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「勇者・サマリア……。よくぞ、我を……、打ち破った……。よもや現し世で、これほどまでの俊士を垣間見るとは、思わなんだぞ……」


 人類の往年の宿敵、魔王・アバドは床にへたり込み、妖艶な肢体を悠然と揺らしながら言う。

 尊大な態度とは裏腹に、その褐色の肌は至るところに傷を帯び、呼吸も荒い。

 残雪のような美しい白銀の髪からは、ぽたぽたと血潮が滴り落ち、辺りを赤く染める。

 おおよそ『魔族の王』らしからぬ彼女のその風体を前に、俺は小さく息を呑んだ。

 これが数百年間に及び、人類を混沌に陥れた元凶の最期かと思うと、否が応でも武者震いを覚える。

 いよいよ、だ。

 これで……、全てが終わる。

 

「……三百年間、ヴィジュニッツ皇国が総力を挙げても屈しなかったお前にそう言われるのは、掛け値なしに光栄だと思うよ」


 俺の言葉に、アバドは不敵な笑みを浮かべる。

 さすがは、父系社会とされる魔族の中で『女魔帝』にまで上り詰めた傑物、といったところか。

 死の淵にいることを悟りながら、最期の最期まで()()()とする彼女の態度には、敵ながら敬服するばかりだ。


「褒美じゃ。この首、お主にくれてやる……」


 アバドはまるで茶化すかのように、その首をトントンと、力なく叩く。

 彼女のその潔さを目の当たりにした俺は、それに応えるように切っ先を彼女の喉元に突き付ける。

 

「……せめてもの情けだ。楽に逝かせてやるよ」


「……来世で相見えようぞ」


 彼女がそう言ってニヤリとほくそ笑んだのを合図に、俺は剣を振り下ろす。


 その時。

 

 俺は、これまでの旅路に思いを馳せる。


 故郷・ヴィジュニッツを発ってから、早3年。


 身寄りのない戦災孤児であった俺の才覚を見抜き、勇者にまで引き上げてくれた女帝・エルサへの恩に報いるため、遮二無二やってきたつもりだ。


 どれだけ、この瞬間を待ちわびただろうか……。


 思えばこれまで、あまりに多くのものを犠牲にしてきた。


 まず以て旅の道中、俺の支えとなり、そして無念にも()()()()()()仲間たちへ伝えたい。


 勇者・サマリアは、いついかなる時も、彼らの志とともにあった、と。


 だが、それも今日までだ。


 彼らの雪辱も、今この時をもって果たされるのだ。


 明日からは……。


 アシタ……。




 ……アレ?


 ひょっとして、コイツが死ぬっつーことは、俺が皇国に隠れてシコシコやってる、冒険者向けサイドビジネスの需要もなくなるってこと!?


 いや、でもそれも当然か? ん?


 そりゃあ常識的に考えれば、『魔王が討伐される=世界が平和になる』、だからな。


 だがそれは少し、というかかなり……、いや、非常にマズい!


 俺には借金がある。


 それも、個人で背負うにはあまりにも莫大な額の。


 あぁ、もうそりゃ一国の王もドン引きするほどのレベルで、だ!


 無論、それは俺がこの先勇者を引退し、普通に働いたとて返済し切れるものではない。


 これも旅の資金を捻出するため、数多くの副業に手当たり次第に手を出しては失敗し、積もりに積もった結果だ。


 今や利払いだけで、かろうじて()()を出している事業の日銭の、大半を食い潰している始末である。


 『とんだクズ勇者め。地獄に堕ちろ』と、罵声の一つも浴びせたくなる気持ちも分かる(というより、既にちゃんと借金地獄には堕ちているから、その辺は安心して欲しい)。


 『んなモン、国に何とかしてもらえよ。勇者なんだから』などと、外野だからこそ言える正論めいた戯言で、一端に世話を焼いてやった気分になりたくなるのも、まぁ分かる。


 だが、少し待って欲しい。


 俺には、国に頼れない事情があるのだ。


 というのもヴィジュニッツは、人口・軍事・経済規模、どれをとっても世界で1、2を争う、紛うことなき大国である。


 場合によっちゃあ、『覇権国家』などと囃す自称有識者もいるくらい、各国への影響力も絶大だ。


 世界が混沌を迎えている中、言わば『勝ち組』であるヴィジュニッツが只々指を咥えて見ていられるのかと言えば、そうは問屋が卸さない。


 むしろ、最前線でその討伐の一翼を担わなければならないのだ。


 そんな調子で数百年間にも渡り、軍事支出を拡大し続けてきた結果、国の財政はすっかり疲弊してしまった。


 現在では、急激な物価高騰に人々は喘ぎ苦しみ、かつての旺盛は鳴りを潜めている。


 当然そんな状況では、報奨金の類は期待出来ず、ましてや『副業で作った多額の借金を建て替えてくれ』とは、口が裂けても言えるはずがない。


 こういう事を言うと、『じゃあもう破産しちまえよ! めんどくせぇ!』などと軽はずみに宣う輩も出てくるだろうが、そんな痴れ者には『今すぐ竜の炎にでも焼かれて雲散霧消しやがれ!』と言って、中指を突き立ててやりたい。


 国家の象徴たる勇者が、破産?


