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夜、DMの通知が鳴った。送り主はお兄ちゃん。
「ちょっと部屋来て」
って、それだけ。なんか妙に短い。いつもなら「頼みたいことがあるんだけど」くらい言いそうなのに。
ちょっと緊張しながらノックして、「入っていい?」って言うと、
「うん」って小さな声が返ってきた。
ドアを開けた瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは――
モニターの中の“誰か”だった。
そこには、見知らぬイケメンのVTuberのアバター。
ダウナー系で、三白眼。鋭い目つきなのに、どこか眠たげ。
頬にはうっすら隈があって、ヒョロッとした体格。
ギザ歯がのぞいてて、ちょっと不健康そうな雰囲気が逆に色っぽい。
でも、笑うと頬を染めて照れたように視線を逸らす――その仕草が、なんかかわいくて、思わず息をのんだ。
「……似てんね。」
ぽろっと口から出た言葉に、お兄ちゃんが少しだけ振り向く。
顔は真っ赤。
「そ、そう? 陰キャっぽくしてって頼んだけど、なんか怖くない?」
「ううん、全然。笑った時の表情とか、すごく似てて、可愛い。」
お兄ちゃんはキーボードの上で手を止めて、照れたように小さく笑った。
「ええ……? そんなこと言われたの初めてだよ……」
「ねえねえ、ママは誰なの?」
「えっと、azarea先生。」
「うわ、有名人じゃん!」思わず身を乗り出す。
「それに、アナストの中にお姉ちゃんいるじゃん!」
「……そうなるね。」
「やば、あの人がお兄ちゃんの姉になるのか。すごいね!」
お兄ちゃんは照れ笑いしながら頭をかいた。
でもその表情は、以前の“引きこもりの顔”じゃなかった。
ちゃんと、外の世界に向いている顔だった。
「ちなみにお兄ちゃん。VTuberとしての名前、どうするの?」
「ああ、うん。もう決めてあるんだ。」
少し間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「夜宮、慧。」
その名前を聞いた瞬間、なんか空気がピンと引き締まった気がした。
画面の中のダウナーな青年が、“慧”という名前をもらって、ようやく呼吸を始めたような。
「どう、思う?」
お兄ちゃんが、少し不安そうに私の顔を見た。
声がほんの少し震えている。
私は少し笑って、肩をすくめた。
「いいんじゃない? まあ、VTuberにしては普通すぎるなとは思うけど、それもお兄ちゃんらしいし。」
「普通、か……」
お兄ちゃんは呟いて、でもその顔はどこか嬉しそうだった。
「でも、“慧”って字、好きだな。光が分かるって書くじゃん。なんか、お兄ちゃんにぴったり。」
「……そう思う?」
「うん。昔からそうだよ。お兄ちゃん、暗い場所の中でも、ちゃんと人の優しさとか見つけられるタイプじゃん。」
しばらく沈黙が落ちた。
モニターの中では、“夜宮慧”がゆっくりと笑っていた。
その笑顔は、まるでお兄ちゃんの心の奥の光を映したみたいだった。
「ありがとう」
お兄ちゃんは小さく言って、再びモニターに向き直った。
私は立ち上がって、ドアの前で振り返る。
「ねえ、お兄ちゃん。」
「なに?」
「デビューしたら、ちゃんと推してあげるからね。」
「……やめろよ、恥ずかしいって。」
照れくさそうに笑う声。
私はくすっと笑って部屋を出た。
廊下に出ても、胸の中がまだじんわりと温かい。
お兄ちゃんは、もう“お兄ちゃん”だけじゃない。
――“夜宮慧”として、ちゃんと世界に立とうとしているんだ。
あのモニターの光が、今夜はやけに眩しく見えた。




