EP13.ルート未確定
EP11から続く「斉藤理紗・文化祭3部作」のラストエピソードです。
劇の本番。
緊張で足が震えたけれど、袖で葵がそっと手を握ってくれた。
「大丈夫、斉藤さんはヒロインだよ」
舞台のライトが当たる。
王子様役の梶と目が合う。
台詞を交わし、視線を重ね、物語が静かに動いていく。
会場から拍手が起こる。
緞帳が下りた瞬間、全身の力が抜けた。
舞台のあと、梶が声をかけてきた。
「返事、聞かせてくれる?」
理紗は小さく息を吐いて、首を横に振った。
「……ごめんなさい」
梶は、ほんの一瞬だけ目を伏せたあと、少し笑った。
「だよな。でも、なんかちゃんと好きになれたの、斉藤が初めてだったかも。お前のおかげで、この王子様役も、ただの文化祭の出し物じゃなかった。俺の気持ちも、ちょっとは本物だったんだ」
「……ありがとう」
「じゃ、またな。相手役、楽しかったよ」
その背中が遠ざかるまで、理紗は動けなかった。梶は完璧な王子様だった。でも、私にとって、彼の「好き」は、台本の中にしか存在しないような、あまりにも整いすぎた言葉に聞こえてしまっていたのかもしれない。
その後、校舎裏の特設ステージで軽音部のライブが始まった。
人混みの中に、理紗は榊の姿を見つけた。
ベースを弾きながら、少し照れたように歌う榊。
その声もリズムも、不思議なくらい胸に届いた。完璧ではない。少しだけ音がずれる瞬間も、声がかすれる瞬間もあった。それでも、彼の歌は、心を震わせた。そこに嘘がない。榊という人間が、剥き出しのままそこに立っているように感じられた。
目が合った瞬間、彼はそっと笑って、また歌に戻っていった。
(……なんで、こんなにちゃんと届くんだろう)
劇の王子様は完璧だった。でも、榊の不器用な歌のほうが、なぜか心を動かす。
「かっこよかったよ」
口には出せなかったけれど、ちゃんとそう思っていた。この感情が、何なのか。まだ言葉にはならないけれど、確かに温かいものが胸に広がっていた。
帰り道、榊が追いかけてきた。
「断ったんだな」
「……うん」
「理由、聞かないよ」
そう言って、榊は理紗の隣に並んで歩いた。
何も言わなくても、わかってくれているようだった。
だけど、胸の奥はまだざわざわしていた。
「……やっぱ、現実の恋なんて、めんどくさい」
ぽつりとそう言ったのは、自分でもよくわからない気持ちから逃げたかっただけかもしれない。誰かを好きになること、好きになられること。それに対する責任や、傷つくことへの恐れ。完璧な物語の中ではありえない、予測不能な感情の波に、まだ上手く乗れない自分がいた。
榊の歌声も、視線も、ちゃんと届いていた。
でも、それが何だったのか、まだ言葉にならない。それが、「好き」という感情なのか、それとももっと違う、深い信頼のようなものなのか。
文化祭だったし、みんな浮かれてた。
私も……たぶん、そのひとりだっただけ。そう言い聞かせたかった。けれど、心の奥底では、それが言い訳でしかないことも、薄々気づいていた。
秋の風が吹く。
夕暮れが世界にフィルターをかけて、現実と妄想の境目がわからなくなる。
私は今、どのルートの途中にいるんだろう。そんなことを考えていた。それでも、この「未確定」な状態が、少しだけ心地よかった。目の前には、完璧な王子様とは違う、不器用だけど確かな存在がいる。私だけの物語は、まだ始まったばかりだ。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
このEP13は、文化祭という舞台のなかで、斉藤理紗が“誰かに選ばれる”のではなく、“自分で選ばないことを選ぶ”物語でした。
好きかもしれない。だけど、まだ言葉にできない。
そんな感情もまた、青春の中ではとても大切で、ちゃんと肯定されていいものだと思います。
完璧な王子様に断りを告げ、不器用な彼の歌に心を動かされながらも、まだ「ルート未確定」として残る彼女の選択。
それは、誰にも迎合しない、自分のための“進行中”の恋です。
この物語はまだ終わりません。
それぞれの“恋の真ん中”は、これからも静かに、少しずつ動いていきます。
今後のエピソードも、どうぞ楽しみにしていてください。




