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EP1.隣に立ちたかった夏

はじめまして、成阿ハルキです。

『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』はオムニバス形式の青春恋愛短編集です。


今回の主人公は、西村まなみ。

少し自分に自信が持てなかった彼女が、「好きな人の隣に立ちたい」という気持ちを胸に、小さな変化を重ねていくお話です。

派手ではないけれど、たしかに心が動いた夏のこと。

そんな“サイドストーリー”を、そっと覗いてみてください。

挿絵(By みてみん)

「みんなでプール行かない?」

誰かのその一言で、教室は一気に浮き足立った。

「やば、行きたい!」

「水着持ってる? てか日焼けしたくない〜!」

笑い声と騒ぎの中心に、私はいなかった。ただ耳で聞きながら、ペン先はノートに触れたまま動かせずにいた。

私は、自分の体が嫌いだった。幼い頃から少しだけふっくらしていて、特に下半身のボリュームは、同級生と比べると明らかに違う。鏡に映る自分を見るたび、ため息が出る。プールなんて、水着なんて、絶対に無理。想像するだけで、肌に張り付く水着の生地が、自分を醜く見せるようでぞっとした。

夏。

太陽。

水着。

──見せられるわけ、ないじゃん。

「西村は? 行くっしょ?」

突然声をかけてきたのは、北村春人だった。

さらっと名前で呼ばれたことに、胸がキュっとする。彼とは席が隣で、時々他愛ない話をするけれど、こんな風に私を誘ってくれるなんて。でも、ダメだ。

「え、あ、うちその日、家の手伝いあるかも。ごめんね」

「そっか……一緒に楽しみたかったけどな……」

たったそれだけ。でも、体中が熱くなった。心臓がバクバク音を立てて、汗がにじむ。本当は行きたいに決まってる。春人の隣で笑っていたかった。

でも、この体を見られるくらいなら、行かない方がマシだった。

───

その日から、私は変わった。

まずは食事。朝食を抜いてみたり、昼はサラダだけ。夕飯は水だけの時期もあったけれど、すぐにフラフラしてやめた。鏡を見るたび、憎いとすら思える脂肪に触れる。このままじゃ、ダメだ。変わりたい。誰のためでもない、自分のために。そして、もしも、春人の隣に立てるなら。

YouTubeで見つけたダイエット動画を真似して、夜に汗だくになって踊った。最初はまともに動けず、自分の体の重さに絶望した。でも、諦めたくなかった。朝はプロテイン、昼はサラダ、夜はスープ。時には猛烈な空腹に耐えられなくなり、冷蔵庫の前で葛藤した。**甘いものが食べたい。温かいご飯が食べたい。でも、そのたびにプールの写真が頭をよぎる。**誰にも言わず、ただひたすら、自分に負けたくなかった。

春人のInstagramには、みんなで行ったプールの写真が載っていた。

笑顔。日焼けした肩。美味しそうなかき氷。

私はその夏にいなかった。**画面の向こうの楽しそうな世界に、私はいなかった。でも、次の夏には、きっと。**いつか、ちゃんと隣に立てるように。

───

季節は秋。

制服のスカートが少しだけ風に揺れて、頑張って痩せたはずの体も、まだどこかぎこちなかった。

──ほんとに変われたのかな。

そんな不安を抱えたまま、帰り道を歩いていた時。

「西村!」

ふいに名前を呼ばれて、振り返ると、そこに春人がいた。

「なんか……めっちゃ変わったな」

そう言いながら、彼は私の顔をじっと見つめて、ふっと目を細めた。

「無理……してないか? 顔色、ちょっと悪い気がする」

私は、少し笑ってみせた。

「……うん。夏、行けなかったからね」

「え?」

一呼吸置いて、言葉をこぼす。

「ほんとは……プール、行きたかった。

でも、水着なんて着れなかったの」

風が、カラカラと落ち葉を転がしていった。

「だから、変わりたかった。

自信がほしかったんだ。……笑えるようになりたくて」

春人は、何も言わずに私を見ていた。

その視線に、胸がきゅっとなる。

沈黙。

でも、それは冷たいものじゃなかった。

そして──彼は静かに言った。

「……オレさ、西村のこと、好きだった」

「え……?」

声が出なかった。

「ふわふわしてる感じが可愛くて、何気ないことで笑ってくれるのが嬉しくて、

幸せそうにお弁当食べる姿、ずっと癒されてた」

春人の目が、まっすぐ私を見ていた。

逃げられないくらい真剣で、でも、どこか不器用な熱を含んでいて。

「今もすごく綺麗になったと思う。……でも、変わる前の西村も、

オレにとっては、ずっと可愛かったよ」

言葉が、心にぽとぽと落ちてくる。

あたたかくて、でも少し苦しくて。

涙が出そうになるのを、ぐっとこらえた。

「……だから、もし無理してるなら、もう頑張らなくていい。

西村には、ずっと笑顔でいてほしいから」

夕焼けの中、彼の手がそっと私の手に触れた。

「ずっと、伝えたかったんだ。

西村のこと……好きです」

頭が真っ白になる感覚と、一気に押し寄せる嬉しさで、

心がじんわりと温まっていく。

「もぉ〜……ばか……早く言ってよ」

涙まじりに笑いながら、私は春人の胸をポンポンと叩いた。

「大好きな春人の隣に、自信持って立ちたくて……だから頑張ったのに……」

春人は少し目を丸くして、それから照れくさそうに笑った。

「それはゴメン。……でも、どんな西村でも隣にいてほしいよ」

「え……じゃあ、戻っていいの? 好きなだけ食べていい? ……いっぱい?」

春人は小さく吹き出して、私の頭に手をのせた。

「いいよ。いっぱい美味しいもん食べに行こ」

「じゃあ……ラーメン食べたい」

私は涙を拭って、満面の笑みで答えた。

「最高じゃん」

ふたりの手が、自然に重なる。

指先がそっと絡まり、夕焼けのなかにやさしい時間が流れていた。

──あの夏、私はいなかった。

でも今、ちゃんと春人のとなりにいる。

それだけで、胸がいっぱいだった。



*『サイドストーリーは恋をする~誰かの恋の真ん中~』シリーズ*

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ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


まなみの想いは、きっと誰かが一度は抱いたことのある気持ちではないかと思います。

自分を変えようとすること。好きな人の隣にいたいと願うこと。そして、本当は“そのままの自分”を好きだと言ってもらいたいこと。


この物語は、恋の始まりの瞬間でもあり、まなみ自身が「誰かのための変化」から「自分のための選択」へと一歩踏み出す、小さな成長の記録でもあります。


次回は、また別の“誰か”の恋のお話をお届けします。

また読んでいただけたら嬉しいです。

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