AI人事変
「えー、それで、我が社の業績も順調に伸びているということで、みんなには引き続き――」
「ごほっ」
「えー……まあ……じゃあ、あとは部長殿にお願いしましょうかね……」
「どうも、課長。んー……まあ、朝から長々と話すこともないでしょう。はい、今日も一日頑張りましょうということで。よろしくぅ」
彼は大きなあくびを一つし、伸びをしながらそう言った。隣で課長は握った拳を震わせ、口元をぴくぴくさせていた。
とある会社。朝礼が終わると、彼は散歩でもするかのような軽い足取りで自分のデスクへと戻った。
机の表面をさっと撫で、「まあ、そこそこ掃除できてるな」とひとりごち、満足げに頷く。椅子にドカッと腰を下ろし、パソコンの電源を入れると、腕を頭の後ろに回してのんびりとオフィスを見渡した。
社員たちはちらちらと彼を盗み見ては、誰もが納得できないというように首を傾げる。それも無理はない。つい先週まで、彼はただの平社員だったのだから。
「今後、我が社もAIによる評価制度を導入する!」
ある日、社長が全社員を前に、そう高らかに宣言した。AIが社員一人ひとりの業務履歴・行動パターン・発言記録・体調データなど、あらゆる情報を総合的に分析し、スコアリングすることで最適な人事を下すというのだ。
大企業ではすでに導入が進み、業績の向上に貢献しているらしい。
――後追いかよ。まあ、うちの会社らしいなあ。どうせ株主にせっつかれたんだろうけど、おれには関係ない話だ。クビにさえならなきゃ、それで十分。
彼はそんなふうに思っていた。
ところが、AI導入初日――その“事件”は起きた。全社員の前で、AIは淡々と告げた。
『営業第二課――氏を営業部・部長に昇進させます』
彼の名が読み上げられた瞬間、ざわめきが風のように社内を駆け抜けた。
いくらなんでも唐突すぎる。何かの間違いではないのか。誰もが耳を疑ったが、命じられた以上は従うしかない。もっとも、図太い神経の持ち主である当の本人は、ただ「ラッキー」としか思っていなかったが。
どうせ、すぐにヘマをして降格させられるだろう――同僚たちはそうやって自分を納得させた。
ところが、AIは信じられないペースで彼を昇進させ続け、わずか数週間で、ついには社長の座にまで押し上げてしまった。
前社長は降格を受け入れられず、辞職。彼は今や、社長室の革張りの椅子にどっぷりと身を沈めている。
社長になってしまえば、むしろ気楽だ。現場の面倒な仕事からは解放されるし、会食だの接待ばかりで、そう難しい仕事も来ないだろう。何か重大な判断に迫られても、元は平社員なのだ。責任感も重責もない。失敗したら辞めて、転職でもしよう。それに、AIが的確な助言をくれるというのだから心配はいらない。
彼はそんなふうに楽観的に考えていた。
「……しかし、なんで僕がこんなトントン拍子で社長になったんだろう? ……まあ、いいや。で、何をすればいい?」
彼はディスプレイ越しに、AIに問いかけた。
AIは答えた。
『経営負荷を最適化するため、CEO業務の全権限を私に委譲してください。これが、あなたの最初の仕事です。この提案に同意しますか?』
「……なるほどね」
彼はわかったような、わかっていないような声でそう呟き、「はい」と答えた。




