EP8.この街のドレスコード
こんにちは、作者です。
今回の主人公は、桐谷千鶴。
「お姫様になりたい」と願い、きらびやかな世界に強く憧れている、ちょっと背伸び気味な高校2年生です。
現実の延長線上にはない場所に“夢”を見たくなることって、きっと誰にでもあると思います。
それがたとえ少し危うくても、誰かと出会うことで、ほんの一瞬でも自分を肯定できるなら——
憧れと現実のあいだで揺れる彼女の気持ちに、少しでも触れていただけたら嬉しいです。
私、桐谷千鶴の夢は、お姫様になることだった。
白いドレスに、シャンデリアの光。
私の周りだけ、世界が輝いてるみたいな、そんなやつ。
……でも、それは夢物語だって気づいてしまった。現実はもっと乾いてて、曖昧で、でもキラキラした場所は確かにある。
テレビやSNSの向こうで輝く“あの世界”。インフルエンサーたちが、まるでゲームのキャラクターみたいにキラキラしていて、自分もあんな風になりたいって、漠然とでもなく、もう強く強く思ってた。
あそこに、私は立ってみたい。
放課後、いつものように駅のホームで有名嬢のインスタを見る。
ただ憧れに近づきたかった。
思いついた瞬間、私の家とは逆に向かう電車に乗っていた。なんでだろう、気づいたら体が動いてた。たぶん、今日行かなきゃ、もう二度と行けない気がしたから。
歌舞伎町に降り立った瞬間、世界の色が変わった気がした。
ネオン、香水、ざわめき、呼び込み、笑い声。
全部が夢の世界の人みたいで。
私もその一人だと思いたくて、背筋を伸ばして歩いた。
「ねぇ、君。補導されるよ、そんな格好で」
声をかけてきたのは、長身で、金髪の男の人だった。
派手なシャツに、光沢のあるジャケット。街のネオンが、彼の整った顔立ちに影を落としている。耳には、小さなピアスが光っていた。**びっくりするくらいのイケメンだった。
「……何ですか」
「いや、別に。高校生にしては雰囲気出てるなって」
彼はそう言って、コンビニ前のブロックに腰を下ろした。
「座る? 疲れたでしょ」
「……別に」
そう言いながらも、私は彼の隣に座っていた。
自販機の缶コーヒーのプルタブを引く音。
紙袋を抱えた人たちが通り過ぎる音。
いつのまにか、彼は他愛もない話をしていた。
夜の街で見た変なお客さんの話とか、
昔、自分がやらかした話とか。
私は笑った。気がついたら、ずっと笑ってた。この人となら、どんな話でも笑い合える気がした。それが、現実なのか、夢なのか、もうどうでもよくなっていた。
好きかもって、思ってしまった。このドキドキは、あのインスタのキラキラよりも、ずっと本物みたいだった。
「ねぇ、あんたの彼女にしてよ」
なんでそんなこと言ったんだろう。自分でもよくわかんなかったけど、たぶん、この時間を終わらせたくなかったんだ。
「キミさ、汐見台高校でしょ?」
「……なんで知ってんの」
「弟と同じ制服だから」
「弟?」
「そう。だから、そこの生徒には手出さないようにしてんの」
「……誰ですか、弟って」
「内緒」
ゆっくりと人差し指を唇にあてた彼の瞳は、この街のネオンのように輝いて見えた。
彼は「気をつけて帰りな」って言って、LINEも名前も聞かずに歩き出した。
私は、その背中を、しばらく見てた。
彼の歩く方向には、きらびやかなネオンサインがいくつも並んでいる。その中には、女性の名前やシルエットと共に、「HOST ○○」といった文字が大きく書かれた看板がいくつかあった。
(あ……)
ふと顔を上げた瞬間、ひときわ大きく輝く看板が目に飛び込んできた。黒地に金色の文字で「Host Club -Jewel-」とあり、その中央には、さっきまで隣にいた彼の、完璧な笑顔の写真が飾られていた。「誠」。その下に、そう書かれている。
街の喧騒の中で、その看板だけが、やけに静かに、そして強烈に私の目に焼き付いた。
(やっぱり、夢の世界の人だったんだ)
私は、その背中を、しばらく見てた。
遠ざかる彼の背中は、私とは違う世界の住人であることを、改めて突きつけてくるようだった。
この街は夢を現実に変えてくれる魔法の場所。
私にはまだその“魔法”は早かったのかもしれない。でも、一瞬でも、夢を見させてくれた。
「誠か。またね」
彼の名前を心の中で呟いた。もう二度と会うことはないかもしれない。それでも、この夜の出来事は、私の中で特別な輝きを放ち続けるだろう。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
千鶴は「華やかな世界」に強く惹かれながら、同時に“自分はその外側の人間かもしれない”という不安を抱えている女の子です。
でも、彼女はその気持ちすらポジティブに変換して、自分の道を選ぼうとする強さを持っています。
誠という大人びた存在との出会いは、彼女にとって間違いなく特別な体験でした。
あの夜の会話やドキドキは、いつか振り返ったときに、きっと「最初の一歩だった」と思えるのかもしれません。
次回、千鶴は同じ高校にいるはずの誠の弟を探します。
どうぞお楽しみに。




