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苦手な方はご注意ください。

おお魔王よ! 死んでしまうとは情けない!!

作者: 柳瀬あさと

「よーし! 王国軍を叩き潰すぞ!! 大丈夫やれる魔族なら出来る!! 正義は! 我らに! あり!!」


 広間に集まった魔族を前に高らかに宣言すれば、魔族の皆は空気を震わせるほど大きく応えた。

 私の後ろで玉座に座った魔王様は「あの、皆、無理はしない様に……!」とか言っていたが、側近のアーモンさんに「魔王様! しッ!」と黙るように指示されていた。いいぞアーモンさん。

 やっとここまできた。ようやくだ。ようやくあのクソゴミ共に復讐出来る。






 簡単に言ってしまえば、私はお話の中ではよくある異世界召喚とやらに、関係ないのに巻き込まれて、関係ないから捨てられたのだ。

 仕事上がりに街をふらついていれば、ナンパ男から逃げるように走ってきたやたらと可愛い女の子とぶつかった。

 すみません、いやこちらこそ、なんてごく普通の会話があちらの世界での最後。次の瞬間には足元が光って目を瞑って、そして気が付いたらファンタジーな広間でファンタジーな恰好をした奴らに囲まれていた。


「おお、聖女様! 召喚に応じていただき感謝します!」


 呆然とする私達に、キラキラしたイケメンが輝かしい笑顔で一方的な説明を開始した。

 この世界には魔族率いる魔王がいて、この国の人間達は戦っているがかなりの被害を受けているらしい。

 どうすれば魔王を倒すことが出来るのか、と神に縋ったところ、授けられたのが『聖女召喚』という奇跡。

 異世界から才気あふれる心優しい者を招き、魔王を倒してもらう以外にこの国の勝利は無いらしい。


「聖女様、どうかお助けください! 第一王子にして勇者である私が貴女をお守りいたしますから!」


 もう飽きたわその設定。


 これが物語ならそう突っ込めたが、ところがこれは現実だった。

 呆然としている女の子を横目で見て、私は、まずいな、と思った。

 飽きた設定、けれどそれはあくまで物語だからで、現実に異世界に拉致されるとなれば話が違う。ごめんである。女の子はまだ混乱しているのか「嘘、何で、これって……」とぼそぼそ言っている。

 どう見ても、中学生か高校生。対して、私は社会人三年目の大人。

 これ、私がこの子を守らなきゃならないのでは?

 冷静になればそんな義理は無い。けれど良識が変に働いて「この子を守らなければ!」と思い込んでしまった。

 そこで、震える声で交渉を試みた。そんなこと、しなくてよかったのに。


「すみません、いくつか確認したいのですが……」


 私が声を上げた事で、ようやくファンタジーな奴らは私の存在に気が付いたらしく「おや、何故だ……」「聖女ではないぞ、まさか……」などの声が聞こえたが無視した。無視しなければよかったのに。その声から、私は予定外の存在なのだと考え付いたのに。どうせ最後は捨てられるとしても、あんな悔しさも痛さも味わわないですんだかもしれないのに。


「魔王を倒すってどうやってですか? それと、元の場所には帰れ……」

「貴女は誰ですか?」


 ありきたりな質問は胡乱気な眼差しと共に遮られた。


「……いや、誰って……」

「私共は、若く優秀で心の清い方を呼びました。貴女はそれに一つも当てはまっていませんのに、何故ここにいるのです?」


 いきなりの全否定。女の子は何故か満更でもなさげに「あら……」と頬を赤く染めた。

 見た目だけなら綺麗でカッコいい王子様は、嫌悪感を滲ませながら憐れんできた。


「もしや、聖女様の召喚についてこられたのですか? そのような事をしても貴方の格が上がるわけではありませんよ? 召喚されたから聖女様ではないのです。聖女様だから召喚されたのです。もう少し……身の程を弁えた方がよろしいのでは?」


 重ねての全否定に、女の子はとうとう噴き出した。

 ふり絞った勇気を相手からも守るべき対象からも叩き壊され、恥ずかしさと悔しさで顔を赤くして「そっちが勝手に召喚したんでしょう?! 私は別に来たくなんかなかった!」と叫んだが、そこからはもう駄目だった。

 ファンタジーな奴らは、私を『呼んでもいないのに尊き聖女様に縋りついてきた恥知らず』とみなして馬鹿にし、女の子はそれに追従し蔑み始めた。


「来てしまったものは仕方ありませんが……衛兵! このならず者を下位客室へ! しっかりと見張るように!」


 そうして私はファンタジーな奴らと女の子に嗤われながら摘み出され、客室とは名ばかりの二畳あるかないかの部屋へ閉じ込められた。

 その後のことは思い出したくもない。

 髪を切られ、焼き鏝を捺され、襤褸切れのような服に替えられ、色々な奴らから殴られ蹴られ、最終的に起き上がれなくなったところで、荷馬車に乗せられ暗い森へと捨てられた。


