EP4.親友の隣で恋をした
今回の主人公は、長瀬スバル。
男っぽくてサバサバしているけれど、実はとても繊細な心を持った女の子です。
ずっと一緒にいた“親友”を、好きになってしまったら――
この物語は、そんな「気づき」と「戸惑い」に揺れる、ある放課後の青春記録です。
友情と恋の境界線は、とても曖昧で、踏み出すには少し勇気がいる。
そんな揺れる気持ちに、ほんの少しでも共感していただけたら嬉しいです。
私は長瀬スバル。高校二年生。女だけど、昔から男子と混じって遊んでたせいか、女子っぽいと言われたことがない。
スカートよりは断然ジャージ。休み時間は男子とサッカー。
声を出すときも、笑うときも、つい大声になってしまう。
だけど──そんな私にも、ずっと一緒にいたいと思ってる人がいる。
それが、小松智貴だった。
放課後、部活帰りの廊下。冷水器で水を飲む小松智貴の背中を見つけた。
「早く変われよ」
笑いながら小さく蹴ると、
「いってーな」
そう言って笑うその顔は、今日もなんだか、まぶしかった。
小学校の頃から、こうしてふたりでじゃれ合うのは日常だった。
いつだって一番近くに智貴がいて、私はそれを当たり前だと思っていた。
他の人から見たら、たぶん“男子同士”みたいに見えてる。
それが嫌だと思ったことは、一度もなかった。
……ずっと今みたいに笑ってられるなら。この関係が、ずっと続くなら。
───
「なあ、スバル」
部活帰り、いつものコンビニ前で唐揚げ棒を食べながら、智貴が唐突に言った。
「おれ、ちょっと気になる子できたっぽい」
「……へえ?」
唐揚げ棒の味が一瞬で消えた。口の中が、急に砂を噛んだようにザラザラした。
「クラスの斉藤ってわかる? この前席近くなって、なんか話しやすくてさ」
「ふーん、よかったじゃん」
言葉が口から出るのは速かった。けど、心は置いてけぼりだった。
——智貴が他の子の名前を口にしたの、たぶん初めてだった。
これまで、智貴が誰かを好きになった話なんて、一度も聞いたことがなかったのに。
急に、私の知らない智貴の顔が見えた気がして、胸の奥がざわついた。
───
放課後、教室で智貴と斉藤さんが笑って話してるのが見えた。
斉藤さんは私とは正反対の、ふわっとした雰囲気の子だった。
ちょっと猫背で、手を前で組んで、笑うとき口元に手を当てる子。
(……女の子って、ああいう子のことを言うんだ)
私は自分の姿を思い出す。
ジャージ姿で肩組んで、男子と一緒に走り回って、声も笑いもでかい。
「おまえ男かよ」って、何回言われてきたんだろう。
(そんな私が、智貴の隣にいたって、意味ないじゃん。
もし智貴が、ああいう女の子らしい子を好きなのだとしたら……)
───
ある日、放課後の廊下。帰ろうとした私の腕を、智貴が掴んだ。
「おい、なんか最近、距離ない?」
その言葉に、カチンときた。私が、あんたに遠慮してるのになんでそんなこと言うんだ。
「別に。斉藤さんと仲良くしてるからいいじゃん」
「……え、なんだよそれ」
「私は“親友”なんでしょ? 邪魔にならないように応援してあげてんの!」
「なんで怒ってんの?」
「怒ってないし!」
声が大きくなった瞬間、教室の中の誰かがこっちを振り返った。
私は手を振り払って、逃げるように階段を降りた。
智貴にこんな感情をぶつけるなんて、自分でも驚いた。
でも、このままじゃ、本当に智貴が誰かのものになってしまう気がして、無性に焦ったのだ。
───
その夜、ベッドの中でスマホを握ったまま、何度も通知を無視した。
智貴からのLINE。「話したい」「ごめん」「ちゃんと聞かせて」
でも、何を?
言えるわけないじゃん。
“親友”に向かって「好きになった」なんて、言えるわけないじゃん。
いつから、こんな気持ちになったんだろう。
ずっと隣にいるのが当たり前すぎて、それが特別なことだと、
自分が智貴をこんなに大切に思っていることだと、気づかないフリをしてきた。
でも——
“好きになっちゃった私”が、いちばん言い訳できなかった。
───
次の日。校舎裏の階段。智貴が待ってた。
「なんでいるの」
「おまえが逃げたから。ちゃんと捕まえようと思って」
私は言葉に詰まったまま、階段に腰を下ろした。
智貴の隣は、いつもと同じ場所なのに、なぜか緊張した。
「……私、斉藤さんのこと、嫌いとかじゃないよ」
「うん」
「ただ、あんたが他の誰か見てるの、初めてだったから」
「……うん」
「なんか、自分でも意味わかんないくらい……苦しかった。
ずっと、智貴の隣は私の場所だと思ってたのに」
智貴は何も言わなかった。沈黙が、風の音に吸い込まれていった。
「斉藤のこと、たしかに可愛いと思った。でも、好きって感じじゃなかった」
「え……じゃあ、なんで」
「たぶん、スバルがどんな顔するか見たかっただけかも。
おまえ、いつも俺にだけは素直なくせに、
ああいう恋愛の話になると急によそよそしくなるだろ。
それが、なんか、親友として以上に見られてない気がして不安だったんだ。
いつからか、おまえが俺にとって“親友”だけじゃなくなってるって、自分で気づいてたから。
バカだよな」
私は言葉が出なかった。代わりに、心臓がやたらとうるさかった。
不安だったのは、私だけじゃなかった。
智貴も、私と同じように、この関係に悩んでいたんだ。
「もしさ」
「うん」
「おまえが“親友”じゃなくなるなら——」
「なら?」
「おれ、そっちのがいいかもって思った」
その一言に、心がほぐれる音がした。
固く絡まっていた糸が、するすると解けていくようだった。
私は黙って、横に座ってる智貴の肩に、ちょこんと頭を乗せた。
こんな私でも、ちゃんと誰かの“特別”になっていいんだって、初めて思えた。
この肩の重さが、私にとって全部だった。
そして、この肩は、もう「親友」の肩じゃないんだって、確信した。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
親友って、特別で、大切で、だからこそ難しい存在ですよね。
恋と気づいた瞬間、それまでの関係が壊れてしまいそうで怖くなる。
でも、何もしなければ何も変わらないまま、すれ違っていくかもしれない。
スバルと智貴の物語は、そんな“言えない気持ち”を乗り越えて、
ほんの少し前に進んだ一歩です。
誰かを想う気持ちは、きっとどんな形でも間違いじゃない。
そう信じて、次回もまた、“誰かの恋の真ん中”をお届けします。




