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ああそうだ。
伝えたいことがあったんだ。
コメントが少し落ち着いたのを見計らって、私はキーボードを打つ。
『せっかくの機会ですし、あなた方に言いたいことがあるんです。』
『皆様方、いつも本当にありがとうございます。お兄ちゃんの配信を見てくださって。』
【慧くんの配信面白いよ〜】
【ゲームうまいし】
【声落ち着くから好き】
モニター越しの言葉に、ふっと笑ってしまう。
優しいなあ、この人たち。
でも、今日はちゃんと伝えたいから、止まらないで打ち続けた。
『私ね?お兄ちゃんのことが好きなんです。
ああ、ブラコンというわけではございませんよ?
ただ、自分の好意を素直に伝える性分なだけです。』
【いやこれは紛うことなきブラコン】
【潔くて草】
【お兄ちゃん照れてそう】
『ふふ、認めたら負けな気がするので否定しておきますね。』
『お兄ちゃんはコミュ障でしてね。
配信ならあなた方は文字としてしか見えないので、緊張しないのでしょうか?
うまくやっていけてるみたいですね。』
【俺らは、ただの文字だった?】
【確かに顔見えねえもんな】
『ああ、ごめんなさい。侮辱している訳では無いのです。
むしろ、それが良かったのかもしれませんね。』
一拍置いて、深呼吸。
少し真面目な話をする時の、兄に似た癖だ。
『まあ、ともかく。お兄ちゃんはあなた方のおかげで労働することができ、
金銭を得ることが出来るようになりました。
それはVTuberという不安定な職種ということを差し引いても、すごいことです。』
コメントが少し静まる。
画面の向こうで、誰かが息を飲んだ気配すら感じる。
『お兄ちゃんが引きこもりだったとき、苦しんでいるのを知っていました。
お父さんやお母さんにあれこれ言われていましたし。
かくいう私も心の中で「働けば?」と思っておりました。
世間は引きこもりに厳しいのです。』
【胸が痛い】
【やめてくれ刺さる】
【リアルだな…】
『だからね? 嬉しいんです。
配信を始めてから、本当に楽しそうで。
心なしかお兄ちゃんとお話する機会が増えた気がします。』
小さく笑う。
今も、廊下で虫を追いかけてるんだろう。
あの必死な顔、思い出すと少しおかしい。
『これからもどうか、夜宮慧を応援してくださいね?』
【ごめん、泣く】
【尊すぎる】
【美しき兄妹愛】
【めっちゃ良い子】
『あらあら、何故か私がたくさん褒められていますね?
なかなかに良い気分です。』
【可愛いよー!】
【こっち向いて!】
【舞ちゃん推せる】
『ふふ、照れてしまいますね。調子に乗ってしまいそうです。』
【いーよー!乗ってこ!】
【舞ちゃん配信デビューして!】
……その時、スマホが震えた。
兄からDM。
『終わった。戻る。』
――虫、討伐完了らしい。
『おや、どうやら兄の緊急討伐クエストがおわったそうですね。』
【おー!虫退治終わった!】
【勇者慧くんお疲れ!】
【もう行っちゃうの?】
『皆様方とのお話、楽しかったです。
ですが、お別れの時間が来てしまいました。』
【また配信出てよ】
【というかデビューして】
【舞ちゃん待ってる】
『また配信に出るかどうかは、お兄ちゃんと偉い人たち次第ですね。
是非お待ちください。』
『それでは失礼します。
皆様方、配信を楽しむのは良いですが――
夜更かしは健康に悪いですよ?
ちゃんとベッドで寝ましょうね。
さようなら。(∩´∀`∩)バィバィ』
【オカンか?w】
【最後に顔文字ww】
【いい夢見ろよー舞ちゃん!】
お兄ちゃんが部屋に戻ってくる音。
「お疲れ、配信どうだった?」
「そっちもお疲れ様、ありがとね。楽しかったよー!」
互いにちょっと笑って、目が合う。
ほんのり温かい空気が流れて、なんかそれだけで十分だった。
「ちゃんと感謝、伝えといたよ。」
そう言って、椅子から立ち上がった。
画面の向こうの余韻が、まだ心の中で温かく揺れていた。