 私が何をしたって言うんだ。

 街を歩いていただけだ。走ってきた女の子とぶつかっただけだ。わからない状況で質問をしただけだ。

 それが、殺されるほどの事なのか。

 地面は冷たくて痛くて、でも動く力も気力もなくて、そう言えば食事どころか水ももらえずにどれだけ過ごしたのだろうと考えたところで視界が暗くなっていった。


 地面を踏みしめるような足音が、いくつも聞こえたような気がしていた。






 実際のところ、それは足音だった。ただし、人間ではなく魔族の小人族だったが。


『傷ダラケ』

『マズソウ』

『モウ食ベチャダメダヨネ』

『ソウダヨ、ダメダヨ』

『デモバレナキャ平気ダヨネ』

『ソウダヨ、平気ダヨ』

『綺麗ニ磨ケバ美味シソウニナルカモ』

『肉少ナイ』

『食イデガナイ』

『太ラセレバイイヨ』


 何とも物騒な事を言われながら、私は五人の小人達の家へ運ばれて、洗われて、治療を受けて、ご飯を食べさせてもらった。そうです、私は食べられる前提の家畜でした。

 小人族はその名の通り子供のようなサイズで、肌の色は薄い緑、白目の部分が金色に近い黄色だった。こんなファンタジー生物、漫画かアニメか映画か何かで見た気がする。


『人間、ホラ、モットオ食ベ』

『沢山太ッテ美味シイオ肉にナルンダヨ』

『ネェ、骨から出汁取レルラシイヨ』

『人骨スープ?』

『美味シソウ』

『人間、残サズ食ベテアゲルカラネ』

『美味シクナァレ』

『美味シクナァレ』


 牛や豚や鶏の気持ちがわかる日が来てしまうとは思わなかった。

 異世界のクソ人間共には恨み骨髄だが、きゅるんと大きな目でニコニコと笑いながら私の看病をしてくれている……いや、彼らにとっては飼育しているのだが、そんな彼らになら食べられてもいいかもしれない……などと弱った考えを持ちながら体を休めた。

 とはいえ、何日か経てば私もしっかりと意識を保って体を動かせるようになってくる。そうなれば、食べられるなど以ての外である。


『アー! 人間、立ッテ大丈夫カ?!』

『少シ運動サセナキャ美味シイオ肉ニナラナイヨ』

『傷ナクナッテキタ、磨イタカイアッタ』

『人間、無理シチャダメダヨ? オ肉ハユックリツケレバイイカラネ?』


 未来はさておき、死ぬところを世話になった相手である。出来れば穏当に事を運びたい。


「今までありがとうございました。ところで食べられるのは遠慮したいので、代わりに労働を……」

『?! シャ、喋ッター?!』

『人間ガ喋ッター?!』

『何デ何デー?!』


 驚いて私の周りをぐるぐる回り始めたので、小人達が力尽きて座り込んだ後に感謝と現状と希望を伝えることにした。

 ……まぁ、家畜が喋ればビビるよね。

 というかそうだよな、ファンタジーなクソ共もだけど何で言葉通じてるんだろう。日本語喋ってますよ私。これが物語で言うところのチート能力ってやつか?


 後から聞いた事だが、魔族と人間では使っている言語が違うのもそうだが、そもそも体の作りが違うから発生出来る音が違う。だから、双方聞き取ることも話すことも出来ないらしい。今のところ出来るのは文字による意思疎通のみだとか。

 それなのに、私はごく自然に魔族の言葉を理解して会話している。人間ではないのでは? と疑われのだ。残念ながられっきとした人間である。なので、改めてここへ来たいきさつを話したところで、小人達が根をあげた。


『無理! 国ガ絡ム難シイ事判断出来ナイ!』

『王様! 王様ニオ任セスルノガ一番!』

『人間モドキ、オ城ニ行コウ! 偉イ方ガドウニカシテクレル!』


 喋れる人間は人間じゃない、との事で『人間モドキ』と呼ばれながら、小人達は私を王様とやらがいるお城へ連れて行ってくれた。というか、魔族の王様ってそれクソ共が言ってた魔王では……私、やばいのでは……。

 不安に思うも、小人達が必死に門番に話してすぐ、人としてはあり得ない牙と角を持った怖そうな人が出てきた。ねぇやばいのでは助けて。


『人間モドキ! 安心シロ! イシュバ様偉クテ賢イ!』

『ヨカッタ! コレデ人間モドキ大丈夫!』

『イシュバという。見ての通り鋭剛族だ。経緯は聞いたが、詳しく話を聞かせてもらおうと思う、のだが……本当に話は出来るのか?』


 見ての通りと言われてもわからないが、怖そうな人はイシュバさんといって鋭剛族らしい。知らんなぁと思いながら「はい、貴方が言っている事もわかります」と返事をした。イシュバさんは目を見開いて驚き、何か得心いったように頷きながら私を城へ招きいれた。

 通された城の一室は、かつて閉じ込められたクソ共の部屋とは異なり、広く立派な内装をした客室だった。もうこれだけで好感度爆上がりである。

 私は事細かに説明した。小人達へ伝えた時よりも詳細に、感情をこめて。だってあんなクソ共と同じ人間、同じ仲間だと思われたらたまったもんじゃない。人間だけどこの世界の人間とは別物である。なんなら今の私の心は小人達と共にある。


『そうか、聖女召喚……あの王国め、侵略だけで飽き足らずとうとう我らを滅ぼす手段に出たか』

「ん?」


 イシュバさんの憎々しげな声に反応してしまう。侵略だけで飽き足らず?

 これは、まさか。いや待て、確かにあのクソ共は魔族が何をしたかとかどんな被害にあったかとかは言っていなかった。


「あの、何故魔族とクソ共は戦ってるんですか?」

『クソ共……』

「失礼しました。私を召喚に巻き込んだ人の皮を被ったゴミ共の事です」

『うん、まぁ、君の立場からすればそうなるな……いや、正直我々からしても同じだ。奴らはクソだ、ゴミだ。他の人間国は一応同盟と条約を遵守しているのに、どうして隣接国のあそこだけが腐っているのか』

「おっと、あいつら思った以上にクソゴミ国家の予感」

『君、人間にしては話が合うな』


 そんなこんなでイシュバさんとの会話は弾んだ。


 魔族から見たクソゴミ国家は、ひどかった。


 この世界には色々な種族がいて、一番文明が進んでいるのが人間の国なのだが、当代の魔王が魔族の国を一つにして人間の国に追いつかんばかりに発展したらしい。多くの人間の国はその事に驚いたり焦ったり不快感を持ったりもしたが、概ね歓迎した。というのも、統率の取れていなかった魔族が規律を守るようになったからだ。特に、人間を食べる魔族への締め付けが強く入ったことが大きかった。

 それまで、魔族の領域は荒地ばかりで、食料は育たず家畜を飼うことも出来ず、それで追い詰められた魔族が人間を捕まえて食べていたのだ。なんせ話も通じないから完全にちょっと頭のいい動物扱い。あと美味しいらしい。

