オッサンの発する猫なで声ほどキツいものはない①
俺たちが本部の屋敷に着く頃には、事態の物々しさはより増していた。
正門広場には、コリッツの私兵たちが中央の噴水を取り囲むように、隙間なく埋め尽くしていて、臨戦態勢は万全のようだ。
数にして、ざっと1000名弱といったところか。
卜リスク砦にいた兵士より多いことは目視であっても明らかで、屋敷の規模も然ることながら、この国の政治的なパワーバランスの歪さを物語るようにも思えた。
「このまま……、正面からいくの?」
正門近くの茂みで、そんな光景を目の当たりにしたシャロは、露骨に尻込みをする。
しゃがみ込むその足も、小刻みに震えている。
暗に他のルートを探すよう、催促しているのだろうか。
「……つってもなぁ。わざわざ裏口回って、不意突くか? なんかそれは卑怯じゃね? 俺、一応『勇者』だしな。喧嘩吹っ掛けるにしても、もうちょいスマートな感じが良いんだけど。これ以上、余計なところでお前らからの評価落としたくないしな」
「今更、そこ気にするんだ。てか、まだ落ちるような評価残ってるの?」
シャロは、ナチュラルに辛辣な言葉を浴びせてくる。
これもひとえに、この短期間で築いた彼女からの信頼の証であると虫の良いことを考え、俺はスルーした。
「あ! ねぇサマリア! アレ! 見てっ!」
何かの異変に気付いたのか。
シャロはコツコツと俺の右肩を叩き、中央の噴水付近を指差す。
「ん? どうした……、って!? えぇ!?」
「あれ……、マーレ、だよね?」
彼女に促された方を向くと、大人二人分の背丈ほどの高さの磔台に、ぐるぐるに縛られたマーレが、見せしめとばかりに晒されていた。
「何か……、めっちゃ寝てるな」
「うん。すごい気持ちよさそう」
概ね、俺との念話の後、そのまますぐに落ちたのだろう。
確かに、眠そうにしてたもんな……。
こうして、ご丁寧に伏線を回収してくる辺り、やはり彼女はあらゆる意味で『しっかり者』だ。
だがそれでも、ちゃんと彼女の居場所が分かって良かった。
彼女の幸せそうな寝顔を見て、呑気にもそんな感情が芽生えた、その時だった。
のそり、のそりと。
50代ほどの壮年の男が、俺たちが隠れる茂みの目と鼻の先まで歩みを進め、私兵たちの前に立つ。
漆黒の法衣を身に纏い、首から胸にかけて提げられた禍々しいほどに大きなロザリオ。
加えて、先端に両翼を広げた悪魔があしらわれたロッド。
その如何にもな風貌を見て、俺の中で一つの答えに辿り着くのは、必然だった。
「なぁ……、アレってまさか」
隣りで打ち震えるシャロに問いかけると、彼女は静かに首を縦に振る。
「う、うん。ネベーラ……」
シャロのその返答を待ち合わせていたかのように、ネベーラは私兵たちの前で演説を始めた。
「コリッツ商会の皆様方。この度は、よくぞお集まり下さいました。これより始めるは、まさに聖戦。我々魔族と、皆様方人族の共栄を勝ち取る戦で御座います。思えば、この数百年。魔族と人族は争い続けて参りましたがそれも……」
ネベーラは落ち着いた口調で、どうにも釈然としないことを滔々と述べる。
魔族と人族の共栄?