 笑わせんな!


 万が一、そんなことが表沙汰になれば、俺の信用に留まらず、ヴィジュニッツの権威までもが、地の底に失墜してしまう。


 こちらは仮りにも、『皇国の対魔王最終兵器』で通っているのだ。


 であれば、その名に恥じない相応の風格が求められるワケである。


 今現在手掛けているビジネスを、軌道に乗せるのは言うに及ばず。


 俺は、この絶妙な状態を維持したまま、今一度練り直さなければならない。


 八方塞がりの現状を一転させる妙案を。


 結論。


 コイツを倒せば、俺も終わる。


「やーめたっ! バカバカしい!」


 俺はそう吐き捨てて、手持ちの青銅製の安物の剣を放り投げる。

 思えば、世界に一つ、勇者だけが扱えるとされる『ウリエルの聖剣』を質屋に入れてからというもの、二束三文にもならないこの剣が俺の相棒だった。

 そう。二束三文にもならないからこそ、ある程度は雑に扱えるのだ。

 

 カラン、カランと。

 俺が放り捨てた剣は、アバドの居城であり、魔族最後の拠点であるサトマール砦の城内に甲高い音を響かせる。

 その空虚な音は、かつて『殺戮の女魔帝』と謳われた、かの麗人すらも沈黙させた。

 目を真ん丸にさせ、口を開け放しに。

 生涯の仇敵たる勇者の俺の前で、保けた表情を惜しげもなく晒す。


 俺はそんな彼女の前にしゃがみ込み、じっくりとそのアホ面を眺める。


「……何の真似だ?」

「何のマネでもねぇよ。そのままの意味だ。お前を倒すのは止めるつってんだ。あっ。そうだ。回復してやる。ハイ・ヒール!」

「いやだから、何のマネだっ!?」


 俺の放った治癒魔法により、アバドの傷口はみるみる内に塞がっていく。

 しかし、彼女はそんなことはどこ吹く風とばかりに、目の前の俺に対し、ただただ怪訝な視線を注ぐ。


「……どうやらお前は、このまま潔く最期を迎えてレジェンド? 的な何かになるつもりのようだが、悪ぃな。コッチはコッチで、イロイロと都合があんだよ。今お前に死なれたら、困る。ただ、それだけのことだ」

「き、貴様……、正気か?」

「正気、か……。思えば俺があの時正気だったら、あんないらん失敗をしなくても済んだのかもな……」


 俺がそう言って遠くを見ると、アバドは辺りをキョロキョロと見渡し、その疑心暗鬼を加速させる。

 よもや現し世で、これほどまでの彼女の姿を垣間見るとは思わなんだ(棒)。


「な、ならば、我はどうなるというのだっ!? 勇者にその身を生かされたと なれば、我のために散っていった眷属どもに示しがつかぬ……。我には……、我には、魔族の王としての誇りがあるのだ……。このまま生き恥を晒すわけにはいかぬっ!」


「あーあー、うるせぇうるせぇ! どーでもいいんだよ、そういうの。めんどくせぇ。テメェは、その1銅貨にもならん魔族論を声高に叫ぶヒマがあったら、実際に何かしらの()()を生み出しやがれってんだ!」


「価値……、だと? お主、何が言いたいのだ?」


「……いいか? お前には、今この瞬間から俺の指揮下に入ってもらう。これからは全て、俺の指示通りに動け。分かったな?」


「き、貴様っ!! 我に眷属になれと申すかっ!?」


「チゲーよ、バカ。いいか!? 俺は今日、お前に()()()()負けた。まぁ要するに、お前の判定勝ちってところだな。いいな? この、惜・し・く・も、ってところ! 重要だぞっ!? ヴィジュニッツが国運を賭して育て上げた勇者が手も足も出なかった……、なんてことだと、それはそれで心証が悪いからな!」


「お、お主は……、さっきから何を言っているのだ?」


「それで、だ! 破れた俺は()()()()()、拠点にしている街へ舞い戻る。そこで俺は、街のヤツらにこう伝えるんだ。『魔王アバドは、想定以上の強さだった。ヤツを倒すには今しばらく時間が掛かりそうだ』と」