 そんな彼らに土壌改良から始めて安定した農業を広め、人間は捕食対象ではなく対等の存在であると意識改革を行ったのが今の魔王。


 当代の魔王が治める魔族の国、ルーシエルニア国は世界的に歓迎された。それでも、恨みや恐怖や下に見ていた心は捨てきれず。

 そんな中で、クソゴミ国家は不作の年が続き、逆にルーシエルニア国は豊作の年が続いたらしい。そこで魔族側は普通に食料を融通していたのに、クソゴミ国家は同盟や条約等を無視して侵略行為を始めたのだとか。

 クソゴミ国家の主張は『下等な生き物が呪いをかけて我が国を陥れようとしている。ゆえにこれは正統なる粛清である』らしい。これには全世界の国が『馬鹿を言うな』と苦言を呈し、多くの国が流通経済制裁に舵を切った。だが、それにより侵略はさらに進められた。


 魔族側が追い返せればよかったのだが、そこはそれ、表に出さないのが常識でも、内心ルーシエルニア国の発展を苦々しく思っている国が絶妙に邪魔をしてきた。

 そもそも当代の魔王の方針は生活基盤の確立、経済的成長であったので、軍よりも警備機構を充実させていた。そこへ他国が『かつて人間を食べていた者がいますねぇ、おやおややっぱり人間を捕食しようというんですかぁ』と色々な圧力をかけて、全面きっての戦闘行為が出来ず、救援と撤退ばかりが続く羽目になってしまっていた。

 だが、他国もクソゴミの味方は絶対にできない。あんな主張を認めるのは恥でしかないし、明日は我が身である。


 クソゴミが程よく侵略征服して、ルーシエルニア国が程よく弱体化して、自国が程よいタイミングで仲裁という恩を売りつけたい、何なら漁夫の利狙いたい。それが他国の考えだ。


 ああ、足の引っ張り合い。どこの世界でもある大人の事情国家版。


『我々魔族は体内に魔力というものを練り上げる魔臓という臓器がある。それがあるゆえに魔族。それと対為す力というか消し去れる力が聖力。基本的には天羽族が持つ力だな。聖腑という臓器から作られるらしい。だが、稀に聖腑もない人間の中にも何故か聖力を持つ者が現れ、それが聖人、聖女と呼ばれる』

「消し去れる……つまり、聖女は貴方方を無力化に近いことが出来る、とかそんなことだったり……?」

『魔力も聖力も第二の血液だからな。無力化どころか死ぬ。魔力と聖力をぶつけ合うのは魔族と天羽族の自爆行為だ。やった方もやられた方も死ぬ。ところが、聖人や聖女がそれをやっても死ぬことは無い。奴らが持つ聖力は体に付随しているわけでも第二の血液でもないからだ』

「じゃああっちはノーリスクで魔族を殺せるってことですか?!」

『そういうことだ』

「最悪……ッ! マジクソオブクソだあいつら……!」


 思わず頭を抱えてしまうと、イシュバさんが『いや君には関係ないと思うんだが……』と苦笑していた。本当だ、私関係なかった。でもほら、私の心は小人達と共にあるし。

 そうだ、私の心は小人達と共にある。だってこの世界に来てから優しくしてくれたのは小人達だ。下心満載だったけど。家畜扱いだったけど。

 そして何より! クソゴミ共が最高にムカつく!!


「イシュバさん! いきなりですみませんが私を雇ってください! クソゴミ共を全滅させる手伝いをさせてください!!」

『いや、全滅までは』

「何を生温い事を! 世界の為にも奴らは滅ぼすべきです!!」

『ちょっと、ちょっと落ち着きたまえ』

「ゴミを放置すればそこから腐って生活環境が脅かされるんですよ!! 汚物は焼却あるのみです!!」

『君、本当に人間か?』


 私の情熱が伝わったのか、イシュバさんは雇い入れ前提で魔王との面会を許してくれた。あまりにも事がスムーズに運ぶのでちょっと疑ったら『私は真実を見抜ける力と軽い予知に似た力があってね、来客対応や交渉事の担当なんだよ。君は嘘を言ってないし奴らへの怒りは本物だし、君が魔王様含め我々と笑って過ごしている未来も見えた』と言われた。便利ぃ。ていうか魔王込みで魔族と仲良くなれるのか私。


『魔王様、イシュバです。失礼いたします』


 豪勢な扉の前でイシュバさんがそう言うと、扉が一瞬光って勝手に開いた。音声認証とかの自動ドアなのかな、魔法すげぇ、魔族進んでる。

 豪勢な扉に似合った豪勢な部屋、でも機能的だから執務室とかかな? その中には、この世の美をすべて集めたような男の人が笑顔で立っていた。


『やぁ、イシュバ。なんだか見慣れない子がいゴフッ!!』

『魔王様ー!!』


 この世の美をすべて集めたイケメンが笑顔のまま喀血して倒れた。


『誰か! 魔王様が死ぬぞ!』


 イシュバさんが叫びながらイケメンに駆け寄り抱きかかえる。え、死ぬの? 噓でしょ、魔王なのに?


『ごめん、ちょっと東部の巨大沼地に魔力注ぎ過ぎた、無理、死ぬ』

『あそこはゆっくりと改善していこうと言っていたではありませんか! 誰か! 急げ!』


 イシュバさんの叫びに応えるようにバタバタと足音が近づいてきたと思ったら、真っ青な肌のボンキュッボンなメイドさんが籠を持って飛び込んできた。あの籠に医療器具とか薬とかが入ってるのかな? ファンタジーだからポーションとか?


『失礼いたします! 魔王様! 揺り籠をお持ちしましたさぁどうぞお亡くなりください!』 


 メイドさんご乱心!

 治療するんじゃないんかい?! と心の中で叫んだ時に、イケメンが『ありがと……じゃあね』と言い残して体が崩壊した。全部砂になった。


 ………………え?! 本当に死んだの?!


