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第5章 アーウィン部長、コンタクトする

主な登場人物


ミヤマ・ヒカリ:本作のメイン・ヒロイン、トウキョウ・レフュージの元幹部職員

アルバート・アーネスト・アーウィン:国際連邦統治委員会情報通信局情報支援部長、ヒカリの元上司

アルト:トウキョウ籍のマリンビークル「TYOMV0003」

アカネ:ヒカリの職場の端末のボイスインターフェース

 速度を上げたマリンビークルは、サガミ・ベイを航行しているところだった。トウキョウ時間で20時を過ぎた頃、突然ヒカリのPITの着信音が鳴った。

(…アーウィン部長からだ!)


 月時間の11時を過ぎて「ミヤマ・ヒカリ」に関する報告を知ったモニターセンターのセンター長は、総務局、情報通信局、科学技術局、公安局の幹部クラスに情報を共有した。

 ヒカリの最後のボスだった情報支援部長のアルバート・アーネスト・アーウィンも情報を共有された者の中に含まれていた。報告を目にしたアーウィンは、「なぜ緊急扱いにして私を叩き起こしてくれなかった?」と激怒した。すぐさま自分のPITに登録されているヒカリのPITの番号に電話した。

 ヒカリは電話に出るかどうか迷った。

(アーウィン部長に頼れば、もう一度月に送って貰えるよう手配してくれるかもしれない。けれど、マザーAIの、あの「監察ユニット」がどう言うだろうか…)

「お電話に出なくていいんですか? ヒカリさん」とアルト。

「どうするか、考え中…」とヒカリ。

 ヒカリはまた、「最終日」のことを思い出した…


---------------------------------------------


 その日、16時を回った頃、アカネが「ビデオ通信が入りました」と言った。

ディスプレイにアーウィン情報支援部長の顔が映った。月からの交信だ。


(英語)

【よかった。早退せずに、まだいたんだね。通話したのは、きみの顔を見たかったのと…改めて私の力不足を詫びたいと思って】とアーウィン部長。

【そんな、お詫びなんて…】

 アーウィン部長は「月勤務スタッフへの人事異動」という形で、わたしを地球から連れ出そうと尽力された。2ヶ月ほどかけていろいろと根回しや折衝を重ねて下さったけれど、1ヶ月前に「却下」の最終結論が下された。

【きみほどの人材を失うのは、連邦、いや、人類にとって大きな損失だと今でも思っている】

【そのお言葉だけで充分ですわ。わたしの代わりなんていくらでもいるでしょうから】

【最後に、どういう次第できみの処遇についての結論が出たか、かなり長話になるけど話をしてもいいかい?】

【わたしも聞きたいです。もう仕事はありませんから】

 アーウィン部長によれば、まず、上司である連邦統治委員会情報通信局の局長に話を持ちかけた。わたしのプロフィールや業績を聞いた局長は即座にOK。次に人事異動を統括する人事局の人事政策部長に話をし、交渉を重ねた結果、その上司の人事局長の了解を得た。

 あとは、統治委員会の閣僚にあたる情報通信局担当委員と人事局担当委員の形式的な了解が得られれば正式承認、というところまできたときに、思わぬ横槍が入ったのだという。

 人事局のスタッフから話を聞いた、連邦統治委員会法務局のスタッフが、法務局長にわたしの異動の件について話をした。話を聞いた法務局長は「『火星移住およびターミナル・ケア連邦A級規則』を潜脱する恐れがある案件」ということで、法務局担当委員に上申した。

 法務局担当委員の求めで、情報通信・人事・法務の各局の担当委員が改めて協議した。その結果は「連邦マザーAIの監察ユニットに諮問し見解を求める」ということだった。

 話を聞いたアーウィン部長は、AIへの諮問に猛然と反対し、情報通信局長を通じて働きかけた。情報通信局担当委員は説得することができたが、人事局担当委員はあやふやな態度に終始。結局、法務局担当委員の強硬な意見が通り、AIへの諮問が行われることになった。

【そうして出た『見解』が『連邦マザーAIの総意として、本件は却下すべしと判断する』というわけさ】と、吐き捨てるようにアーウィン部長。

【『マザーAIの総意』だなんて、わたしごときに、かえって光栄に思われますわ】

【奴はこう言ったそうだ。『本件を承認すると、重大なパラドックスに陥り、マザーAI全体のシステムダウンの引き金となる可能性を、否定できない』と】

【彼らにしてみれば、例外は可能な限り排除すべし、ということなのでしょうね】

【委員たちに言った。『たかがコンピュータの判断と人間の判断とどっちをとるのか?』】

【すると?】

【法務局担当委員が言った。『きみは生命維持装置を切断されて宇宙空間に放り出されたいのかい?』と】

【それって…『2001 スペース・オデッセイ』ですか?】

【そういうことだ】

【ありがとうございます、ここまでご尽力下さって…火星にいるマモルのことを、これからもどうか、よろしくお願いします】

【わかった。この前MATESをもらったよ。飛び級して来年度は6年次に進むんだって?】

【ミユキちゃんのことも…】

【ピアノ頑張ってるらしいね。二人のことは、できる限り何でもするよ】

 また悲しげに曇るアーウィン部長の顔。

【きみは…大丈夫かい?】

【たぶん。さっき訪ねてきた親友と一緒に、思い切り泣きました。すっきりした気がします】

【名残惜しいが、そろそろ早朝ミーティングの時間なので失礼するよ】

【こちらは終業時刻が近づいています】

【きみと一緒に仕事ができて、本当によかった。いろいろとありがとう】

【勿体無いお言葉ですわ。わたしのほうこそ、ありがとうございました】

【マモルくんと、それからミユキちゃんのことは、任せてくれたまえ】

【お願いします】

【それじゃあ】

 交信が切れたのは17時近くだった…


---------------------------------------------


(奇跡的に生き残されて、ヤストモさんの占いに従ってみようと思った。ならばやはり、自分の力で行けるところまで行ってみるべきだ)

