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配信の枠を立てる指先が少し震えていた。
マイクの前で深呼吸をひとつ。BGMを小さく流しながら、初めての「配信開始」をクリックする。
画面の隅で、自分のアバター――夜宮慧が瞬きをした。
コメント欄が静かに流れ始める。
【きた!】
【新しい子だ!】
【声落ち着いてる】
「初めまして。夜宮慧といいます。」
喉が少し乾いている。でも、思ったより声は震えていない。
「コミュニケーションが苦手で、就職もうまくいかなくて。ずっと引きこもりだったけど……変わりたいって思って、VTuberになりました。」
【えらい…】
【すでに応援したい】
【声が優しい】
【陰キャ代表がんばれ】
思わず笑ってしまう。
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、少し気が楽になります。」
少し呼吸を整えながら、スライドを切り替える。
「活動は主にFPSをしようと考えています。あと、雑談も少しずつ挑戦していけたらなと。」
【APEX勢?】
【VALORANT?】
【陰キャのFPSは信用できる】
【やっぱり低音癒し系だわ】
画面の端に置いていた小さな紙袋が目に入った。
ああ、これだ。
「最後に――とある方から、VTuberデビューのプレゼントをもらったので、開封しようと思います。」
【プレゼント!?】
【誰から?】
【デビューの段階でプレゼント!?】
「誰からかは、まだ秘密です。」
そう言って紙袋を手に取る。配信用のカメラに映しながら、ゆっくりと中を開けた。
中から出てきたのは、淡いピンクの封筒と、小さなチョコの袋。
銀紙に赤い数字が印字されている――“1000”。
「可愛い封筒と……1000円チョコ?懐かしいな。あ、10個あるから……赤スパってことか。」
【センス良すぎ】
【かわいいw】
【チョコで赤スパは草】
【愛がある】
笑いながらも、胸の奥がじんわりと温かくなる。
画像フォルダを開いて、もらった封筒の写真と便箋の画像を配信画面に映した。
「それじゃあ、手紙を読み上げます。」
コメント欄の流れが静かになる。
視線を落として、少し息を整えてから、読み始めた。
「拝啓、夜宮慧様へ。
春分の候、桜の花が咲き始めた今日、この度はVTuberデビューおめでとうございます。」
「……文章が思っていたよりも固い。封筒と便箋はこんなにも可愛いのに。」
【ギャップ萌え】
【かったwww】
【あの可愛い封筒からしっかりした手紙が】
「引きこもりだったあなたがこうして自分から行動し、私の好きなVTuberグループ『アナザーストーリー』に応募し、見事、そこで働けるようになったことを、私は嬉しく思います。」
その一文で、喉の奥が詰まった。
画面の中の自分のアバターも、どこか優しい顔をしている気がする。
「……っ。」
少し笑ってごまかしながら続ける。
「ささやかではございますが、スーパーチャットとして、1000円チョコを。
ファンレターとして、この手紙を送らせていただきました。
現金だと受け取ってくださらないと思い、このような形での赤スパとなりました。」
「……いや、ほんと、現金じゃなくて良かった。チョコで助かった……。さすがに生々しすぎる。」
【www】
【リアルすぎて笑う】
【妹かな?母かな?】
「いきなり新しい環境に飛び込んだのです。それは賞賛されるべきことですが、あまり頑張り過ぎて潰れぬように。いかに継続できるかを考えて活動してください。応援しています。」
手が、少し震えている。
ここまで自分をちゃんと見てくれている人がいたことが、ただただ嬉しかった。
「末筆ながら、ますますのご活躍をお祈り申し上げます。敬具。」
「……ファン第一号、あなたの妹より。」
【妹だったのか!】
【いい子すぎる】
【泣く】
【仲良すぎ兄妹】
「……ゴメン、泣いちゃった。」
マイクの前で鼻をすする音が入って、コメント欄が優しさで埋まっていく。
【泣くなよ兄ちゃん】
【いい妹すぎてこっちが泣く】
【尊い配信だ】
【デビューおめでとう】
「……ありがとう。
まだ始まったばかりだけど、これからも頑張ります。」
そう言って、少しだけ笑った。
その笑顔は、どこか安心したようで、確かに“変わり始めた”夜宮慧の顔だった。