 衝撃で声も出ないで立ち尽くしていると、元体の砂からふわりと光が浮かび上がった。人魂みたいな。いやこの場合、魔魂?

 その魔魂はふよふよと浮かんでメイドさんが持ってきた籠の中に入る。すると、その籠がメイドさんの手を離れて突如大きくなり、床から生えるような形状に変わってゆらゆらと勝手に揺れだした。魔魂をその中に入れたまま。まさに揺り籠。

 呆然と見ていると、イシュバさんとメイドさんは一仕事終えたように脱力していた。


「…………あ、あの?」

『しまった、君がいたんだった。すまないが魔王様は死んでしまった。また後日話をしよう。客人だ、客室への案内と世話を頼む』

『かしこまりました』

「いや待って? 魔王様本当に死んじゃったの? 噓でしょ? 何でそんな冷静なの?」

『いつもの事だからなぁ』

「いつもの事?!」

『またすぐ生まれるから大丈夫だ』

「またすぐ生まれる?!」

『ただ、三日はかかると思うから、それまで待っててくれ』

「わかりましたぁ! 三日の間に魔族における生死の定義を教えてもらえませんかねぇ?!」

『いやこれは魔王様独自の特性で……』

「とにかく説明お願いしまぁす!!」






 精神魔族、という種族がいるらしく、魔王はその種族との事だった。

 名前の通り、精神、実際には目に見えない別の物質で出来た生命の核があるらしく、肉体を殺しただけでは死なず、その生命の核が死なない限り肉体は何度も作り上げられるという、事情を知らなければ不死身のように見える種族だ。


『生まれる時に自身の核に相応しい肉体を作り上げるらしいのだが、魔王様はホラ、魔族統一を成し遂げ発展させるほど出来た方だし、それに見合った肉体というと恐ろしいまでの魔力を練り上げる魔臓を持つ肉体を作り出すことになって……逆のような気もするんだがな。強く大量の魔力を練り上げられるからこそ魔族統一が出来た、とも言える気がする』


 魔力とは魔族にとって必要不可欠の力で、同時に凄く強力なエネルギーなのだという。私の世界で言う電気だったり栄養素だったり。

 民が飢えて人間を襲う程の荒れ果てた地。それを短期間で、ただの土地改良や飼育をする事でどうにか出来るはずもない。魔王は有り余る自身の強力な魔力を、土地に、植物に、生き物に、民に分け与えてきた。それにより魔族は皆魔王を唯一の王と認め、人間を襲わなくてもいいほどの生活環境を手にすることが出来たのだ。

 けれど魔力は魔族の第二の血液。大量に喪失すれば誰であろうと死んでしまう。肉体が、死んでしまう。しかし、魔王の生命の核は別だから何度でも復活する。

 つまり魔王の偉業は、精神魔族だからこそ出来る、その身を削った究極の滅私奉公である。


「魔王様こそ聖人じゃん」

『魔王様を殺戮者にしないでくれ』


 イシュバさんの顰め面に一瞬頭が混乱したが、すぐに魔族にとっての聖人、聖女は自分達を殺す存在だという事を思い出す。


「あ~、私の世界では聖人ってすごく立派で良い人みたいな意味でして……」

『そうみたいだな。君は深く力を使わなくても嘘がないから楽でいい』


 魔王様の体が作られる間、私はイシュバさんはじめ、城の様々な人から魔族やこの世界の常識を教えてもらった。勿論、同時にクソゴミ国家がどんな感じだったかとか私の世界の事とかの聞き取りも多くあったのだが。

 メイドさん達とも気楽に話が出来るようになった日、復活した魔王様へと改めての謁見となった。






『この前はみっともないところを見せたね。僕が魔王ルーシェだ。大体の事はイシュバから聞いている。本当に魔族陣営に入る、でいいのかい? この世界には真っ当な人間国家も……人間にとっては真っ当な人間国家も……いや待って、駄目だな、君聖女召喚に巻き込まれたんだもんね。えー、何処なら平気?』


 魔王様は自分の隣に立つ立派な角が生えた人、アーモンさんに尋ねた。その立派な角からイシュバさんと同じ鋭剛族かと思ったら違うらしく、魔族の中でも獣人族というものらしい。角以外獣人の要素何処やねん。


『天羽族の国か、地人族の国か、人間国家だと……カリニア宗教国でしょうかね。稀人として行けば問題ないでしょう。聖女召喚によって、というのは秘密にして』

『あの国、まろび出た異世界人は尊ぶけど、召喚による異世界人はスパイを疑って投獄だもんねぇ』


 アーモンさんの答えに魔王様が眉根を寄せて補足すれば、私の隣にいたイシュバさんも口を挟む。


『しかし、天羽族の国も地人族の国も人間には生活が大変ですよ』

『まぁ、基本空か地下だからねぇ』

『後はドリトリアルやワッフィ商連合でしょうか』

『物理的にここから一番遠い国と団体だねぇ』

『辿り着くまでの困難が多すぎますな』


 うーん、と考え込む魔王様とアーモンさんとイシュバさんとついでに控えているメイドっぽい人々。なんか申し訳ない。


「やっぱりこの国で雇ってください」

『うん、現状それが一番かな』


 そんなやり取りの末に無事魔族の国の国民になりました。イェイ。

 そして私の熱い希望により、外交折衝の中でもイシュバさんが請け負っていた対人間国、特に対クソゴミ国の担当部署に入りましたよっしゃ殺す奴らを殺す。


「そんなわけで魔王様! クソゴミ共を一人残らず殺すアイデアをいくつかお持ちしました!」

『殺意が絶好調だねぇ』


 宰相だか参謀だか将軍だか大臣だか、まだよく覚えられてない偉い人達の多くは私の口調にドン引きして、魔王様だけが笑顔で対応してくれた。ちなみにアーモンさんとイシュバさんは苦笑である。ごめんね他の皆様、荒ぶる殺意が止められなくて。