そんな話、エルサ陛下からも聞いたことはない。
その後も口上は続くが、あまりに馴染みのない話の連続に、全くと言っていいほど頭に入っていかなかった。
「……さて。では具体的な方策となりますが……、ん? ややっ!? シェオル様ではございませぬかっ!? それに、そちらに御座しますのは皇国の英雄・サマリア殿では!?」
ネベーラの口上が佳境に差し掛かった、その時だった。
迂闊にも、正門の陰から身を乗り出していたことが祟り、視界に入ってしまったようだ。
その瞬間、シャロの顔色はサーッという擬音を発する勢いで、みるみるうちに血の気を失っていく。
ネベーラは、そんな彼女に構うことなく、嬉々とした表情で俺たちに近付いてくる。
ブルブルと打ち震えるシャロを前に、俺は庇うように右腕を前に差し出した。
すると彼女は縋るようにギュッとその腕を掴み、俺の陰に隠れる。
「……ネベーラっつったか? 一応聞いておくが、どうしてコイツが魔王の妹だと分かった?」
俺がそう問いかけると、ネベーラは弓のように目を細める。
「おやおや。それを聞かれるということは、擬態の原則について知っているのですね! なぜあなたが、そのような我ら魔族最高クラスの対外秘をご存知なのでしょうか? 今この場に、シェオル様とおられるというのも随分とおかしな話ですね〜。このような事実が有象無象に伝われば、皇国としても由々しき事態でしょうに」
「心配してくれるのは有り難いが、それは杞憂ってヤツだ。なんせ、お前にはココで死んでもらうんだからな。コッチはお前さんの上司からも、ゴーサインを頂いてんだよ」
そう言って俺は立ち上がり、剣を構える。
しかし、ネベーラは意に介す様子もなく、不敵に笑い出す。
抑えつけるかのようなその笑声は、耳鳴りするばかりに甲高かった。
「クククククク」
「……んだよ」
「いえいえ。別段、他意は御座いませんよ。かの皇国の象徴ともあろうお方が、異な事をおっしゃると思いましてね」
「白々しいことを……。お前がコリッツの連中を焚き付けて、マーレの店を嗅ぎ回ってたことは分かってんだよ。何が目的だ? シンプルに営業妨害か?」
「まさか! 心外ですねー。我々はそのような俗なことではなく、崇高な大戦略に基づいて、動いているのです」
「『崇高な大戦略』、ねぇ……。何だか知らんが、そんなに立派なビジョンをお持ちなら、コリッツみたいなゴロツキどもより先に共有するところがあんだろ。お前も一端の大人なら、報・連・相をだな」
「ふふ。一介の勇者ふぜいが小賢しいことを……。それこそ、白々しいというものですよ。我らがあの女魔帝を認めていないことなど、とうにご存知なのでしょう?」
「けっ。何が、勇者ふぜいだよ。その勇者ふぜいを、わざわざここまでおびき寄せたのは、どこのどいつだ?」
アバドやシャロの話から考えるに、俺たちはものの見事に誘い込まれたと言わざるを得ない。
ベルチへの侵攻も。コリッツへの接近も。
全ては俺とアバドが繋がることを予期した上で行った、マッチポンプだったのだろう。
連邦の国防体制改革も。国家非常事態宣言の発布も。
端から、この男の意図するところだったのだ。
ネベーラたちの具体的な目的は分からない。
だが少なくとも、奴らの『大戦略』とやらは、俺とアバドが繋がる以前から始まっていた。
そう考えるのが妥当だ。
であればなおさら、俺はコイツを生かしておくわけにはいかない。
「……腐っても人類最終兵器、といったところでしょうか? やはり既にお気付きのようですね。しかし、それではまだ50点の回答です」
「……は? どういうことだ?」
そう問いかけると、俺の動揺を読み取ったとでも言いたげに、ネベーラは満足そうに微笑み、コホンと咳払いをする。
「はてさて! 私としたことが、挨拶を忘れておりました。如何にも……。私は魔王軍、ハバド連邦方面軍総司令官、ネベーラと申します。以後、お見知りおきを」
ネベーラはそう言って、深々と頭を垂れる。
その後、ゆっくりと。
俺の身に隠れるシャロに向き直り、その左手を差し出す。
「……シェオル様、ご無沙汰しております。呼んで下されば、お迎えに参りましたのに。これまでご不便だったでしょう。さぁさ。どうぞこちらへ」
