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1.「俺は少しだけ視線を横にズラしている。」


 この俺、"新渡(あらど)荒斗(あらと)"には好きな人がいる。

 それはこの学園「仙道京(せんどうきょう)高校」の女生徒だ。


「皆さん、このワタクシがやって参りましたわよ!」


 噂をすれば現れた。

 といっても、あの金髪お嬢様ではない。

 その隣にいる女子だ。


 ・・・右側に立っている小さい子の方ではない。

 反対側にいる長くて美しい黒髪の女子の方だ。


 彼女は"妙楽(たえら)蓮香(れんか)"さんという方だ。

 とても綺麗だ。


 彼女はなぜか、目立ちたがりなお嬢様の取り巻きをしている。

 そのため彼女も性格面はそこまで良くはないのだが、それでも俺は彼女が好きだ。


「あの、不知火(しらぬい)さん。 ぼ、僕・・・!」

華菜(かな)様に近付くな!!」


 勇敢なる恋する男子を、まるでゴミのように蹴り飛ばす小さな取り巻き。

 哀れなモノだ・・・。


 ついでに紹介しよう。

 あのお嬢様の名前は"不知火(しらぬい)華菜(かな)"。

 そして小さい取り巻きは"原土(はらど)桂子(けいこ)"。


 彼女たちも可愛いが、俺は妙楽さん一筋だ。




 数十分後、担任の先生がやってきた。


「よしオマエら席に着け。 制限時間は30秒、過ぎたら罰金100万ドルだ。」


 いつもの脅し文句を言いながら教卓に立つ先生。

 その言葉に恐怖し、さっさと席に着くクラスメイトたち。

 今日も一日、学校生活が始まるのだった。






 時計の針が何周も回り、休み時間となる。


「死神よ、我の魂を連れて行け。」


 突然変な台詞が聞こえたが、安心してくれ。

 近々テストがあるだけだ。


 コイツの名は"為田(ためだ)狼雅(ろうが)"。

 俺の友人だ。


「荒斗はテストの方は大丈夫なのか?」

「"大丈夫"という言葉を発するには勇気がいるな。」

「回りくどい言い方で答えるなよ。」


 つまり"自信ない"ということだ。

 だがハッキリと言いたくはない。


「そんなだと、例のマドンナに嫌われちまうぞ。」

「それを言われるとなナニも言えねえ・・・。」


 途端に元気を無くす俺。

 妙楽さんのことを考えると、俺も真剣になってしまうのだ。


「素直に勉強するんだな。」

「それはお互い様だ。」


 そう言うと、二人同時にため息を吐く俺たちだった。



 俺は学力が高くない。

 なので勉強をしなければテストで良い点がとれない。

 当然の計算式だ。


 「学生の本分は勉強」という言葉を否定することはしない。

 だが、365日間ずっと勉強ばかりする奴もそんなにいないことだろう。

 そういう屁理屈を脳内で言いながら恐怖から逃げる情けない俺だった。


 つまり、今日はテスト勉強はしないということだ。






 そしてさらに時計の針が回りに回って、放課後になった。

 次々に生徒が帰宅、もしくは部活へと向かっていた。

 俺は部活には入っていないので、そのまま帰宅するつもりだ。


 カバンを抱えながら、学校を去ろうとしている俺。

 そんな中、多くの男子生徒が集まっている場所を見つける。

 男子生徒の中には、本来なら活動をしているハズの野球部や陸上部の衣装を身に付けている生徒もいる。


 あの場所はテニスコート、すなわちテニス部が活動をしている場所である。

 まあ、ナニをしているかは分かっているさ。


「うひぃ、疲れたぁ〜・・・。」


 聞き覚えのある声が聞こえる。

 男子生徒の集合体のせいで姿は見えないが、その声の主はお嬢様の不知火だろう。

 相変わらず男子に人気だ。


「華菜様、お飲み物をどうぞ。」

「あんがと。」


 妙楽さんの声が聞こえたので、本能的に足を止める俺。

 不知火はテニス部に入っており、妙楽さんも同じくテニス部員だ。

 当然原土もそう。


 俺は目線を前に向けた状態のまま、耳だけに神経を集中させる。


 不知火がペットボトルに入っているスポーツドリンクを飲んでいる音が聞こえるが、俺が聞きたいのはそっちじゃない。

 不知火が「ぷはぁー」という声を()らした後、妙楽さんと話し始めた。


「蓮香、あなた次のテスト自信あります?」


 どうやらテストの話をしているようだ。

 俺はテストのことを思い出し、やや微妙な気分になる。


 しばらくの沈黙の後、妙楽さんは答える。


「もちろんでございます。 私は華菜様の御付きですから。」

「よくぞ言った!」


 二人は楽しそうに笑っている。

 不知火といる時の妙楽さんは本当に楽しそうである。


「あなた、ワタクシのお付きに相応しい人間であることを保つことに注意しなさい。 仮に恋人を作る場合は頭の良い殿方(とのがた)でなければいけませんことよ。」

「はい、承知しました。」


 その時、俺は目を見開いた。

 脳裏に電流が走るような感覚を味わう。

 そして気付いた頃には走り出していた。


 向かう場所は決まっている。

 俺の家である。




 その日の残った時間、俺は珍しく勉強に集中していた。

 おかげで母親から病気の心配をされたほどだ。

 だが、その予想は当たっている。

 俺は病人だ。

 「恋」という名の不治の病に悩まされている、果てしない荒野を彷徨(さまよ)う旅人。

 それがこの俺、新渡荒斗だ。