「ぬるいんですよ、他国の圧力なんて知ったこっちゃないです、防衛だけに徹したって地獄の底に引き摺り落すやり方なんて腐るほどあるんですよ」

『あのね、多分一般兵は聖女召喚とか関わってなくてね』

「甘い甘い! そもそも異世界人拉致っていいように操って戦闘投入してる時点で存在許したらやべぇ国なんすよ! 新聞見ました? 聖女が激励して軍の士気が上がったぜ魔王倒すぜイエーイとかやってんですよやつらは!! 死ね!!」

『あのね、新聞って大衆の意識誘導の効果を狙っててね』

「わかりました、非戦闘員は見逃してやりますが戦場に来た奴らは全員殺すという事で!!」

『どう足掻いても殺意が絶好調』

『というか何故君はそんなに防衛戦のアイデアがあるんだ。元の世界では平民だったのだろう?』


 略図で描かれた様々な案を見ながら、イシュバさんが純粋に疑問を呈する。その答えは簡単である。


「平民は平民でも軍オタ歴女のサバゲー民だったんで! あくまで生兵法なんで! 将軍とか参謀とかのプロがここらのアイデア好きに使ってちゃんと戦略にしてください!!」

『よくわからないけど、君の世界怖いなぁ』


 失礼な。平和ボケが出るほどの平和の極みやぞ。


 そんなこんなで、実際アイデアが活用されて無事罠にかけて殺しまくってクソゴミ共を撤退させることに何度か成功。ついでに私と魔族の皆さんの仲良し度も大幅アップ。魔族の皆さん、基本脳筋気味だけど優しい、最高、大好き。


 こうして進まない侵略に業を煮やしたクソゴミ国家は、とうとう本命の勇者(という名のクズ王子)と聖女(という名の殺戮兵器)を最前線へ連れて行くと宣言され。






 そして、冒頭の演説となったのだ。

 ルーシエルニア国とクソゴミ国の折衝地域、ゴレイル辺境領のバスデビエル砦。その砦の壁の上から見えるのは、約五万の王国軍。


『構え! 撃てェ!!』


 各軍団長の号令に合わせて一斉に魔法弾が王国軍へ向かう。視界が眩むほどの閃光と空気を震わすほどの着弾音。

 だが、その結果は。


『くそッ! やはり魔法が効かない!』


 悔しそうに声を出すのは魔族側の魔導士軍のトップ。

 魔族の基本戦力は魔法である。今までの救援、防衛、撤退戦はすべて魔法により支えられてきたのだが、聖女が前に出るとそれが無効化されてしまった。

 王国軍の一人一人を覆うようなうっすらと白く輝く光の膜。あれに触れると攻撃魔法も防御魔法もすべて消えてなくなってしまう。


「あれが聖力ってやつですか……」

『そうだ。あの聖女、最悪な事に魔王様に匹敵するほどの聖力を持っているな。厄介な……』


 初めて見る現象に、私もイシュバさんも王国軍から目を離さないまま会話をする。

 どうやら魔力だけでなく、ある程度の物理攻撃も弾く頑丈な鎧となっているようだ。魔族はあの光の膜に触れられない。触れれば死ぬ。現状、魔族側にあの光の膜を消す方法は無い。それでも、一縷の望みをかけて魔導士軍は攻撃魔法を続けて撃っている。


「無駄だ! 我らは聖女と神の加護に守られている! お前達おぞましき悪の力など届きはしない!」


 その状況を確認しながら、先頭のドヤ顔王子が高らかに宣言してくる。この距離で声が届くって拡声器みたいな魔法があっちにもあるのか。ちなみに我々は遠視魔法でクソゴミの顔を見てます。吐き気がする。


「諦めて我が国に下るなら命だけは生かしてやろう! 無論、我らの奴隷としてな!」

「うるせぇ死ね」


 私の低い声が合図だった。

 辺り一面に鳴り響く轟音。耳をつんざいたであろう悲鳴はそれでかき消された。そして立ち上る土煙で視界が遮られる。

 人工的な地盤沈下。

 見事に大規模落とし穴にはまってくれた王国軍の皆さんは、まだ何が起きたかわかっていないまま大騒ぎをしている。一個師団の大半が落ちるほどの、穴というには大きすぎる窪地の中で。


「岩石投下!!」

『おうよ!!』


 飛べる魔族の皆さんと魔導士の皆さんによる一斉大量岩石投下。空中に描かれた巨大な魔法陣から落ちてくる豪雨のような岩石により、落ちた王国軍は完全に埋まって見えなくなった。


「駄目押し、汚水投入!!」

『任せろ!!』


 飛べる魔族の皆さんと魔導士の皆さんによる一斉大量汚水投入。空中に描かれた巨大な魔法陣から落ちてくる大瀑布のような汚水により、埋まった元窪地の隙間に大量の汚水が入り込んだ。


「ッシャオラぁ!! 聖力で守られている? 多少体が頑丈になってる? それがどうした! 人は土砂に埋もれれば動けなくなるし空気が無ければ死ぬんだよォ!!」


 私がわざと拡声魔法器具で叫べば、それを聞いていた砦内の魔族達が勝利を確信した歓喜の声をあげる。大混乱の王国軍は、この声で更に混乱している様に見えた。


 このシンプルにも程がある作戦は私発案である。

 シンプルだが元の世界では規模的に構造的に色々と不可能なこの作戦は、魔王様の無茶苦茶な魔力があってこそできた事で、さらに私のような「立ってる者は親でも上司でも使え」という考えの上に「魔王様の力をこんなことに使うなんてとんでもない!」という畏れを持たない人間じゃないと言い出せないものだった。

 結構揉めたが、肝心の魔王様が『いいんじゃないかな、一番魔族側の被害が少なそうだし、最悪僕が死ねばいいだけだし』と乗ってくれたのだ。ちなみに、死にそうにはなったけど死なずにすんだ。


 大概は落下と落石で死んだだろう。そこら辺を聖力が守ってくれたとしても、汚水により溺れて死んだだろう。それでも何とか生きていたとして、岩石と汚水に埋められた状態から抜け出して戦闘に復帰できる者が一体どれだけいるだろう。いたら流石に化け物だわ。


『よし、三分の一は消えたんじゃないか?』

「よっしゃ、壊滅まで追い込みましょう」

『まだ頭は残ってるな。悪運の強い奴らめ』


 一方的な暴力にウキウキしている私と上層部達に、魔王様が『撤退したら追いかけなくていいからね?』とお優しい言葉をかけているが、みんな笑顔でスルーした。

 状況を把握し始めたのか、残った王国軍は器用に集まっていく。クズ王子の頭が意外にいいのか、それとも参謀的なのがちゃんといるのか。どちらにしても奴らは撤退しないらしい。

 上等である。王国軍が新たな陣を組んだところで、こちらは万全!! 

