EP11.私は物語の中で恋をする
今回の主人公は、再び斉藤理紗。
文化祭を前に、ヒロインとして舞台に立つことになった彼女が、自分の「好き」に少しずつ向き合っていく物語です。
乙女ゲームの中では選択肢が用意されていて、ルートも分かりやすい。
でも現実の恋は、もっと曖昧で、揺れていて、答えがひとつじゃない。
「斉藤さーん、ヒロインやってくれない?」
放課後の教室。
教壇の前で、クラスの中心的存在の河村葵が笑顔で手を振った。文化祭の出し物が“舞台劇”に決まり、配役を決める話し合いが始まった。
男子たちは半分やる気がなく、女子も他人事モード。そんな中、なぜか私──斉藤理紗がヒロインに抜擢された。
「わたしでいいの?」
「めっちゃ合ってると思うよ? 静かだけど芯あるし。あと……乙女ゲー好きって言ってたよね?」
そこが決め手か、と思いつつも、私は脚本づくりにも参加することになった。乙女ゲームの世界観なら、私にも表現できるかもしれない。どこか遠い国の物語のように、私自身の感情を投影できるなら。
河村葵は、派手だけど根は真面目でオタク気質。だから、気が合う。
「ねえ、せっかくなら王子様出したくない?」
「そうだね……最初は冷たいけど、だんだん優しさが見えてくるとか」
ノートを開いて、ふたりで乙女ゲームの展開をなぞるように話し合う時間は、なんだかくすぐったくて楽しかった。
王子様役には、梶悠人が選ばれた。
クラスでも目立つイケメン。軽いけど嫌味がない。バスケ部でエースらしい。
誰もが「似合う」と思う配役で、本人も意外とやる気を見せてくれた。
リハーサルが始まったばかりのある日、真面目に取り組まない男子たちをぴしゃりと叱る梶の姿があった。
「ふざけるなよ。ちゃんとやってる人もいるんだ」
その声は、真っ直ぐで、迷いがなかった。いつもヘラヘラしているイメージだったけれど、意外な一面に私は思わず見とれてしまった。責任感があって、周りをちゃんと見ている人なんだ。
「……かっこいいな」
心が揺れるのが自分でもわかった。でも、その一方で——
大道具担当の榊颯真が、黙々と舞台の裏側を支えている姿が視界に入った。
スポットライトの当たらないところで、誰よりも真面目に、丁寧に。
ときどき、こっちをちらっと見てくるその視線が、どこかくすぐったい。彼の視線は、梶のように華やかではないけれど、私の心に静かに触れてくるようだった。
「斉藤さん、梶くんよりも、榊くんとしゃべってる時の方が自然じゃない?」
隣で河村葵がひそひそと笑いながら言った。
「……そ、そんなことないと思う」
私は目を逸らしながら答えた。
王子様が台詞で世界を動かすなら、榊くんは行動で誰かを支えている。
その違いに、私は少し戸惑っていた。どちらの「かっこよさ」が、私の心を強く掴むのだろう。私にとっての本当の「王子様」とは、どんな人なのだろう。
脚本の仕上げに入るころ、私はふとペンを止めた。
「……これ、現実で誰かに言われたら、どう思うんだろう」
台本の中の王子様がヒロインに語る、まっすぐすぎる愛の言葉。
甘くて、ときめくけど……現実で耳にしたら、私はちゃんと受け止められるのかな。完璧すぎる言葉は、時に現実離れしていて、私には重く感じられるのかもしれない。
図書室の机で、隣に座って黙ってページをめくる榊くん。
スマホの画面で、完璧なセリフをくれるルイス様。
その中間で、私はまだ揺れている。
でも今は、それでいいのかもしれない。この揺らぎの中に、現実の感情がある。どちらかを選ぶのではなく、両方の魅力を知ることが、私自身の「好き」を見つける第一歩なのかもしれない。
脚本に「To be continued」の文字を添えて、私はそっと笑った。
*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*
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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
理紗にとって、恋はまだ“未解読の感情”かもしれません。
完璧すぎる言葉に戸惑い、不器用な優しさに心が動く。
そんな風に迷ってしまうことは、きっと悪いことじゃない。
選べないこと、決めきれないこと。
その中にも確かに気持ちはあって、少しずつ形になっていくのだと思います。
次回は文化祭当日。舞台とライブ、それぞれの“答え”が見え始める回です。
ラストに向けて、どうぞ見届けてください。