初からコレだったのだ。
……ココからは完全な憶測になる。
ネベーラたちが、わざわざコリッツ商会を噛ませたのは、恐らく当てが外れたからなのだろう。
『融和』だの何だの宣っていたネベーラの話し振りから察するに、当初は本当に友好関係を築こうとしていたのかもしれない。
ところが、ヘルツ公爵は首を縦に振らなかった。
いくら連邦離脱派だとは言え、さすがに魔族と共闘することには抵抗を覚えたのだろう。
だからネベーラとしても、コリッツ商会を介して侵攻し、間接的な統治の体を取らざるを得なかった……。
そう考えるのが妥当だ。
とは言え、ネベーラたちが『融和』に拘る理由も分からなければ、そもそもジフリンに固執する理由も思い当たらない。
百歩譲って、『連邦方面軍総司令官』とやらの職責を果たすためというのであれば話は分かるが、端からあの調子ならヤツの役職も事実上の閑職だろう。
『伝承』とやらと、関係があるのか。
もしくはシャロの能力と、何か繋がりがあるのだろうか。
疑問が疑問を生む現状に辟易としながらも、俺たちはラムラたちの救援のために卜リスク砦へと引き返した。
城内に入ると、既にそこかしこから火の手があがっており、ヤツらの呪詛が及んでいない兵士が逃げ遅れた非戦闘員を誘導していたり、皆が皆、忙しく動いていた。
ラムラの話では、ツェフリーム城からの援軍の中に『厭世の氷刃』の連中もいたらしく、彼らと連携して、暴走した兵士たちを砦の中庭まで誘導することまでは出来たらしい。
だが、呪詛によって強化された兵士たちは思いの他手強く、ラムラたちをもってしても、かなり手こずっているようだ。
「ラムラたち、大丈夫かな?」
小走りで中庭へ向かう最中、シャロはふと、そう溢す。
「厭世の連中もいるみたいだし、そこまで心配することはないだろうが……。何分、ヤツの眷属がインチキしてるみたいだからな。ソコら辺は未知数だ」
「そ、そっか……。あのさっ! その人たちの呪いって、いつ掛けられたられたのかな?」
そう問いかけられ、俺は彼女が何をしようとしているのかを悟った。
「……そいつらを治そうとしてるのか?」
「……うん。サマリアに掛かってたヤツは解けたんだし、多分大丈夫だと思う。サマリアだってさ……、ホントは殺したくないんでしょ?」
シャロは俺の顔色を窺うように、どうにも分かったような口を利く。
本当にマーレのヤツは、あの短時間でどこまで話したというのか。
絶賛惰眠を貪り中の彼女を背中に負いながら、そんなことをふと考えた。
「……まぁ確かに。一応、そいつらも人間だしな。無為に殺す理由はねぇよ」
「でしょ!? ならっ!」
シャロは俺の返答に、目を爛々と輝かせる。
どうやら彼女は、本当に人間たちを助ける気でいるらしい。
彼女のその平和ボケさながらの能天気具合に、苛立ちに近い何かがこみ上げてくる。
「シャロ……。もう一度言うが、人質ってお客様って意味じゃねぇからな? この三百年間、人間と魔族は争ってきたんだ。お前の仲間だって、これまで俺や皇国の連中に山ほど殺されてきた。それは分かんだろ?」
こんな指摘は、ことこの作戦において、蛇足以外の何ものでもない。
ただ、どうにも口が止まってくれない。
事情が事情がゆえ、今はこんなことになってはいるが、俺にだって魔族に対して一物も二物抱えているのだ。
そんな八つ当たりにも等しい物言いをする俺を、彼女は憐れむような視線で見ていた。
「……ネベーラたちは、仲間じゃない」
「あぁ。そうなのかもな。お前やアバドと、三大魔神官の間に具体的に何があったのかは知らん。だがな……。どんなにクソな組織の中にも、一つくらい共有している価値観ってモンがあんだよ。ネベーラたちはどうか知らんが、アバドの動向を知らない他の下々の魔族にとっちゃあ、俺や皇国なんて仇でしかねぇ。ソレを徒に無碍にするような真似は、極力避けた方がいい。いらん恨みを買う危険があるからな。勇者の俺が言うのもどうかと思うが……」
「そ、そんなん……、サマリアだって同じじゃん! サマリアだってお姉ちゃんとあたしのこと助けてくれた。……何が違うのさ?」
「俺とお前が同じ? 全く違うね。俺のは完全に私情だ。皇国を裏切っている自覚はあるし、ましてや善意でやってるつもりなんて更々ない。もちろん、最後まで嘘を吐き通す気ではいるが、最悪磔にでも何にでもなるつもりではいる。お前にそこまでの覚悟はあるのか?」