 例え王国軍が何処へ進んだとしても! そこら一帯は! どこもかしこも大規模落とし穴! そこへ落石! 汚水! 落とし穴! 落石! 汚水!


『いいぞいいぞ、もっとやれぇッ!』

「はーい壊滅!」

『ざまぁあぁぁ!』

『これまでの恨み思い知れぇ!』


 もはやパーリーナイである。小躍りし始めた私と上層部達に、魔王様は恐る恐ると言った感じで話しかけてくる。


『そろそろやめにしよう? じゃないとうちの国の評判が……』

『大丈夫です魔王様、これはあくまで馬鹿が勝手に落ちているだけです。我々は何もしておりません』

『落とし穴作ったの僕だし岩と汚水は……』

「あー、魔王様が作ってたのは落とし穴じゃなくて治水施設! まだ完成してないから上が脆いんですよね! ね?! そこに馬鹿が大軍連れてやってきたからたまたま落ちちゃっただけ! 私がさっき叫んだのも作戦成功の宣明じゃなくてただの事実だし! ね?!」

『え、あ、うん、そ、そうかなぁ……いやでも岩と汚水……』

『空いた穴はすぐ埋めなければなりませんヨ! 誰かが落ちたら危ないですヨ! あと貯水排水機能の確認もしたかったんですヨ!』

『人間が落ちてから埋めてるぅ……』

『大丈夫です魔王様、我が国は工事現場付近には来ない様に各国に通達警告をしましたので誰もいる筈がないのです。いる筈が、ないのです。我々は、何も、悪く、ありません』

『戦場で来るなと言って「はいそうですか」と来ない馬鹿はいないよ……』


 もしょもしょ言いながらも、荒ぶる私と上層部とついでに側近に言い包められて魔王様は黙る。

 王国軍は壊滅し、残った兵もほとんど恐怖に駆られて逃走したが、骨があるのか諦めが悪いのか、数えるほどの人数が班を作って砦へと向かってきていた。

 その中には、クズ王子と聖女がいる。しぶといなクソ虫が。


「あのクズ、真っ先に逃げると思ってた」

『聖女を連れているからな、一対一なら勝てると踏んでるのだろう』

「クズオブクズ、マジ死ね、いや殺す」

『そうだな、では殺そう』


 イシュバさんと話しながら砦の門の方へ向かうと、慌てたように魔王様が口を挟んできた。


『いや待って、あれ王族だよね、しかも投降の合図出してるよね、それなら捕らえて交渉……』

「わかりました、奴の首を送り付けて交渉すればいいんですね?!」

『殺意が極限だねぇ?! イシュバ、わかってるよね?!』

『わかっております、首を送り付けるのは流石に……死に装束と死に化粧を誂えた死体を持っていけばよろしいのですね』

『わかってないねぇ?!』


 楽しく話しながら砦の門へ行くと、王国軍の残りカスは意外にも真っ当に投降の手順を踏んだ上での交渉を試みていた。信じない信じない、嘘くさいことこの上ない。


『僕が話すからね?! いきなり襲うのは禁止だからね?!』


 断固として主張する魔王に、私もイシュバさんも渋々従った。


『開門!!』


 通行用の小門が開けば、忘れもしない、クズ王子と聖女がいる。ついでに賢そうな人と強そうな人も数人。

 難しい言葉による文書での諸々のやり取りして、クソゴミ王国の奴らは本格的な交渉に入る為砦の一室へと案内される。聖女に対しては魔族が槍で取り囲んで最大限に警戒しながら。


 私は通訳として参加したのだが、話し合いはびっくりするほどスムーズにあれこれと決まっていった。クソゴミ王国側の完全なる敗北、謝罪、賠償が定められていく。ほぼほぼ王国の乗っ取りに近い条件なのにいいのかよ、王じゃなくて王子のお前が勝手に決めて。

 怪しいことこの上ないが、一応問題は無い。書類が完成してあとはそれぞれの署名。


 そこで、とうとう奴らは動いた。


『ではここに署名を……』


 側近のアーモンさんが言うのを通訳しながら書類を奴ら側に差し出した瞬間、クズ王子はにやりと薄汚い笑みを作り叫ぶ。


「誰がするか! 聖女よ、今だ!!」

「はい!!」


 返事と共に聖女の体から光が溢れ出す。部屋中を真っ白に染めるほどの光。全力の聖力。

 そして光がすべて消えた時。


「…………は?」


 部屋には、間抜け面を晒しているクズ共と、魔王様達にそっくりな人形数体が、魔法の切れた操り人形数体が転がっていた。

 そして、大きな布袋を持って構えた私が。


「そんなこったろうと思ったんだよこのクズがよぉ!!」


 狙うは聖女。部屋の中に唯一残った魔族陣営の私は、叫びながら持っていた布袋を聖女の頭から被せた。ポカンとしていた護衛の奴らが慌てて動き出したがもう遅い。


「きゃあ! 何?!」

「後は自分の運に祈れ」

「は?! ちょっと……!」


 それが聖女の最後の言葉。布袋の中は空になってパサリと床に落ちた。


「き、貴様ぁ!! 聖女を何処へやった!!」

「知るか、この世界じゃない何処かだよ」


 ありがちな異世界召喚は、やっぱりありがちな設定で元の世界へは帰れないらしい。というのも、この世界の召喚はただただ聖力を持つ人間を引っ張るだけの仕組みらしい。

 要は釣りだ。大海原に適当に釣り針を投げて引っかかった魚を引っ張り上げただけ。どの地点に投げたのか、どの地点で引っかかったのか、そんな事はわからない。わかる必要がない。欲しいのは聖力を持った存在だけだから。私達の世界の場所だとか時間だとか、そんなものはわかっていない。まったく同じ場所に釣り針を投げる技術もない。だから元には戻せない。

