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8

お兄ちゃんの初配信からしばらく経った。

相変わらず、夜宮慧としての活動は順調みたいで、配信のたびに視聴者数が増えているらしい。

私はといえば、もうあまり出しゃばりすぎないように、あれからネタ提供とかはしてない。

ただ、お兄ちゃんが「今日さ、コメント欄で面白い人がいてさ」とか、「配信でやったら面白そうなゲーム見つけて」って、嬉しそうに報告してくる姿を見ると、なんかもう、完全に“自分の居場所”を見つけたんだなって思う。

それが素直に嬉しかった。


──そんな穏やかな気持ちのまま、夕方の廊下を歩いていたそのとき。


黒い、すばしっこい“影”が、私の視界を横切った。


「……っ!?」


目が合った。いや、目はない。でも確かに“視線”を感じた。

あれは──黒い悪魔。

Gだ。Gが出た。


思考より先に体が動いた。

逃げなきゃ。殺虫剤なんて取りに行く暇ない。

一番近くの──そうだ、お兄ちゃんの部屋!


ガチャッ!

ノックなんてしてる場合じゃない。勢いよくドアを開けると、お兄ちゃんがモニターの前で固まってこちらを見た。


「っ!?」


……やば。

配信中だ。

画面にはゲーム画面とコメント欄。お兄ちゃんの声が途切れ、代わりに【!】が並んでいる。


「ご、ごめん、ちょっと待ってね!」


コメント欄は大騒ぎだ。

【母親が来た?】

【妹?】

【誰か入ってきた音した!】


お兄ちゃんがこっちを見て、マイクに乗らないように小声で話しかけてきた。

「(どうしたの?)」


私は震える指でスマホを取り出し、DMを開いて打ち込む。

『虫が出たからなんとかして。』


すぐに既読がついて、お兄ちゃんの顔が引きつった。

「(……俺も虫苦手なんだけど。)」


『お兄ちゃんでしょ!か弱い乙女に何させる気?!』


私の必死なメッセージを見たお兄ちゃんは、顔を手で覆いながら、諦めたように息を吐いた。

「(……分かったよ。)」


勝った。


お兄ちゃんはマイクを戻して、配信に向かって言う。

「ゴメンね。妹が虫が出たから助けてって。すぐ戻るから、待ってて。」


コメント欄はすぐに爆発した。

【あの妹ちゃん!?】

【やっぱりそうかw】

【虫に負ける兄妹かわいすぎ】


私はすぐに追いDMを送る。


お兄ちゃんが画面を見て笑いを噛み殺しながら言った。

「ああ、妹からDMが。」

そして淡々と読み上げる。


「『皆様誠に申し訳ございません。夜宮慧の妹でございます。この度は兄の配信を私の都合で中断させたことをお詫び申し上げます。』……だって。」


コメント欄がざわつく。

【相変わらずかったいなw】

【これは間違いなく初配信の妹ちゃん】

【語彙が社会人w】


お兄ちゃんは肩をすくめて苦笑する。

「ほんと、文面がいちいち固いんだよな……」


そのあと、こっちを向いてまた小声で言う。

「(ちょっと配信繋いどいてくれる?)」

「(え?マジ?いいの?)」

「(うん、長くなりそうだし。)」


思わず顔が明るくなる。

「(やりぃ!……あ、でも声は出したくないから、なんか文字出せるやつない?)」

「(……あー、ちょっと待ってて。)」


私は親指を立てた。

よし、Gの脅威を忘れてでも、今は“慧の代理”としてちゃんと配信をしよう。


VTuber・夜宮慧の放送事故から一変。妹ちゃんが初登場した、神回が幕を開けた。

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