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お兄ちゃんがPCをカタカタと操作し、配信画面に真っ白のスライドを映した。
「……頼んだぞ。」
そう小声で言い残して部屋を出ていく。
バタン、とドアが閉まる音。
静まり返る部屋。
そして、モニターの向こうでざわつくコメント欄。
【なになに?】
【画面真っ白なんだけど】
……そう。まさかの、私の出番である。
お兄ちゃんのキーボードを引き寄せ、文字入力の画面を開く。
タイピング音がカタカタと響く。
指が勝手に動く。商業高校で鍛えたタイピングの速さを、今こそ披露する時だ。
真っ白な画面に、文字が現れる。
『こんにちは、夜宮慧の妹です。
この度は兄の配信で、放送事故を起こしてしまい、申し訳ございません。
お詫びとして、お兄ちゃんの緊急討伐クエストが終わるまで、配信を私が代行させていただきます。』
投稿ボタンを押した瞬間、コメント欄が爆発した。
【妹ちゃんキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!】
【やっぱり登場したw】
【放送事故が神回になるとは】
【声は出さないのか、残念】
くすっと笑って、またキーボードを叩く。
『声を出さない理由は、こう、なんといいますか。
自分の声を録音して聞き返すと、なかなかに不快でしょう?
なので、録音を避けたいんです。』
コメント欄がすぐ反応する。
【あー、わかるw】
【共感しかない】
【声録音して聞くと死にたくなるやつね】
画面の前でちょっと笑ってしまう。
なんか……温かいな。
兄のリスナーって、もっと怖いと思ってたけど、優しい人が多い。
【名前なんて呼べばいいの?】
『名前、ですか。
苗字はお兄ちゃんのせいでバレてますが、一応プライバシーの観点から秘密とさせていただきます。』
アナザーストーリーの世界観を壊さないためにも、メタいことは絶対に言わない。
『そこで偽名として、“舞”というのはいかがでしょうか?
妹という漢字は“まい”とも読むので。兄妹の“妹”ですね。』
コメントが一斉に流れる。
【おっけー!舞ちゃん!】
【語感かわいい!】
【慧と舞、兄妹っぽくて好き】
嬉しくなって、もう一文を打つ。
『そう考えると、兄の名前は“けい”。
読み方が“兄妹”の“兄”と同じですね? 新しい発見です。』
【確かにwww】
【運命じゃん】
【慧と舞、セットで覚えた】
笑いながら、少し胸の奥がじんわりした。
緊張してたけど……ちゃんと、配信できてる。
誰も怒ってない。むしろ、受け入れてくれてる。
画面の向こうで見知らぬ人たちが、私の話で笑ってくれる。
不思議と、温かくて。
ほんの少しだけ、お兄ちゃんが羨ましくなった。