 元には戻せない。けれど、放り出すことは出来る。そう、場所にも時間にもこだわらなければ、大海原に魚を逃がす事なら出来るのだ。

 この床に落ちた布袋の内側には、そういうこの世界から追放する逆召喚陣が織られていて、それが発動したから聖女は消えたのだ。


『……このような結果になって残念だよ』


 聖女がいなくなってから、改めて本物の魔王様と側近、交渉役が一緒に部屋へと入ってくる。とっておきの武器を失ったクズ王子は、ようやく自分が危機に陥っていることに気付いて顔を真っ青にして喚きだした。


「ひ、卑怯者め! 王たるお前が何故この場にいなかった?!」

「卑怯だぁ? 殺戮兵器がいる場に大将送り出すとか意味わかんないしそもそもそっちだって王じゃなくて王子なんだから魔王様がいなくてもいいと思いますけどぉ?!」


 魔王様達が口を開く前に私がいい笑顔で煽り倒して差し上げた。最高に気持ちがいい。


「何なのだ貴様は! 人間のくせに! この裏切り者が!!」

「うるせぇ!! 人を拉致ってボコって殺すつもりでポイ捨てした奴が何言ったって痛くも痒くもねぇけどひたすらムカつくんだよ黙れボケェー!!」


 思わず其処らにあった花瓶を掴んでぶん殴ろうとしたところを、イシュバさんに羽交い絞めにされてしまった。


『待て、待つんだ、落ち着け、こっちはお前の通訳が無ければこのクズが何を喚いているのかわからん』

「クズがクズな発言してます! 以上!!」

『うーん、嘘はついてないから困る』


 気持ちはわかるが落ち着きなさい、と魔王様以外のお偉方に抑え込まれている間に、魔王様が後は署名を待つのみの書類を持ちあげてみる。


「か、返せ!!」

『なるほど、これが欲しかったのか』


 後は署名だけ。クズが持ち込んだその書類は、間違いなく何処の国に出しても何処の国も認める正式なもので。


 署名を書く位置を入れ替えれば、ルーシエルニア国が王国に乗っ取られる形式になっていた。


「殺そう」

『私もそれが妥当かと』

『ここに至るまでは映像にて記録しております。他国も納得せざるを得ないでしょう』

『最早全面戦争以外ありえませぬ』


 それに気付いた私達は、思いの外静かな声で魔王様に進言した。怒りは限界を超えると真っ白になるらしい。ただただこのゴミを排除したかった。


『いや、ここまで来たのだ。その勇気を讃えて王子は丁重にもてなし無事に帰そうとも』

「魔王様!」

『だが他の者は殺せ』


 何故ここに至っても優しさを見せるのか、と叫んだが、違った。

 いつもの情けなかったり困ったり優しかったりする穏やかな笑顔が消えうせ、絶対的な支配者の冷ややかな視線でクズを、王子を見下ろしていた。


 魔王様、ブチ切れてた。


『一兵たりとも逃がすな。生きている兵は全員ここへ連れてこい。王子の前で処刑する。そして王子は必ず帰せ。どんな手段を使ってもいい、王城まで歩かせて帰せ。同時に、全世界に向けて記録映像とこの条約書を開示しろ。被害状況も当然、どれだけの兵が誰のせいで死に、自分たちの居場所と生活が誰のせいで奪われるのか、特に王国の貴族と民によくわからせろ』


 一応この世界にもあるらしい国際法をいくつもいくつも破った国の王子が、卑怯な真似をした挙句、多大なる犠牲を出し、自国を売り渡した上で、自分ただ一人が傷一つなく帰国するという事実を、全世界の人間がどう受け止めるのか。特に、王国民は。

 私が懇切丁寧に魔王様の発言を通訳してあげると、クズ達は全員目を見開きぶるぶると震えだした。


『王子よ、お前はお前の国の民と世界に裁かれてもらう』


 魔王様の宣言も通訳したところで、クズは顔を真っ白にして頽れ、私達は見せつけるように一斉に臣下の礼をとって『御意!』と喝采に近い声をあげた。






「いやー、魔王様怒らせちゃダメ、絶対」

『何を当たり前の事を』

『有象無象の魔族をまとめ上げた方だぞ』


 クズが王国へ帰ってからどれほど経ったか。正直戦後処理が目まぐるしいもので日にち感覚が狂っていてわからない。

 それでも、第三国も含めての様々な調停が終わって、今日は国を挙げての戦勝祭となった。


『やめてよ、僕は基本的には平和主義者だよ』


 今日も美しい魔王様は穏やかに少し困ったような笑顔でいる。守らなければ、この笑顔。

 魔王様が王城のバルコニーに出る。城下に集まったであろう魔族達の歓声がここまで聞こえる。イシュバさんやアーモンさん達と一緒に、魔王様の背後に控えながら満面の笑みでこの時を迎えられた。


 王国はほとんどを魔国に明け渡し、小さな大公国となった。

 そこに、王子はいない。

 王子は生きて王城までたどり着けなかった。王城にたどり着いた時には原形を留めていない肉塊として運び込まれていたらしい。だが、待っている筈の国王達も首だけになっていたので、万が一生きて王城に辿り着いていたとしても助かることは無かっただろう。

 王国の後始末をしてくれて大公となったのは傍系の侯爵家。他の国々からも「あの家だけが真っ当な窓口」と捉えられていた家だったので、ここにきてようやくまともな話し合いの場が作れたらしい。

