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第6章 フューネラル・コントロール

主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、トウキョウ・レフュージの元幹部職員

アルト:トウキョウ籍のマリンビークル「TYOMV0003」

ミヤマ・ダイチ:中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、奥地の武漢の自治組織の最高幹部の一人

周光立:(チョウ・グゥアンリー)ダイチの同級生で盟友、上海の自治組織の最高幹部の一人

マサルおじいちゃん(ミヤマ・マサル):ヒカリの祖父、実は義理の祖父であることを明かされた

ミヤマ・マモル:ヒカリの実の祖父、調査隊の一員として大陸に渡り、行方不明になった

 ヒカリが目覚めたのは、少し遅めの8時頃だった。

「おはようございます。このまま順調に進めば、ネオ・シャンハイに12時頃に到着予定です。ざっと6時間の遅れですみそうです」とアルト。

「上出来、上出来。引き続きよろしく」

 波もかなり収まって、そこそこ快適な航海。

 曇り空の水平線の彼方に陸地が見えてきた。最初はわずかに、徐々に大きく。ヒカリが目指す大陸だ。

 トウキョウ時間11時頃、アルトが言った。

「予定通り、あと1時間ほどでシャンハイに到着します。レフュージのマリンビークル基地に入ろうと思いますが、よろしいですか? ヒカリさん」

「OK。アルトは、ネオ・シャンハイは何度も来たことがあるの?」

「はい。50回ほど。正確には今回で53回目になります」

「じゃあ、慣れたものね」

 陸地は進行方向左側、もう手が届きそうなところに見えるようになった。前方に陸地の切れ目があり、その右側に少し青みがかった大きな建造物が見えてきた。

「あれがネオ・シャンハイ?」

「そうです。大陸との間を隔てるのは、長江という大河の河口です」

 ネオ・シャンハイ、すなわちシャンハイ・レフュージの情報をPITで見る。

 旧上海市街から長江を渡ったところにある崇明島チョンミンダオという島に立地する。

 レフュージの床面積は628k㎡、幅約10km、長さ約65km。高さは外壁部が50m、ドーム頂上が60m。設計上の最大収容人員は600万人。

 規模はトウキョウ・レフュージと変わらない。第四次世界大戦終息から6年経った2232年に開設。トウキョウと同じ年だ。

 続けて長江チャンジァンの情報。

 チベット高原を源流とし、華中地域を流れ東シナ海に注ぐ大河。全長6300kmはアジア最長、世界でも第3位。流域には、かつて上海をはじめ産業の拠点となる大都市があり、古くから重要な水上交通路として利用されてきた。


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 上海から長江を1200kmほど遡ったところに武漢ウーハンという、かつて大都市だった街がある。

 武漢の自治組織である自経団じけいだんの副書記を務める楊大地ヤン・ダーディことミヤマ・ダイチは、ヒカリがネオ・シャンハイに到着した2289年7月5日、高級中学の同級生で上海の盟友、周光立チョウ・グゥアンリーと連絡をとった。ダイチは9日に武漢を出発して上海に出張することになっていた。ここのところ耳にするようになった、ネオ・シャンハイの異変についての情報収集を兼ねた出張で、最終日の12日に、周光立と会って食事をともにする約束をした。


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 ネオ・シャンハイのマリンピークルの基地は、長江を少し遡ったところにある。基地入口に着くと、エアロックをクリアして基地内に入る。コの字型の埠頭の、空いているスペースに係留。ほぼ12時ぴったりにネオ・シャンハイに到着だ。

「ネオ・トウキョウとネオ・シャンハイは時差が1時間あります。シャンハイ時間では現在午前11時です」とアルト。

「時差を一つ超えたのね。遠くへ来た気がするわ」とヒカリ。

「お疲れ様でした、ヒカリさん」

「ちょっとレフュージの中を覗いてくるわ」

 ヒカリが言うと、キャノピーが開いた。PITだけ手にして埠頭に足を踏み出すヒカリ。

「しばらく待っていてね、アルト」

 埠頭を歩いて入口へとヒカリは向かう。ドアの横のコントロールパネルを開いて、センサーに向けてPITから、ネオ・シャンハイのイマージェンシー・キーを送った。スライド式のドアがスーと開き、ライトが点灯する。ネオ・トウキョウとよく似た造りのホールだ。

 左手にあるコントロールセンターに向かう。ライトが消えて機器がスリープ状態になっているのを、入口のセンサーにイマージェンシー・キーを送信して起動させる。次々と天井のライトが、そしてモニターが点灯する。

 メインコントロールにヒカリは近づき、PITからイマージェンシー・キーを送る。モニタリング画面が現れたところで、パネル操作をし、シスターAIの稼働状況を表示させる。

  エア・コントロール・ユニット:スリープ

  ウォーター・コントロール・ユニット:スリープ

  フード・コントロール・ユニット:スリープ

  …

  コミュニケーション・コントロール・ユニット:スリープ

  …

 いまのところ、それぞれのコントロール・ユニットを再起動させれば、いつでもすぐレフュージを再開できる状態のようだ。

 「トランスポーテーション・コントロール」を開いて、「マリンビークル・コントロール」だけ「アクティブ」にする。アルトが燃料補給を受けられるようにするためだ。

 表示をさらに先へと進めてみる。すると…


  フューネラル・コントロール・ユニット:アクティブ


(そうか、ネオ・シャンハイのカテゴリBの人たちの「葬儀」作業が進められているんだ)

 自分もケアが「成功」していたら、ネオ・トウキョウで同様に扱われていたんだと思うと、複雑な気持ちになった。

(どんなふうにされるんだろう…)