「そ、それは……」
少し強めにそう言うと、シャロは意気消沈してしまった。
そんな彼女を見て、コリッツの連中を焼き払った時とはまた違う種類の後ろめたさのようなものが、頭を掠めた。
俺はそれを誤魔化すように、言葉を紡ぐ。
「……お前は俺に感謝していると言ったが、それはお互いの利害が偶々一致した結果に過ぎない。だからそれは気の迷」
「じゃあ要するに……、利害が一致してればいいの?」
俺の言葉に被せて、シャロは切り出す。
「じゃあさ。こうしようよ! あたしにとってネベーラは敵。もちろん、その眷属も。てことは、あたしにとってジフリンの人たちは敵の敵……、要するに味方ってことになる」
「まぁ……、考えようによっちゃそうなるな」
「でしょ? それでサマリアは勇者として、ジフリンの人たちを殺したくはない。あたしとしても味方には少しでも多く生き残っていて欲しい。どう? 利害、一致してない?」
彼女のその言い回しには、拙いながらも気配りのようなものを感じた。
必死に言い包めようとする彼女のある種の真っ直ぐさに、俺はふっと、口角を上げざるを得なかった。
「詭弁も良いところだな……。だがまぁ、その提案には一考の価値がある、かもな」
そう言うと、俺のその言葉を待っていたかのように、シャロの表情はくしゃりと緩む。
「そっか! でもサマリアがそう考えるのも、何か分かる気がする……。じゃあ、あとは呪いを掛けられてから、どの位時間が経ってるか、だね!」
「そうだな……。とりあえずは、コリッツの連中より最近だってことは確かだろうよ。可能性として考えられるのは、国家非常事態宣言が出された後、私兵を送り込む時に……ってのが一番自然だな。どんなプロセスかは知らんが」
「そ、そっか。じゃあもしかしたら……」
シャロは意を決するように、その小さな拳を握り込む。
やはり彼女を見ていると、魔族とは何なのかを改めて考えさせられる。
そんな時ふと、俺の背に居座る客人に、強く太ももを蹴りつけられる。
「痛っ!? おいコラ、ふざけんなっ! 寝ぼけてんのかぁ!?」
俺は背中を揺らし、すっかり夢の住人に成り果てたマーレに呼びかける。
「ん〜? サマり〜ん? おはよ〜」
「……気持ちよく寝てるところ悪いんだけどよ。そろそろ起きてくれないか? コッチは今、絶賛めんどいことになってんだよ」
「メンドイこと? それってサマりんが撒いた種?」
「……半分正解で半分不正解だ。つーかもう色々拗れ過ぎてて、責任の所在を辿っていけば、歴史の教科書を作れるまである」
「ぷっ。なにそれ! でも……、そんなよく分からない状況でも何とかしちゃうのがサマりんだよね〜」
「……信頼の証に見せかけて、適当に言ってるだけだろ。お前の遣り口なんてお見通しなんだよ」
「あ。バレた? どうも〜。私が女王エルサで〜す。愚民ども! 魔王討伐に行きたいかぁーっ!?」
「本家がンなこと言うワケねぇだろ……。不敬にも程があんだろうが。モノマネすんなら、せめて最低限の解像度をだな」
「あははっ! 出た出た! たま〜〜〜に、発揮するサマりんの常識人ムーブ! あんましお堅いこと言ってっと、ウチの娼館のお客さんみたいにモテなくなっちまうぞ〜」
マーレはそう言うと、嬉しそうに俺の太ももを二、三度蹴りつける。
「だから痛ぇっつの! あとナチュラルにお客様をディスんな! 俺たちの大事な大事な生命線だろうが! お前、酔ってんのか!?」
マーレは質問に応えることなく、悪げもなく俺の腕元で足をぶらぶらと動かす。
そんな彼女に対し、シャロは珍しく眉間に皺を寄せ、怪訝な視線を浴びせる。
「あれ? シャロちゃん、やっぱ怒ってる? ごめんって! アレだよね? サマりんの背中独占しちゃってるからだよね?」
「ううん、ソレはどうでもいい。それよりさ……、マーレ。一つ聞いてもいい?」
「ん? 何かな?」
「マーレってさ……」
シャロがそう言い掛けた時、再度ラムラから念話が入った。
【厭世の氷刃がやられちゃった……。あ、あとアタシももう……】
それだけ言い残し、ラムラの念話は切れてしまう。
俺たち三人は顔を見合わせると、何をいうでもなく全速力で中庭に向かった。




