EP3.憧れのパフェとほんの少しの勇気
今回の主人公は、内山美咲――1年生で、ファミレスのバイトに奮闘中の女の子です。
明るくて素直だけど、ちょっと不器用。
そんな美咲が、静かで無愛想な“あの先輩”にほんのり心を動かされる、小さなきっかけの物語。
恋とまでは言えないかもしれない。
だけど、誰かを意識し始めたその瞬間は、ちゃんと“始まり”だと思います。
今回も、日常のすぐ隣にある「恋の気配」を感じてもらえたら嬉しいです。
「いらっしゃいませっ……!」
声が裏返った。お冷をトレイごと揺らしそうになりながら、私は一組のカップルを席に案内した。
女の子が先に笑いながら店に入り、男の子がそのあとを自然についてくる。
二人共うちの高校の制服だ。たぶん先輩。
「こっちのお席どうぞ!」
私は笑顔をつくりながら、心の中でひそかに思った。
(……うらやましい)
彼らの間には、私にはない、なんとも言えない温かい空気が流れていた。
手を繋ぐわけでも、寄り添うわけでもないのに、それが自然で、心地よさそうに見えた。
私には、そんな相手がいない。
いや、そもそも、自分から誰かに近づく勇気もない。
───
注文を取りに行くと、女の子が嬉しそうにメニューを開いた。
「チョコパフェと、ワッフルください」
「……え、さっきラーメン食べたばっかじゃん」
「別腹なのー」
女の子がぺろっと舌を出した。男の子は苦笑しながらも、その顔をじっと見ている。
「あれ、北村じゃん」
カウンターの中からその様子を見ていた白石先輩が、ぼそっと言った。
「え、知り合いなんですか?」
「クラスメイト。バスケ部でちょっと有名」
「へ~何あの感じ。すごく仲良さそうですね」
私はその二人のやりとりを思い出し、こっそり笑ってしまった。
「いいなあ、ああいうの」
「何が?」
「好きな人と甘いもの食べに来て、笑いながら別腹とか言って……。なんか、憧れます」
白石先輩は少しだけ無言になって、チラッと私を見た。
「美咲、お前、食うことしか言わなくね? いつからそんな食いしん坊になったんだよ」
「ちがいますよ! 私だって、別に食べるのが一番ってわけじゃないんです! 恋とかもちゃんと……!」
「ちゃんと?」
その言い方が、ちょっと意地悪で、だけど冗談っぽくて。
いつも無愛想な先輩が、珍しく少しだけ口角を上げているのが見えた。その瞬間、私の胸が、なぜか一瞬だけ高鳴った。
私は顔が熱くなったまま、空のグラスを片付けた。
───
閉店時間が近づくと、店内はすっかり静かになった。
制服を脱ぎながら、私は冷蔵庫をちらりと見た。
そこには、さっきのカップルが頼んだチョコパフェの材料が並んでいた。
あの女の子の嬉しそうな顔が目に焼き付いている。
甘いものを、大切な人と一緒に食べる喜び。
それは私にとって、まだ遠い世界の話だった。
外はすっかり暗くなっていて、店のガラスに自分の姿がうっすら映っている。
「白石先輩、あの……もしよかったら、賄いでチョコパフェ……一緒に食べませんか?」
「は?」
彼の、いつものけだるそうな声。断られるだろう、と思った。
「さっきの先輩カップル見てたら、食べたくなっちゃって。……ダメですか?」
沈黙。でも、先輩は無言で冷蔵庫に向かった。
いくつかの材料をとりだし、私のほうに差し出す。
バナナ、生クリーム、チョコレートソース。
さらに奥から、大きなプリンとアイスのパックも。
「どうせ食べるなら豪華にデラックスパフェだ。お前のことだから、どうせならデカいのが良いんだろ?」
その言葉に、私は思わず笑ってしまった。
なんだ、優しいじゃん。いや、もしかしたら、ただ呆れてるだけかもしれないけど。
でも、それも、先輩らしいな、と思った。
───
厨房の隅、蛍光灯の下。
プリンやアイスの乗ったデラックスパフェを、スプーンですくって渡し合う。
先輩は無言でスプーンを受け取って一口食べると、「……悪くねぇな」と呟いた。
その言葉が、なぜかとても嬉しかった。
「……うま」
「でしょ?……白石先輩」
「ん?」
「わたし、もっと頑張ります」
「……ミス減らすって意味なら、まずメモ取れ」
「違います」
「……?」
「もっと、先輩としゃべれるように。こんな、食いしん坊な私だけじゃないって、先輩に知ってもらえるように」
言ったあと、恥ずかしくてスプーンの先をじっと見つめた。
でも、先輩の横顔は、ほんのすこし赤くなっていた気がした。
蛍光灯のせいかもしれないけれど、気のせいじゃないと信じたかった。
「……俺も、もうちょいしゃべれるようになるわ。こんな不器用な俺に付き合うのも大変だろうけど」
その言葉に、私は顔を上げて、思わずまた笑ってしまった。
パフェの甘さが、胸の奥までじんわりと染み渡るようだった。
デラックスパフェみたいに、ちょっと欲張りな未来を、私もいつか手に入れられるだろうか。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
このEP3は、まだ“恋”とは呼べないかもしれない感情を描きたくて書きました。
先輩に憧れる気持ち。ちょっとした会話で心が揺れる感覚。
それらはすごく淡いけれど、確かに胸の奥に残るものだと思っています。
美咲にとって、チョコパフェはただのスイーツじゃない。
それは、彼女が誰かと心を通わせたいと願った、小さな勇気の象徴です。
次回はまた、別の“誰か”の視点から、すこしだけ眩しい恋の話をお届けします。
どうぞお楽しみに。