EP7.この感情は呪いじゃない
今回の主人公は、沢渡花子。
自称・魔法少女。団地に潜伏し、“世界の均衡”を守っている(と本人は信じている)1年生の女の子です。
……でも、その花子にも、どうしても“魔法”じゃ説明できない感情が芽生えてしまいます。
今回の物語は、「妄想」と「現実」の狭間で揺れる、不思議で、でもどこか切実な恋の始まり。
誰かに心を動かされるということは、時に呪いのようにこわくて、それでもあたたかい。
そんな花子の小さな変化を、笑いながら、そっと見守っていただけたら嬉しいです。
この世界は、いつか滅びる。
それを止められるのは、選ばれし者だけ。
私は——そのためにこの地上に生まれた、はずだ。
「おーい、花子ー」
下から声がする。
私はベランダから団地の下をのぞきこむ。
石井大地。幼なじみ。クラスメイト。めちゃくちゃ現実。
「忘れもん」
彼が振った手に、私の学生証がぶら下がっていた。
「ふっ……油断も隙もないわね、使い魔め」
「誰が使い魔だよ」
彼は呆れたように笑って、階段を上がってきた。
私が“自分は魔法少女である”と気づいたのは、小学校三年生のとき。
テレビの中の魔法陣が光って見えた。
その日から、私は“目覚めし者”としての自覚を胸に、世界の均衡を見守るようになった。
……という設定だ。
ほんとはたぶん、ただの妄想。でも、それをやめられなかった。
現実は息苦しかった。
団地に住んでて、家は狭くて、母は働きづめ。
友達付き合いも、器用にこなせる方じゃなかった。
だから私は、空想の中で自分を「意味のある存在」にしてた。
「高校生にもなって、まだそんなこと言ってんのかよ」
大地は、ときどき本気で呆れる。
でも、なんだかんだ付き合ってくれる。
私の魔法陣探しに付き合って、団地の裏の空き地まで付き合って、
「そろそろ帰るぞ」って言いながらも、しばらく黙って一緒にいてくれる。
そんな彼を、私は「守るべき日常」と定義していた。
恋とかじゃない。私にそんな余裕はない。
世界を救う運命を背負った者が、たかが“幼なじみ”を意識するわけが——
「……ん?」
下校中、隣を歩く大地の手が、私の小指にちょっと触れた。
びくっ、とした。
呪いかと思った。でも、違った。
これは、ちょっと、ドキドキしただけだった。
これまで、男子の手が触れることなんて、何度かあった。そのたびに、私は「何でもない」と心に蓋をしてきた。でも、大地の指が触れたその一瞬、得体の知れない熱が、手のひらから全身に広がっていくのを感じた。これが、みんなが言う「恋」の始まりの合図なのか? 私には、それがまるで未知の呪いのように思えたのだ。
その夜、私は枕に顔を押しつけて考えた。
(やばい。これは、魔力の乱れ?)
(いや、ちがう。これは……)
私は、こわかった。
自分が、誰かを好きになるかもしれないなんて。
誰かに期待して、誰かに傷つくかもしれないなんて。
そんなの、私には向いてない。
魔法少女でいたほうが、ずっと楽だった。傷つくことも、裏切られることもない、完璧な世界。私は、ずっとそこにいたかった。
次の日、大地が言った。
「花子、さ……お前、ほんとにバカだけど、俺は好きだけどな」
私は、時が止まったみたいになった。
彼の声が、いつものように呆れと優しさを含んで、まっすぐに響いた。大地が、私を「花子」として見て、言葉を紡いでいる。私の妄想のフィルターを通さずに、彼がそこにいる。
「す、す、好きって、それは……」
「恋とかそんなんじゃなくてもいいよ。お前が何言っても、俺は聞いてるから。小学校の時からずっと、花子の変な話を聞いてきたからな。変なのには慣れてるし、それに、俺はそういう花子が嫌いじゃないんだ」
「……バカ……」
私はうつむいて、顔を隠した。
(ダメだ。これは、もう……呪いなんかじゃない)
(こんなに心臓がうるさいのは、私が、ただの私として、大地を——)
大地は、私の空想を否定せず、それでも現実の私を見つめてくれている。その温かさが、私の心を溶かしていく。
「な、なんでもないっ!」
私は走り出した。
「これは封印がゆるんだ副作用よ! そ、そういうことなの! 絶対に!」
「……花子ー! 意味わかんねーよ!」
笑いながら追いかけてくる大地の声。
こんな現実も、ちょっとだけなら、悪くないかも。
そう思えたのは、たぶん、生まれて初めてだった。彼の笑い声が、耳の奥で心地よく響く。魔法少女の私ではなく、ただの「花子」として、彼に追いかけられる。それが、どれほど温かく、そして、新しい世界の始まりのように感じられたか。私の世界は、少しずつ広がり始めていた。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
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最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
沢渡花子は、ある意味このシリーズの中でも特に“異色”な存在です。
でも彼女の妄想や魔法の話は、きっとどこかで私たちにも覚えのある「現実からの逃げ場」なんじゃないかと思います。
そんな彼女が、「呪い」と呼んでいた感情に、初めて“あたたかさ”を感じたとき。
そこにはきっと、恋の原点があったんじゃないかなと。
大地との関係は、まだ始まったばかり。
ふたりの距離が、少しずつ、でも確かに変わっていく予感を込めて書きました。
次回は、夢と現実の境界線を揺らす、ちょっと危うくてきらびやかな夜のお話です。
どうぞお楽しみに。