 いろんなことが次々と頭に浮かぶ中、着信音は続く。

(アーウィン部長にコンタクトをとるのは、それからでも遅くない)

 ヒカリはPITの着信音を鳴るままにしておいた。1分ほど経って、アーウィンが電話を諦めると、ヒカリのPITの着信音が止んだ。

 とにかく生死だけでも確認したい。アーウィンは、テキストメッセージをヒカリのPITのアカウントに送った。

【ヒカリ君。生きているなら、ひとことでいいからメッセージをくれないか】

 ほどなくアーウィン部長からのテキストメッセージがヒカリのPITに着信した。ヒカリはタップしてメッセージを開いた。

 アーウィンは、送ったMATESに「既読」の表示が付いたことを確認した。ヒカリ本人がメッセージを開封した、と考えてよいだろう。

 そのとき、モニターセンターのセンター長からの続報が入った。

「トウキョウ・レフュージ籍のマリンビークル『TYOMV0003』が出航。イマージェンシー・キーで作動されたため、乗船者の特定は不能」

 ヒカリに違いない。彼女のことだ、何か考えがあってのことだろう、とアーウィンは思った。生きてさえいれば、きっと連絡してくれる。彼女からのコンタクトを待つことにしよう。

 さて、「ミヤマ・ヒカリ」に関する一連の事象についてどのように収めるか、とアーウィンは思案する。なにせマザーAI相手にハッキングまで仕出かしている。前のように「監察ユニット」を持ち出す連中が出てくると面倒になる。いまは彼女ができる限り自由に動けるように計らってやらねば。

 それと、このことを、火星にいるヒカリの息子のマモルくんに伝えるべきかどうか。

【今はやめておこう】と呟くアーウィン。彼女からコンタクトがあって、その意向を確認してからにするべきだ。状況が不明確なままで変な期待を抱かせると、万が一の場合にマモルくんに申し訳ない。

 電話にもメッセージにも応答しなかったヒカリは、いろいろとあった一日の疲れで、ほどなくシートベルトをしたまま眠りに落ちた。


 翌4日の朝、ヒカリは昨日と同じく6時頃に目覚めた。

「目的地への到着予定は?」とヒカリが聞く。

「順調に行けば、ネオ・シャンハイには明日、5日の早朝に到着予定ですが…」

「何か気になることがあるの?」

「はい、東シナ海を台風が進んでいます。最初の観測では、ほとんど影響を受けない予測でしたが、台風のスピードが速まり進路が変わって、影響を受ける可能性が出てきたので、観測データ収集・解析中です」

 昨日はほとんど感じなかった船体の揺れを、心なしか感じるようになってきた。

 ほどなくアルトが話しかけてきた。

「影響が判明しました。予定進路のまま進むと、真正面からこちらに向かってくる予測です。小型でさほど強くないですが、鉢合わせになると、さすがに大変なことになります」

「どうすればいいの?」と尋ねるヒカリ。

「台風の強風域を水上航行で突っ切るのは、可航半円であっても危険すぎると思います。もっとも、ジェットコースターがお好きということでしたら話は別ですが」

「ジェットコースターは御免だわ」

「そうすると、時間は余計にかかりますが、一番安全なのは潜行して行くことです」

「OK。じゃあ、潜行して行くことにしましょう」と同意するヒカリ。

「了解しました。潜行開始のタイミングになったらお知らせします」

 お昼を食べる頃になると、上下左右の揺れがかなり大きく感じられるようになってきた。キャノピーを通して見る空も、流れの速い黒い雲に覆われ、雨粒も落ちてきた。

「台風の強風域に差し掛かります。潜行を開始しますので、シートベルトをお願いします」

 アルトがそう言うと、マリンビークルは減速し、潜行モードに切り替わった。見る見る船体が沈んでいき、キャノピーに向けたヒカリの視線の先を水面が上昇していった。数分ほど沈んでいくと、船体の揺れが止む。沈下が止まり、マリンビークルはゆっくりと前進した。

 ヒカリが夕飯を食べても、まだ潜行状態のままだった。

「いつごろ浮上するの」

「そろそろ台風の強風域を抜けます。あと少しです」

 日付が変わってヒカリの眠気が限界に達した5日の1時頃、アルトが言った。

「そろそろ上昇しても良さそうです。シートベルトをお願いします」

 ゆっくりと斜め上に船体が向き、上昇を始めた。潜行するときよりも心なしか慎重な感じだ。10分ほどしただろうか、船首から水面に浮かび上がって、水平の姿勢になった。

 暗闇の海面をマリンビークルは速度を上げて進む。波は、潜行直前のときより少し弱く感じる程度に収まっている。それらを確認すると、ヒカリは眠りに落ちた。


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