「……我にこのまま魔族の王を続けろと言うのか?」


「だからさっきからそう言ってんだろ。そんでもってお前にはその後、俺が都度都度指示した国に()()してもらう」


「し、侵攻だとっ!? 酔狂にも程があろう!? 我が言うのもなんだが、お主には勇者としての矜持はないのか!?」


 アバドは勢いよく立ち上がり、一分の隙もない正論を言い放つ。

 返す刀になるが、彼女には魔王としての矜持はないのだろうか。

 

「俺だって、こんなことがしたくて勇者になったワケじゃねぇよ……。だがなっ! くれぐれも言っておくが、()()ってのは、飽くまでポーズだ! 民衆に危機感を煽る。コレが目的だ! だからどんなにエスカレートしたとしても小競り合い程度に留めろ! 死人なんて出したら許さねぇからな!」


「それこそ酔狂というものだろうが……。意図は何だ、意図はっ!?」


「意図、か……。そうだな。平たく言えば俺が俺である内は……、勇者の身分である間は、()()()()()。そういうこった!」


「意味が分からん……」


「それとだな……、ん? なんだ? ソレ?」


 その時、アバドの玉座の影で、ブルブルと小さく小刻みに震えている()()に気付く。

 

「シ、シェオル!? 決して、出て来るなと伝えたはずであろう!?」


 アバドの言葉に絆され、玉座の影からボロボロの布切れを纏った魔族らしき少女がひょっこりと顔を出し、おずおずとその姿を俺の前に晒す。

 人の歳で言えば、14、5歳くらいだろうか。

 アバドより二回りほど小さい華奢な身体に、透き通るような白い肌。

 顔全体を覆い隠すように伸び切った亜麻色の髪のサイドからは、魔族特有の尖った長耳がわずかに自己主張していた。


「誰だ? コイツ」

「……妹のシェオルだ。ま、まぁ、何だ? 諸般の事情で匿っておった。ココはお主もおって危険だからな。ははっ!」

「ふーん……」


 茶を濁すかのように、乾いた笑みを浮かべるアバド。

 いつにない挙動の魔族の王に、俺は不審の目を向けるが、彼女はその視線から逃れるようにチラチラと目を泳がす。

 もしやと思い、アバドの玉座裏に回り込むと案の定、隠しフロアへと連なる下り階段がそこにあった。


「んで……、シェオルつったけ?」


 俺がそう言って少女を見ると、ビクリと擬音が飛び出さんばかりに身を震わせ、不安と恐怖の色を滲ませる。

 泰然自若としていたアバドとは対照的なその姿を見るに、この少女が喫緊の脅威になるとは考えにくいだろう。

 ……であれば、話は早い。

 

「ちょうどいい。コイツは俺が預かる」


 そう言って強引にシェオルの手を引くと、アバドは俺の鎧の草摺を引っ張り、打ち捨てられた子犬のような視線を浴びせてくる。


「ま、待てっ!! お主、シェオルをどうするつもりだっ!?」

「いや、どうするって。んなモン、人質に決まってんだろ」

「人質、だと……。た、頼むっ!! ソレだけは……、勘弁してくれぬか? シェオルはまだ、ホンの百年程しか生きておらぬのだ……」

「ほーん……。アレェ? そう言えばさっき、エラく勇ましいこと言ってた奴いたよな〜。『我のために散っていった眷属どもに示しがつかぬ』、だっけ?」

「な、何が言いたいのだ……」


 アバドはそう溢すと、その顔面を一層青白く染める。


「別にぃ〜。ただ、一度は一族郎党討死の覚悟を決めた()()()()魔王様が、実はしれーっと身内だけは別口で逃げ道を用意してました、なんてそれは流石にダブスタが過ぎるというか、なんというか……。そんなんで、お前さんの盾になって散っていった眷属たちは浮かばれるのかね〜、と思ってね」


「そ、それは……」


 アバドは分かりやすく口籠る。

 勝った。それはもう、あらゆる意味で。

 彼女のおおよそ魔族離れした潔癖性を擽った甲斐があった。

 そして、俺はすかさず畳み掛ける。


「お前が何か少しでもおかしな動きを見せたり、まかり間違って国を滅ぼしたりしようモンなら、コイツをすぐさま殺す! 分かったな!? く・れ・ぐ・れ・も、俺から逃げられるなんて思うんじゃねぇぞっ!」


「あ、悪魔め……」


「……いいか? これが俺たちの合言葉だ。妹の命が惜しければ 、復唱しろ。火種はメシの種!」


「ひ、火種は、メシの種……」


 アバドは消え入りそうな声で、俺の言葉を繰り返す。

 ココから、俺たちの異種共闘による『悪あがき』が始まった。

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