「見てみたい」という気持ちと、「恐い、見たくない」という気持ちが同居している。しばし迷ったのち、「見ておく必要がある」と思い、その現場を見てみることとした。

 PITを手にしてコントロールセンターを出ると、現在地を確認した。トウキョウと同じく地下第6層。地上へのエレベーターは500mほど先。PITに表示される地図に従って歩くこと10分足らず、エレベーターに着いた。PITからイマージェンシー・キーを送信してエレベーターを起動させ、地上へと向かう。

 ヒカリは、マサルおじいちゃんとの、最後の面会のときのことを思い出した…


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父方のおじいちゃん、ミヤマ・マサルと最後に会ったのは3年前の1月のこと。西15区の公立第4ホスピタルのターミナルケアセンターに、両親とわたし、そして夫のカゲヒコと、息子のマモルも連れて訪ねた。

面会室でしばらく待つと、しっかりした足取りのおじいちゃんが現れた。

 優秀なコンピュータ・エンジニアとして活躍したおじいちゃんは、そのとき75歳。

 ひとしきり世間話や、亡くなった祖母の思い出話などが終わると、おじいちゃんが言った。

「ちょっとヒカリと二人だけにしてくれんか」

 両親はマモルを促すようにして、カゲヒコとともに面会室から外に出た。

「これから話すことは、お前の両親は知っていることだが、お前には今まで話せずにいた」

 おじいちゃんは一呼吸おいて言った。

「お前の実の祖父は、私ではない」

「…それって、どういうこと?」

 おじいちゃんは、一枚の写真を取り出した。手のひらの中に納まってしまうくらい小さな、その古びた写真に写っているのは、おじいちゃんのように思えた。

「これは、おじいちゃんの若い頃…?」

「これは私ではない。私の双子の兄、ミヤマ・マモルの写真だ」

 しばらくわたしは写真に見入った。

「50年くらい前に、調査隊の隊員として中国大陸に渡って、行方不明になったんだっけ」

「お前の本当の祖父は、ここに写っているミヤマ・マモルだ」

「えっ?」

 しばらく言葉が出なかった。

「…どうして今まで教えてくれなかったの?」

「すまない。機会を逃していた。こんなことでなければ、ずっと黙っていたかもしれない」

「…それで、マモルおじいちゃんは、どうして行方不明になったの?」

「写真を持ってきた調査隊の人に聞いてみた。しかし上海から長江という大河に沿って内陸へ向かった、ということ以外は、何も教えてもらえなかった」

「なぜ?」

「調査に関わる事項はすべて極秘で、『一切口外禁止』とされていたそうだ」

 写真をおじいちゃんに返そうとして、手元が滑って床に落ちた。写真の裏側が見えた。

「あれ、『30115』って書いてある。これ何の数字だろう」

「この数字か。私も気になっていたんだが、心当たりがない」

 おじいちゃんは写真を拾うと、わたしに手渡して言った。

「お前にこの写真を託そうと思う」

 わたしは「おじいちゃんっ子」だった。両親には話せなかったことも、「おじいちゃん」には何でも話せた。そして、わたしのコンピュータの師匠でもあった。

「おじいちゃん、大丈夫?」とわたし。

「お前たちのほうが大丈夫か、私は心配だ。私よりまだまだ若いからな」

「わたしはたぶん大丈夫。でも…お、おじいちゃんと…会えなくなっちゃうのは…ぜ、ぜったいにいやだよぉ…」

 わたしの目から大粒の涙がこぼれだした。

「私のために泣いてくれて嬉しいよ。でもなあ、遅かれ早かれ来ることなんだ」

「…うん」と鼻をすすりながら、わたし。

「こんなご時世だから、ちょっと変わった形でやってきた、というだけのことだ」

「うん」

「こんな言い方すると酷かもしれんが…ヒカリ、残された人生を精一杯生きなさい」

 涙を拭って、ぎこちない笑顔を作るわたし。

 この面会の1週間後、「義理の祖父」であるミヤマ・マサルに「ケアが施された」という通知が家族のもとに届いた…


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 地上に着き、外に出る。もちろん、人の気配はまったくしない。周囲を見渡すと、エアカーらしきものが100mほど先に乗り捨てられているのを見つけた。近づいてみる。ミニバン型のコンパクト・サイズのエアカーだ。イマージェンシー・キーを送信して乗り込む。

 ナビゲーションで最寄りのセメトリーを指示すると、20分ほどして到着。そのままセメトリーのゲートを通ってエアカーを中に乗り入れる。

 墓標の束を持ったロボットが、そこここに動いている。指定の場所に着くと、指定の墓標を立てる。そして次の場所へと向かう。

(ネオ・トウキョウでは、わたしの墓標があんなふうに立てられるんだろうか?)

 死体との照合を行っていなければ、そういうことになる。 

 ヒカリはさらにセメトリーの中を進む。大きな建物が見えてきた。前面が大きく開いた幅100mほどのカマボコ形の構築物が5つ連なっている。その前には死体を回収したトラックが列を成している。ロボットたちが死体を一体ずつ、建物の中に運び込んでいる。

 トラックの一団の一番後ろまで進んで、建物の中を覗いてみた。金属製の大きな箱のようなものが見える。死体処理は、3000度くらいの熱線で、短時間で人体を燃やして行われる、と聞いたことがある。おそらくあの大きな箱が焼却炉で、その中で処理が行われているのだろう。炉の前には、処理を待つ死体が積み上げられている。

 10分ほどすると炉の左側が開き、処理のすんだ残滓が吐き出され、コンベアに乗せて建物の裏手へと運ばれていく。カラになった炉の中に、今度は死体が次々と、ロボットによって放り込まれる…

 さすがに気分が悪くなってきた。

(これぐらいにしておこう)

 エアカーをUターンして、戻ることにする。


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