ネベーラのその申し出に、シャロは俺の身体を盾に取るようにして後ずさりをする。
そんな彼女を前に、ネベーラはニヤリと不気味に口角を上げた。
「おやおや。そこの勇者に攫われたことが、よほど堪えたのでしょうね。全く……。あなた様の姉君は、これまで何をしておられたのでしょうか? やはり、外様の女子ふぜいに出来ることなど、端から知れているのです」
「お姉ちゃんのこと……、悪く言わないでっ!」
ネベーラの煽りに、シャロは俺の陰から僅かに顔を出し、啖呵を切る。
それに乗じて、彼女が俺の腕を握る力も上がった。
するとネベーラはすーっと表情を消し、温度のない視線をシャロに向ける。
「……シェオル様。大変僭越ながら、申し上げておきます。衰退の一途を辿る魔族がここまで辛うじて生き永らえているのは、我ら三大魔神官の働きあってこそのもの。それもひとえに、現帝であるアバド様が数百年にも及び、魔族の長としての職責を怠って来られたから。それはご理解いただけますね?」
「そ、それは……、あなたたちがお姉ちゃんに協力しないからでしょ!?」
「はてさて? 何を根拠にそのようなことを……。事実、私はこうして彼らと協力関係を築き、長年の戦いで損耗した我ら一族が体制を立て直すための土壌を作ろうとしているというのに。よいですか? シェオル様。これからは『対立』ではなく、『融和』の時代なのです。仮にもあなた様は、有力な後継者候補のお一人なのですから、いつまでも短絡的な物の見方をされていては困りますよ」
「そ、そんなこと言って、ホントはお姉ちゃんのこと殺そうとしてるクセにっ!」
シャロがそう叫ぶと、ネベーラは辺り一杯に響き渡る声で、高らかに笑い始める。
「……えぇ。当然ではないですか。一族の繁栄を第一に考えてこそ、真の指導者というもの。アバド様にそれがかなわぬとなれば、たとえ力ずくであっても退いていただくのが筋。それに我らにはもっと高尚な」
限界だった。
俺はネベーラのその先の言葉を待たず、突き出されたネベーラの手を強く払いのける。
「なぁ、もういいだろ? そろそろ俺の相手もしてくれよ」
「……サマリア殿。今シェオル様と大事なお話をしている最中で御座います。あまり乱暴な真似はしないでいただきたいですね」
「乱暴、ね……。ガキ相手に、恫喝紛いのことをしてるヤツに言われても説得力ねぇわな」
「ふっ。小癪な……。言っておきますが、あなたが皇国に極秘になされていることを、こちらは承知しているのですよ。『ウリエルの聖剣』は、どうされたのですか?」
「……知ってんならわざわざ聞くんじゃねぇよ」
「さようですか。このようなことが万が一皇国に伝われば……、大変ですね」
「そうだな。だからさっきから親切に言ってんだろ。『ココで死んでもらう』ってな」
「口封じ、のつもりですか? これだから蛮族は始末に困りますね……。それではサマリア殿。先程のご質問にお答えいたしましょう。どうかシェオル様も、心してお聞き下さい。実はつい先日、さる高貴なお方から、『呪王』の位を正式に叙位されましてね。これがどういうことか、分かりますか?」
ネベーラはそう言うと、不敵な笑みに拍車を掛ける。
「それはつまり……、この私、ネベーラは魔族を束ねる魔王に並ぶ存在である、ということ! たとえ現帝の妹君であっても、今の私にとっては格下なのです!」
ネベーラはそう宣言すると、右手に持ったロッドを天高く掲げる。
「……口上はそれで終わりか? なるほどな。だからシャロの擬態を見抜けたってワケか。それとな。クレームの意味も込めて、言っておく。擬態だが何だか知らんが、お前のマーレの真似事、客観的に見て相当キツイぞ? 猫なで声の発生元がイイ歳したオッサンだった……、なんざ考えただけで鳥肌モンだ」
「ふっ。減らず口を……。いいでしょう。あなたのその安い挑発に乗って差し上げましょう」
ネベーラはそう言って、ロッドを掲げながら、何やらブツブツと詠唱を始めた。
「っ!? サマリア! 聞いちゃダメ!」
シャロにそう警告された時には、既に手遅れだった。
敵目掛け、高く振りかざした右手は突如硬直し、剣を握ることすら困難になっていた。
もはや立っていることもかなわず、俺はそのままネベーラの足元近くに無様に倒れ込む。