 発端となる侵略戦争と数々の戦争犯罪もそうだが、聖女召喚という宗教上でも魔術上でも禁じ手とされるものに手を出したとのことで、どう足掻いても国を終わらせるしかなかったのだ。


『君の世界では、聖女は立派な良き人って意味なんだっけ?』


 王城のバルコニーからの挨拶が終われば、王城の中でも魔族達が浮かれ踊り騒ぎ始める。今日は一般の魔族も出入り自由なので、それはもう大賑わいだ。それを壁に寄りかかりながら眺めていたら、魔王様が私の隣に立った。


「あー、多分本当は聖人認定がうんちゃらかんちゃらとかあるんでしょうけど、使われる意味合いは大体そんな感じですね」

『そっか。いや、僕たちにしてみれば、君こそが聖女だと思ってね』

「…………は?」

『協力してくれてありがとう。今日があるのは、君のおかげだ』


 優しく微笑む魔王様に、私は胸の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じた。


 立派な人じゃない。良き人でもない。そんなんじゃない。だって本当に立派で良い人だったら、きっとこの国と王国の仲を取り持とうと頑張っただろうし、聖女の子も助けようと考えただろう。

 だけど、私はそんなことしなかった。そんな心の余裕はなかった。全部全部ただの復讐で八つ当たりだった。怒りと悲しみで気が狂いそうだった。


 二度と帰れない。

 お父さん、お母さん、お姉ちゃん。何で。どうして。だって私、来月は従姉妹のサキ姉ちゃんの結婚式に出る予定で。友達と遊ぶ約束だって。好きな事だっていっぱいあった。好きになりかけてる人だって。仕事も面白くなってきたところで。なのに、全部、全部、全部。

 どうして私だったの。

 どうして私じゃなかったの。

 どうして狭い部屋に閉じ込められて、誰も来なくて、怖くて、どうして髪を切られなきゃいけなかったの、いやだ、怖い、熱い、焼き鏝って何、熱い熱い、痛い、痛い、助けて、やめて、脱がさないで、やめて、やめてやめて、触らないで、殴らないで、もうやめて、助けて、痛い、怖い、痛い、痛い、やめて、誰か、やめて、誰か、誰か助けて、誰か。

 ころして。


「……ッ」


 魔王様が私の頭をそっと撫でてくれた。この年で頭撫でられるとか恥ずかしい。ああだけど、小さい頃、撫でてくれた人には、もう。


『もう大丈夫だよ』


 大丈夫じゃない。きっとずっと全然大丈夫なんかじゃない。

 だけどもう大丈夫だ。

 お父さん、お母さん、お姉ちゃん、皆。

 会いたい。会えない。


『よく頑張ったね』


 うん。

 お父さん、お母さん、お姉ちゃん、皆。

 私、頑張ったよ。

 頑張ったんだよ。


 頑張っていくよ。


 魔王様の式服を盛大に濡らしてしまっているけれど、魔王様が抱きしめてくれてるんだから知った事か。今は、今だけは。勝利ではなくて。


『アー! 人間モドキ、イター!!』

『魔王様! 魔王様モイル!!』

『魔王様アリガトウ!! オメデトウ!!』

『人間モドキ、聞イタゾ! 役ニ立ッタッテ?!』

『間違エテ食ベナクテヨカッタ―!』

『ヨク頑張ッタネー!』

「皆ー! うん、私頑張ったー!!」


 目元をグイッと拭いながら魔王様からパッと離れ、駆け寄ってきた懐かしき小人族の皆と手を合わせてピョンピョン跳ねる。

 笑えてるかな。笑えてるといいな。これからも、笑えるように。


『そういえば君、彼らに名前教えてないの? まぁ「人間モドキ」があだ名で気に入ってるならいいんだけど……』

「あ?! 名前言うの忘れてた! ていうか私も皆の名前知らない!!」

『言ワレテミレバ!』

『人間モドキノ名前知ラナイ!』

『コッチモ名乗ッテナイ!』


 魔王様達とは自己紹介し合ったけど、小人族の皆とはそんな流れは皆無だった。今更の事実に気付いてお互いに驚いていると、魔王様がおかしそうに声をあげて笑った。

 楽しそうに楽しそうに笑って、そして。


 がふッ!! と血を吐いた。


『ウワー?!』

『ヒエー!!』

『魔王様ガー?!』


 慌てふためく小人族の皆を横目に、私や周囲にいた王城勤務者は『魔王様ー!!』と叫びながらいつもの対応を始める。


『魔王様が死ぬぞ! 揺り籠を早く!』

「また無茶やらかしやがりましたね?!」

『いやほら国土大分荒れちゃったから復興の為に魔力分け与えないと……あ、駄目、ちょっと死ぬ』

『だから長期的に対策していこうと申し上げたじゃないですか!』

『わかってるんだけど、つい……やばい、意識とぶ……』


 ふらりと倒れそうになった魔王様を私は慌てて抱えるようにして支えた。それはピエタ像のようで、奇しくも自分の名前と同じ立ち位置におさまってしまったが、そこにあるのは慈悲や哀れみよりも呆れである。


「戦勝祭で魔王様が倒れたら意味無いでしょうが! ああもう! 平和になるっていうのに! 死んでしまうなんて情けない!!」


 何処かのゲームキャラのような私の叫びは、周囲の熱い同意を得ながら平和な世界に響き渡った。


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― 新着の感想 ―
え、好き♥ それ以外に言葉が無い、完成されて、好みにドンピシャな短編ありがとうございました!
最後まで名前の出ない主人公はマリアちゃんとかそっち系の名前なんだろうか。終始殺伐としたバーサーカー思考に頭の螺数本抜けてる???的な疾走感からの、ラストのシリアス展開に温度差で風邪引きそう。物語の山場…
徹頭徹尾凄惨なのにコメディなハッピーエンドという意味不明な未体験ゾーンにうっかりようこそされた読者の魂の叫びを聞け――――!!!! ご馳走様ですありがとうございました―――!!!!! 魔族たちの温…
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