 恋のためなら世界すらも救ってみせる。

 その可能性を俺の人生を監視している「神」に見せつけてやる。

 そんな意気込みで俺は「勉強」という名の怪物と戦っていた。


 これは長期戦となるであろう。

 俺には分かっていた。




 そしてその戦いは数日にも渡って繰り広げられた。

 友人との会話を減らす代わりに勉強との和解を優先した。

 狼雅もそれを理解してくれたようで、俺を応援してくれている。

 良い友を持った。


 次々に襲い掛かってくる勉強が放ってくる「魔物」を俺は逃げずに受け止めていった。

 そして次々に「魔物」を手懐けて、仲間にして行った。

 今の俺は一流の魔物使い(テイマー)だ。


 もう、負ける気がしねえぜ!




 そうして何日もの日が過ぎていって、やがて実戦の日がやってきた。

 そう、テストだ。


 試験官の「始め!」という言葉を耳にしてスタートする俺を含めたクラスの生徒たち。

 全員がそれぞれ勇敢に"問題"という名の迷宮を進んでいく。


 教室は凄く静かだが、たまに小声で「あぁ〜・・・。」という声が聞こえる。

 おそらく答えが分からない生徒の声だろう。


 気の毒だが俺にとってはライバルが減る都合のいい声でもある。

 可哀想だが、俺はどんどん上へ行かせてもらおう。



 そんなこんなで次々と問題を解いて行って、そしてまた違う科目の問題を解いていく。

 そしてその日のテストが全部終わると、次の日にはまた違うテストを始まる。

 数日間、激しい戦いは続いた。






 それからさらに数日後、テストの結果が出た。

 壁に順位が張り出される。


 前までは順位が低くても平気な顔をしていたが、今回は違う。

 この順位は今や、愛しの妙楽さんに相応しい男になるための試練であり真実である。

 絶対に負けられない戦いがここにある。


 とはいえ、さすがに一位や十位以内に入れると思うほど俺はおめでたくはない。

 前々から努力してきた人たちを、最近努力し始めた人間が追い抜けるワケがない。

 それが出来たらこの世はくだらない証明になる。


 とは言ってもさすがに上から俺の名前を探し始めた。

 それは下から探すのが怖かったからだ。

 これくらいのビビリは許してちょんまげ。


 俺は視線をどんどん下へ下へと動かして行った。

 そして俺の名前を探し始める。






 〜放課後〜


 神はおそらくサーカスの道化師のような声で俺を嘲笑(あざわら)っていることであろう・・・。


 恋のためなら何でもできる。

 そう俺は信じていた。

 しかし、実際は違った・・・。


 所詮(しょせん)は「にわか学習者」。

 その力はあまりにも弱い。

 真の学習者の前では無惨に敗北する定めよ。


「まあ、そう気を落とすなって。」


 狼雅が俺を気遣ってくれている。

 それは凄くありがたいことではある。

 狼雅が俺より順位が上だったことを知らなければ・・・。


 まあ、友人を逆恨みするほど腐った生き方は送っていない。

 素直に自身の無力さを恨んでいる。


 だが、やはりショックは隠せなかった。

 なぜなら真実を突きつけられたからだ。


「俺は妙楽さんに相応しくない・・・。」


 その真実をだ・・・。






 俺は狼雅と共に帰宅しようとしていた。

 もはや俺は魂の抜けたような状態で無言で歩いている。


 そんな中、とある声を耳が拾う。


「僕と付き合ってください・・・!」


 青春野郎が誰かに告白していた。

 俺は目線を声の方角に向ける。


「ごめん、無理。」


 どうやら不知火に恋する無謀な男だったようだ。

 俺は興味がなくそのまま歩みを進める。

 俺の横をフラレ野郎が通り過ぎても特に気にしなかった。


 だが、耳心地の良い声も聞こえてきた。


「先ほどの彼、成績上位の優秀な御方ではありませんでしたか?」


 妙楽さんだ。

 今となっては絶対に到達することができない高嶺(たかね)の花となってしまった御方。

 俺には(まぶ)しすぎる女神様だ。


 あと隣には原土もいた。


「彼、頭が良いだけで魅力がありませんもの。」


 とてつもなく酷いことを言う不知火。

 あの野郎が聞いたら廃人になってしまうかもしれねえ言葉だった。


「では、私もそのような方を恋人にした方が良いと?」


 妙楽さんが不知火に聞く。


「ん、何のこと?」

「え?」


 不知火の言葉に驚く妙楽さん。

 彼女は不知火にあの時のことを説明し出した。


「前に『恋人を作る場合は頭の良い殿方でなければいけません』と(おっしゃ)ったではありませんか。」

「ん・・・っと、そんなこと言いましたっけ?」


 不知火は覚えてないようだ。


「うーん、覚えてませんわね。 蓮香は蓮香が決めた殿方とご一緒になったら良いと思いますわ。」

「そ、そうでございますか・・・。」


 不知火は軽く笑うと、取り巻きの二人を連れてそのまま帰っていく。

 明らかに三人の後を追う生徒もいたが、今の俺にはどうでも良かった。


「お、おい荒斗・・・。」


 狼雅が俺の肩に手を置く。

 すると俺は体全体が固まった状態でその場に倒れた。

 まるでマネキンのように。



 数日間、テキトーなお嬢様の言葉に振り回された哀れな男がいた。

 この俺のことである・・・。






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